糸と糸。
「おお、葉月ちゃん、いらっしゃい。まだ、仕込みやから、カウンターに座っといてか。あれ、一郎は」
「ホテルにいるよ。うん。一郎君、疲れてるのかもしれないね」
「なんか、あれやな、教習所、放火されたんやろう。一郎の行きよう所やんな」
「そう。この時代、怖いね。古き良き時代は終わっちゃったのかもしれないね」
「そうやな。この世の中、おかしいことばっかりや」
藤原のおじちゃんがジンジャーエールをサービスしてくれた。私は幸福の方程式を考える。一郎君は私のことを愛してくれている。パパやママにこれまで、親不孝をしてきた私だから。もっと、しっかりしなくちゃ。藤原のおじさん。ホテルの社長の松本さん。陽子。それから、ミケ。みんなに感謝しなくちゃ。生きていく強さが欲しい。私は、人生の喜怒哀楽を考えた。中学生の頃、仲はそんなによくなかったけど、みんなからからかわれていた、同級生の女の子が学校の屋上から自殺した。その子の、口癖は、「消えたい」だった。消えてしまえば、全てがいいこと、悪いこと、差し引きなしで全てが終わる。その子のお葬式には、学校のみんなで行ったけど、笑顔の遺影を見た瞬間、私は深く、幸せについて、考えるようになった。私は自分自身の情けなさを知っていった。
「葉月ちゃん。仕込み、終わったで、チャーシュー麺でええか」
「うん。ありがとう、おじちゃん」
「毎度あり。俺は葉月ちゃんには優しいで。美人に俺は弱いからなぁ」
「私って美人かな」
「おお、めちゃめちゃ可愛いで。一郎が、もし、おらんかったら、葉月ちゃんのこと、俺、口説いてるわ」
おじちゃんの優しさが嬉しかった。ジンジャーエールをごくりと飲んで、私は久しぶりにさっき、コンビニで買った、マルボロに火を点けた。おじちゃんは、麺をほぐして、スープを煮込んでる。それを写メで撮った。かっこいい。ラーメン職人、藤原のおじちゃん、THE、プロフェッショナル。一郎君。愛してる。誰よりもどんなときも。どんな悲劇が訪れようと。本当に愛してる。涙が出てきた。人恋しくて、一郎君が恋しくて。決めた。この旅が終わったら、私、きちんと働いて、二人の部屋を用意しようと。
「葉月ちゃん、出来たで。葉月ちゃん、どないしたん。泣いてもて」
「いや、ちょっとね」
「一郎と幸せになりや」
「ありがとう、おじちゃん」
チャーシュー麺を食べる。やっぱり、美味しい。おじちゃんも、煙草に火を点けて、テーブルをお掃除。
『生きる』
強くありたい。嘘一つ、存在しない、強さが欲しい。スープを飲む。すると、藤原のおじちゃんが、私にこう言った。
「葉月ちゃんには話すわ。俺な、元やくざやねん。所謂、鉄砲玉って奴や。人も殺した。俺、何度も自殺しようとした。親分の命令とはいえ、俺は人殺しやねん。俺、刑務所の中で誓ったんや。これからは、人に尽くそうと。人を肯定して、全部、受け入れようと。何度も泣いた。きれいごとかもしれん。嫁さんとも離婚してな。葉月ちゃんと一郎に、出来ることがあれば、力、貸すわ。ごめんな。こんな、話して」
「おじちゃん。いい人だよ。凄く優しくて、素敵で。過去は過去。未来は未来。今は今だよ」
「そうやな。ありがとう、葉月ちゃん。マルボロ、一本、恵んでもらえるか」
「いいよ。おじちゃん、お互い、頑張ろうね」
「おお。葉月ちゃん。そうやな。頑張ろう」
私は幸せ者だよ。一郎君のお嫁さんになるんだ。必ず。本当に幸せだよ。