10:夏休み
待ちに待った夏休み。良太と桜と霙は車の運転できる『私達』の運転で海沿いの別荘にやって来た。
「ようやく着いたね」
「そうだねお兄ちゃん。桜、早く新しいお友達に会ってみたい」
そこに兄妹の雰囲気をぶち壊すような一言が入った。
「あ~殺したい・・・なんでもいいから殺したいし殺されたい」
「霙さんは何を物騒なこと言ってるんですか」
「そうだよ霙お姉ちゃん。そういうのは口には出しちゃいけないんだよ」
これも一つの『悪癖』
霙は色んなことをやってみたいし、それをされてもみたい。だが、いき過ぎた好奇心はこのような殺人衝動にも繋がってしまっている。
「じゃあ何か殺してもいいもの捕まえてきてよ」
二人は荷物をその場において別荘の庭から殺してもいいもの(害虫)を探し始めた。
「霙お姉ちゃん見つけたよ、殺してもいい生き物」
「本当!?」
「これだったら別に殺してもいいですよ」
そう言って二人が持ってきたのは庭のバラを貪っていた毛虫と芋虫。二人は霙が喜ぶと思っていたが・・・
「ギ・・・・」
「「ギ?」」
「ギィィィィイイイイヤァアアアアア!!!」
唖然とした。まさかあの霙にも恐ろしいものがあるのかと・・・二人にとって新しい発見であった。
「もしかして苦手なの?霙お姉ちゃん」
コクコクと頷く霙。
「アタイはワーム系のが苦手なの!!うぅー」
二人は虫をそこらに捨てると、荷物を持って霙のもとへ近寄った。
「霙さん、大丈夫ですか?」
「うん、ありがとう良太。少し落ち着いたよ」
すると別荘の扉が開き、中から目の前の霙と同じ容姿の霙が現れた。
「おおー霙、よく来たね」
「しばらくよろしくね、霙」
「今日からお世話になる土井 良太です。こっちは妹の桜」
「あぁ~大丈夫だよ。君達の事も霙から聞いてるから」
二人がウロウロするとどっちが自分達と暮らしていた霙なのか見当もつかない。良太がそんなことを考えていると二人の霙の後ろから二人の女の子が出てきた。
「あー!!私達の姫君じゃないの」
「こらこらパンドラ、初対面でそれを言っても姫君は知らないって」
何やら二人とも桜を指さして何か言っている様子。気付けば霙は一人に合体しており、後ろの二人を前に出して話し始めた。
「じゃあ自己紹介でもしようか・・・まずはパンドラから」
パンドラと呼ばれた少女は肌の色白さと長い髪の艶やかな黒さが目立つ印象の少女だった。
「私はパンドラって言います。『0→1』の可能性はパンドラの壺をベースにした魔法と魔術で『体質』は神様に近い魔性の女の子です。ちなみに・・・」
そういうとパンドラは蠱惑的な表情で桜に近づいた。
「神様達を引きつけちゃう貴方のことが一番大好きだよ」
「うん、ありがとうパンドラちゃん」
なんだか間違っているような・・・兄の心は魅惑的な霙とパンドラに桜が堕ちやしないかとヒヤヒヤしていた。
「じゃあ次はマキナ」
マキナと呼ばれた少女は全体的に紫色だった。特に気になるのは・・・・
「私はデウス・エクス・マキナ、マキナって呼んでね」
すると彼女は良太の視線に気が付いたのか、こちらを見て言った。
「この頭に生えてるウサ耳は着脱可能だから本物ってわけじゃないよ」
そう言って良太の一番気になっていたウサ耳を彼女は抜いて、良太に渡した。
「ちなみに、『0→1』の可能性は特にないけど『体質』は神様と電子機器に対する掌握とかがあるのだ。よろしくね」
「ちなみにアタイから補足説明するとマキナちゃんは元々AIだったのが『0→1』の可能性で実体化した子なんだよ」
その後、土井兄妹も自己紹介を終えて五人は海に行くことになった。
「わー海だー!!」
そこには彼女達五人以外誰もいない。霙からここはプライベートビーチだから貸し切り状態だよと言われて一番はしゃいでいるのは一番年下の桜である。
「そういえばマキナさんの名前の『デウス・エクス・マキナ』って機械仕掛けの神って意味ですよね・・さっき、元AIって霙さんが言ってましたけど海に入っても大丈夫なんですか?」
「それがね~大丈夫なんだなぁ~・・・あくまで私は肉体のあるデータみたいなもんだから、だからウサ耳に猫耳なんかも作れちゃうんだけどね。ありがとね気にしてくれて」
少し照れくさい良太。そんなことを話している間に桜とパンドラと霙はもう砂場で遊び始めている。
「お兄ちゃーん、早く遊ぼう」
「えへへ~可愛いよ桜ちゃん」
「きゃっ・・ちょっとパンドラちゃん、くすぐったいよ~」
こうしてしばらく遊んで海に入ることになった五人。海に来たのだ、入らないのは勿体ない。
「桜でもここまでなら遊べるよ」
「本当だ、ありがと霙お姉ちゃん」
「んん~なかなか水に浮く体験なんてあの頃には考えられなかったけど、これなら電磁波も出せるし鮫に襲われる心配もないね」
「いいじゃんマキナそんなの~どうせ私達全員このパンドラちゃんも含めて不死身なんだよ~気にすることないって」
そこで良太は気付く。自分の足が震えていることに。
「あれ~俺、海怖いのかな?・・・あ、」
「お兄ちゃーん、海の水気持ちいいよ~」
「お、おい桜・・・お前は大丈夫なのか?」
「大丈夫って何?全然大丈夫だけど・・・もしかしてお兄ちゃん泳げないの?」
そこで霙も気付く。何故彼がこっちに来ないのか。
「そういえば良太って・・・」
「はい、そうです霙さん」
「「吸血鬼は流水を渡れない」」
「「「・・・・・」」」
桜は持ち前の神性の高さによってプラマイゼロになっているおかげで泳げるようだ。
「こればっかりは仕方ないね・・・私も陸で遊ぶよ」
「すみません霙さん、今まで桜と俺の違いなんてほとんどないと思ってたんですけどね」
そう、彼と桜の違いはここにあるのだ。桜は神性が高いため聖水や流水は渡れないといった弱点はない代わりに悪魔と吸血鬼としての能力が減っている、人間を物理的に潰す事ができる程はあるのだが・・・
「まさかこんな違いまであるとは・・・・」
落ち込む良太。それを見て霙はある名案を思い付く。
「それなら一緒に空を泳ごうよ」
明るさを取り戻した良太、彼は『体質』を開放した。
鋭い爪。はみ出た牙。頭から伸びた角に赤黒い翼。そして可愛らしい尻尾。
「それじゃあ私は良太と空で泳いでくるから何かあったらそっちの霙に言ってね」
楽しい日々が続いた。ある日には飛べないパンドラに『翼』を生やして五人で空を飛んでみたり、美味しいご飯を食べたりと楽しい日々が続いた。
だが、どんなに楽しくても霙に対する桜と良太の不信感は消えない。
だが、どんなに命を救われ、自分を光に導いてくれた恩人だろうとパンドラとマキナの心情は桜達と同じだった。
そしてその時は訪れた。
「どうしたの四人とも?砂浜で大事な話があるって書いてあったけど?」
手にした手紙を見ながら四人に話しかける霙。
「霙お姉ちゃん・・・隠してること全部桜達に話してよ」
「嫌って言ったら?」
「それなら私達と闘って。まぁパンドラ達の実力じゃ、まだ貴方には勝てないかもだけど」
「可能性はゼロじゃない・・・特にこの世界においては、ね、霙さん」
「それで答えはどっちなのかな?」
霙は即答した・・・・答えは
「あんまり力を使いたくは無いけど・・・仕方ないね」
別荘に来て2週間。彼らとの思い出は素晴らしいものだった。
だが、可能性で満ち溢れたこの世界においては、本当の意味で『何が起こるか分からない』
得意げに可能性を信じる彼らはまだ霙の事を知らない
得意げな霙はまだ自分の可能性を知らない
そして戦いの幕が上がる。地上でも最高峰の可能性を持った四人と○○○○○○○との戦いが