11:可能性の分岐点
「あんまり力を使いたくは無いけど・・・仕方ないね」
桜、良太、マキナ、パンドラにとっては命がけの最終戦。
この時までは彼女達との戦闘など霙にとってお遊戯程度の価値だった。
「かかってきなよ、アチキは全部わかってる」
(マキナとパンドラは遠距離担当、桜が中距離の自由形、良太が接近戦闘ってとこかな?)
戦闘が始まろうとしていた。
それは、霙にとっては楽しみにしていた『遊び』だった。
それは、マキナにとっては最もしたくない『行為』だった。
それは、良太にとっては自分のコンプレックスに打ち勝つための『試練』だった。
それは、パンドラにとっては自身の生きる目的を考え直す『試案』の場だった。
それは、桜にとって彼女の事を心配して行う『愛情』だった。
~それぞれの考えの下、霙の手のひらで戦闘は始まった~
「桜!」
「分かってるよお兄ちゃん、『妖精さん、力を貸して』」
桜の周りに緑色の妖精が現れ、桜に力を貸してくれた。
「なるほど、巨大なイモムシか・・・甘いよ!」
霙の上から降ってくる巨大なイモムシ、それを霙は空間ごと切り裂いた。
((((計画通り))))
ここにいる四人は霙との付き合いもそれなりに長い四人だ。それ故に霙がどのように変わっていくかもなんとなくではあるが分かっている。
(霙お姉ちゃんの『私達』は自分を守るため、だったらいくら心を変えても本質的に苦手なものは消して、見えないようにしようと考えるはず)
「はああああーー」
(空間が消えて、視界が狭まったところに俺が近接戦闘を仕掛ける)
「さすがは、吸血鬼と悪魔の血を受け継いでいるだけはあるね、、、でも我輩には届かないよ」
桜よりも鋭く、速く、力強く打ち出される拳や足技、それを霙は単純な速度と反射神経でかわしていく。
(やっぱり霙さんは反撃してこない・・・やっぱり遊ばれているんだろうけど、それも皆と話して筋書き通りだ)
この作戦はすべて超天才少女AI『デウス・エクス・マキナ』ちゃんのお陰なのだよ~
紫のゴスロリ服に身を包んだ巨乳(身体を弄って)少女マキナ、彼女は身体の周りに海岸の砂から出た金属の球体を高速で回転・周回運動させていた。
「パンドラ、桜、私が攻撃したらよろしくね」
「「了解」」
彼女の能力の汎用性は機械を支配するだけにとどまらず、電気すら操れる。そんな彼女の攻撃は・・・・
「良太!飛んで!」
その言葉で、良太は背中の翼を羽ばたかせて霙の視界を遮ると同時にマキナの攻撃から逃れる。
「分身・同期の確認完了、一斉発射!!」
マキナの前にいる三人のマキナ達は先程の金属球体をリニアモーター原理で射出する。
「「「『リニアガン』!!」」」
もちろん四人は分かっている。こんなのが彼女に当たったところで意味がないと・・・でも本命はそこではない。
《ブシュ シュ ジュ》
三発の金属が彼女の身体を貫く、それと同時に桜が突進、さらに背後から桜の茨。
「いい連携だね。感心したよ」
それでも彼女の自信は揺るがない。
「はああああっ」
桜の奮闘むなしく、霙がその場で回転すると茨も桜も吹き飛んでしまった。辺りには多少霙の血が飛んでいたがそんなことを霙はいちいち気にしなかった・・・・それすら計算通り。
「『レールガン』!!」
マキナのピースサインから放たれたレールガンは茨と妖精たちの力で作った桜の分身ごと貫いて霙に向かっていく。
「重ねて!」
「オッケー『開け厄災の器』」
神話においては壺だが、彼女にとってはどうでもいいこと。個人的には器の方が分かりやすいのであればその方が可能性はあがるのがこの世界の甘いところである。
「私を閉じ込めようってか、まぁ私とて『パンドラの器』に閉じ込められたら面倒だけど・・・えい」
輝かしい笑顔と横ピース。それだけで彼女を閉じ込めようと迫った闇は消え去ってしまった、が。
「な、あぶニャッ・・・ムヌぅぅうううー」
その先にあったのは桜の鎖、その先端には北欧神話の『グングニル』。上から降ってくる様に迫っているのはケルト神話の『フラガラッハ』と北欧神話の『ダーインスレイヴ』。
自動的に戦ってくれる三つの神の武具。必中や必殺の武器をもってしても彼女は・・・
「あはっはははははは、四人とも流石だよね。でもそれだけじゃ私は倒せないよ」
髪の武具をもってしても倒せない相手。よく見ると必殺の武器たちは確かに霙を捉えて死に至らしめているのだが、彼女は・・・『私達』は・・可能性は増え続けている。
「皆が貸してくれた武器も効かないなんて、、、」
「そんなことないよ、効いてはいるけど霙ちゃんは死ぬたびに新しく蘇ってるんだよ」
結果として新しく変わっていくことにより、神々の武具も対象を失い、最後には桜の下に戻った後消えてしまった。
「でも・・・大丈夫だよね?マキナちゃん」
「うん、心配しないで桜。絶対に霙ちゃんは私達を倒せない」
マキナがこういうには訳がある・・・
マキナが考えるに霙は好奇心旺盛ゆえにこの世界と同調しすぎた『精神障がい者』ではないかというのが彼女の考え。
ここに来てからの二週間で四人は直ぐに意気投合し、霙に対する不信感の話から発展して対霙作戦が考えられることになったのだ。まず桜が神々の力でマキナの能力を底上げ、マキナはその力で三人の記憶のデータを調べて情報を手に入れた。
「多分だけど霙ちゃんは多重人格とか境界性パーソナリティー障害とかの精神障害があると思う」
「「「???」」」
もちろん三人はよく分からない。
「簡単に言うとね、一つの身体に自分の性格が部分的に支配しているの。怒ったときはこの部分、この人にはこの部分って感じで極端に性格が変わっているように見えるタイプの人なんだと思うんだけどね、」
マキナは一度区切って皆に理解してもらえたかをうかがい見て、すぐに話し始める。
「それって自分の中に次はこうしようって『可能性』が複数あるってことだから、『0→1』の可能性でそれさえも現実世界に干渉できるとすると・・・どう?霙ちゃんのことわかってこない?」
「なるほど、だから霙さんはチート使いみたいに強いんですね」
「それなら、私だけがWAOの本部で見た分裂した霙お姉ちゃんはそもそも霙お姉ちゃんの能力だったってこと?」
「そういうこと。他にも言っておくべきことは・・・あんまり言いたくはないけどね、私とパンドラちゃんが彼女の支配下ってことかな?」
「え、?そうなの?」
「「えええええええええええーー」」
「しー!!しー!!!ばれちゃうから~」
こんな感じで四人の作戦会議は進んでいき、マキナとパンドラはクリスの能力によって霙の支配を逃れた。
「霙!貴方は悪いことは何もしていない私達を攻撃できないんでしょう?それは桜に根雪の部屋の前で聞いてきてもらったから分かってる。そろそろ私達に降伏したら?」
「パンドラ、この我輩に向かって言うようになったじゃないか。だが、アチキは負けないよ絶対に」
壮絶な戦い。それを神無月家の別荘の物陰から覗き見る三人がいた。
「すごいよあの四人!それにこの作戦パンフレットに書いてある通りに全部進んでるよクリス」
「馬鹿!うるさいわよ。それより朧君、変化はあった?」
「何にもないっすよ」
そう、見ていたのはWAO特別部隊の三人。簡単に言えば佐藤に命じられた訳なのだが、彼ら(クリス:朧:ジョン)は神無月 霙を監視しろと総統の命令の為に最近作られた世界を守るための特別部隊なのだ。
(良かった、本当に来てくれたんだ)
安堵する桜。佐藤に彼らを呼ばせたのは勿論マキナなのだが、彼らもこの作戦の重要人物であり、彼らも彼女達と同様に機会を見計らっている。
「じゃあ、三人ともお願いね」
「「「了解」」」
桜以外の三人による連携攻撃、それをいともたやすくかわしていく霙・・・そしてついに機は熟した。
「ふふ~ん三人でもアタイは倒せないよ~・・・ぐっ、動けない!?」
「やった」
小さく喜ぶ桜。三人は霙の周りに立って霙の様子をうかがっている。
「ねぇクリス、何が起きたの?」
「はぁ・・あんた何も分かってないの?」
「???」
いまいち状況が分かっていないジョンに朧が答える。
「あの桜って子は吸血鬼と悪魔のハーフなんですよ。本人たちは強力な吸血鬼なんで太陽の光とかは大丈夫なんですけど、その能力の一つに『他者の血を媒介にその相手を眷属にする』ってのがあって、霙はそれによって動けなくなってるんです」
「なるほど~・・ん?でもその媒介になる血ってどうやって手に入れたの?」
はぁ~っと呆れかえるクリスは阿呆の同僚に教えてやる。
「神無月さんの血なんてそこら中に飛び散ってるでしょ!!それを使ったの!!!」
慌ててルーナをなだめる朧、彼女の剣幕に怯えて半泣きになるジョン。そしてここからは彼らの仕事になる。
「よくやったね四人とも。『ラブワン遮断器』起動」
これにより霙の能力が無効化され、霙に対する能力のみが効くようになった。
この後は、桜の能力で十字架に鎖と茨で拘束して『罪の戒め』を強調。手足を釘で固定することで『断罪される咎人』を強調して『死を確定させる槍』・・・『聖槍ロンギヌス』の効果を高めて霙に放つだけ、それで霙は死に続けながらWAOに封印される。
「封印先は私の『パンドラの器』でいいの?」
「ええ、貴方の封印術よりいい封印は多分WAOにもないと思うから」
世界トップクラスの可能性を持った7人が集まった。太陽の光によって燃え続けていた霙の身体が霙の回復量より下回り、ようやく落ち着いたところで桜が彼女を儀式に使おうとするが、そこで彼らの後ろ・・・防波堤の上、別荘の前。
一人の人間の怒号が響いた。
「おぉぉぉい!!お前ら寄って集ってうちの妹に何してんだ!!!」
誰もが後ろを振り返り、霙から意識を離してしまった、そのチャンスを霙は逃さない。
《ギシュォォオ》砂が吹き飛ぶ音、高速移動した霙はそのままクリスに触れた後すぐに離れて上にいる人間の下へ移動する。
「あっ!!」
「あわわわわわわわわ・・・どうすんのさクリス」
「黙ってて、アイツ何者?」
自分のミスを悔やむ桜。さっきから全く状況把握が出来ていないケイト。自分の能力を逆手に使われたクリストフ。
「大丈夫か霙?」
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
だが、彼らに休む暇など無かった、それは別の場所からの刺客だった。
「あらあら皆さん、お揃いですわね」
突如として現れた如何にも何処かの姫の様な少女、彼女の下には星型のヒトデがいた。
「「クラリス!?」」
霙とクリスの声が重なる。
「そしてさようなら、私の7つの障害」
何かしようにも霙はクリスの『ラブワン遮断器』の効果でまだ能力が使えない。クリスは慌ててそれを解除、対象をクラリオンに変更しようとするが間に合わない。
他の者はただただ中に浮いた美しい少女を見つめていた。
「・・・・・・・・・」
すべての時間が吹き飛び、その場に何も残ることは無かった。
能力無効のルーナ・エクリプス・クリストフでさえも・・・
「分岐!!」
誰かの声が響いた、そんな気がした。
「陛下、これでこの世界をようやく正しくすることが出来ますね」
「本当ならね、でも今すぐには無理そうよクリス」
「何故です?彼らのいないWAOなど我々の敵では無いでしょう」
「こればっかりは契約なのよ、それも『呪い』のね。だから最低でも10年は無理、その間にどれだけあの七人と霙が大人しくしているかは私の運しだいってところね」
「しかし陛下、彼らはこの歴史から消滅したのではないのですか?」
「そうよ、でもこの世界はあらゆる可能性に溢れている。だからこそ絶対はあり得ないわ」
二人は話し終えると星を媒介に消えてしまった。
「霙?・・・霙?どこ行ったんだアイツは・・・・まぁアイツは、アイツだけは大丈夫だな。大丈夫俺はお前たちをオリジナルとして分かってるからな」
一人取り残された少年の名は『神無月 天照』。神無月 霙という新たなる可能性を操る能力者であり、彼女達のオリジナルであり、お互いの一番の理解者でもある。
「・・・ん、ここは?はっ!そうだお姉ちゃん!?」
「ステラ・クリストフならここにはいないよ、ルーナ・エクリプス・クリストフ」
異様な空間に佇む少女。
そこに居たのはとても神無月 霙に似た、別の生き物だった。
始まりはいつだったっけ?私は地面に這いつくばりながら必死に逃げようとする元人間を見下げながら思った。
「頼む、金でも何でもするから命だけは」
目の前の生き物は裏路地で慮っていた私を犯そうと襲い掛かって来たのだ、相手がどんな生き物とも知らずに。
「はぁ~『服従せよ』・・・タイムリープして逃げたつもりだったんだけどなぁ~」
能力で服従させた男を椅子にして彼女は考えを続ける。
あまりにも『私達』が多すぎる、まるで『0→1』が無くなったような・・・なるほどね妾の為に創った世界ってことか、これも『0→1』の可能性のお陰だなクラリス。
~分岐~
「さーて、やってやるか。
霙を待つか。
待ちの霙と行動する霙。相反する二つはどちらも霙であり霙でない、それこそが可能性。
「「可能性は0であって0でない」」
これは可能性で溢れた世界の物語。すべての可能性は一つの結果に変わるのだ。