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第7話



「やっぱこのクリミ、バカだべ。これじゃまるでゴキブリホイホイに捕まったGみたい」


「その例えやめてよね。セキュリティー解除できるにゃ?」


「出来る。ただ、問題がある」



 マキナ達3人は、エクセレントタワーの地下3階、真っ暗な管理用通路の中にいた。エボルヴァーを使い暴走する被疑者を追って、エクセレントタワーに進入したのだ。なづきは、ポータブルゲーム機にキーボードを取り付け、カタカタとピアノを演奏するように指先を動かしていた。



「問題って?」


「解除すると、全てのドア、外壁を覆う対攻撃用の防護壁、このビル全てのセキュリティーが一斉に解除される」


「つまり?」


「警察も入って来放題にゃ」


「えーじゃあ他の方法考えよう。外の映像見たべ? 警察官がうじゃうじゃと、まるでゴミのよ――」


「無理無理」と言って志庵がマキナの発言を遮る。


「だってどっちみち解除しないとみぃ達出られないしー」



 そう言って志庵は後ろを振り向き、真っ暗な通路の先にあるガッチリとロックが掛かった大きな扉を見つめた。


 そう、マキナ達がこの管理用通路を通りかかったタイミングで被疑者がスーパーセキュリティーを掛けてしまった為、この真っ黒な通路に閉じ込められてしまったのだ。地下鉄に繋がる外側の扉と、ビルに向かう内側の扉両方に対侵入者用のガード・ドアがあり、丁度その中間で閉じ込められる恰好となった。ゴキブリホイホイに捕まったG状態なのは、マキナ達も同じだった。



「あの地下鉄側のドアの向こうには、もう警察官が待機しているかもしれない」



 なづきは、キーボードを叩く指を休めることなく言った。



「ってことは、みぃ達には前に進むしか道は残されていないってことだにゃ」


「しゃあねぇ、前進あるのみってことか!」


「それじゃあ、パーッと始末してサーっとお家帰るにゃ」


「そうすっべ! さて軍師さん、どうします?」



 なづきはリズミカルにキーボードを打ちながら答える。



「まずは、どうやってクリミが立てこもっている37階の会議室に辿り着くかだが、ここのエレベーターを使う」



 ゲーム機の画面に、エクセレントタワーの図面が表示される。



「セキュリティー解除と同時に管理システムにウイルスを送り、エレベーターを最上階で固定しておくように設定する。我々は、エレベーターの竪穴に入り、志庵のギアで一気に37階まで上昇する」


「ギアか。あの立体機動装置みたいなやつだべな」


「なんだ立体機動装置というのは。まぁいい、エレベーターホールを出たら、クリミが立てこもっている会議室はすぐそこだ。迷うことなく辿りつける。ただ、問題なのが、奴がエボルヴァーを所持しているということ。状況から見て、レベル7といったところだろう。人質もいる。しかも、ビルの屋上には警察のEV特殊部隊が控えている。セキュリティーが解除されたら、すぐさま突入してくるだろう」


「あんま派手にやれないし、のんびりしている時間もないべなー」


「逃げる場所も問題だにゃ」


「あぁ、余裕はない。この、新しくスカムズ対策室の責任者となった白川剛という男」


「優等生ちゃんのパパさんだべな」



 ゲーム機の液晶画面に、白川剛の顔写真が表示される。



「こいつはキャリアだが、やり手だ。恐らく、空から地中まで、ありとあらゆる出口を抑えてあるだろう」


「ほーう」



 マキナは、エメラルドグリーンの瞳で液晶画面に映る剛の顔を見つめた。



「出入りできそうなところは全て抑えられ、セキュリティー解除したら上も下もドサドサ~っと一気に警察で埋め尽くされるし、逃げ場ないべ」


「困ったにゃあ」



 志庵はグーに握った右手で頬を撫で、小さな舌をペロッと出して見せた。なづきは、滞りなく指先を動かしながら、ビルの図面を見つめている。



「このビルには、地下鉄や大地下都市の空調システムで使用されている大型通気ダクト(トンネルと言ってもいいほどの大きさ)が丁度真下を通っている。実は、このビルの空調システムも、その大型通気ダクトを利用している」


「でも、さすがにそこも警察にマークされてるんでねぇか? 今回けっこうマジっぽいし」


「いや、その可能性は限りなく低い。そもそも地下の大型ダクトに進入する事自体が容易な事ではない。大地下都市の空調システムに関わるダクト内でなにか問題が起きたら、地下にいる百万人の人間の命に関わる。そう簡単にダクト内に入る許可は出ない。役人はそう言う事を極端に嫌がる。しかも、ダクト内には大型ファンが設置されている箇所もあり、それに誤って近寄ってしまうとたちまち人肉ミンチと化す。内部はとても危険なのだ。それに、大地下都市に毛細血管のように張り巡らされた通気ダクト全てを抑えるのは、この短期間では不可能に近い。ビルの通気ダクトから大型通気ダクトへ抜け、大地下都市のダクトにまで逃げ込めば我々の勝ちだ。ただここにも1つ問題がある」


「なになに? なんだべ」


「ビルの通気ダクトと地下都市の大型ダクトの接続部分にある大型ファン。これを止めなければ大型ダクトへは進入出来ない」


「そのまま通過しようとすれば――」


「身体がバラバラになっちゃうにゃ」


「あぁ。だが、ファンを止められれば脱出は可能だ」


「なんだぁ、止められるんだ」


「あぁ、だがそこにも問題がある。空調システムなど、このビル内のライフラインに関することはより厳重になっており、内部のコントロールルーム以外で操作することは出来ない。しかも、3分以上停止させると警報が鳴る仕組みになっている」


「3分かー、ちょっと短くね?」


「大丈夫だ。1階のコントロールルームからギアを使って飛べば2分16秒でファンまで辿りつける。一時停止機能を使って止めておけば、3分後にファンは自動で動き出す。そこから通気ダクトを伝い地下都市内に入る。捜査員の手が届かない地点まで行き、制服に着替えれば、もう誰も我々がスカムズだとは気が付かない」


「つまり、作戦を纏めると?」


「セキュリティーが解除され、指揮官が状況把握、安全を確認し突入の指示を出すまでに最短で5分と仮定する」


「それは、希望的観測にゃ?」


「経験則だ。今回は人質がいる、セキュリティーが解除されてもそう簡単に突入命令は下さないであろう」


「でも今日の捜査本部の指揮官は納屋橋だもんなー。早めにやるべ」


「あぁ、捜査員との無駄な接触は避けたい。必ずこの5分間でクリミを始末し、脱出する」


「にゃにゃ」


「セキュリティー解除と共に、この地下3階の扉からビル内部に侵入する。マキナと志庵は地下1階のエレベーターからギアで一気に37階までで上昇。余はそのまま1階のコントロールルームに向かう。マキナと志庵は会議室に入りクリミを始末する。その後、37階の奥にある管理用通路に入り、そこから壁のパネルを外して(痕跡を残さないように丁寧に)縦ダクトに進入する。縦ダクトを滑り降りるような形で一気に地下まで落下する。地下まで直通だから降りるだけで大丈夫」


「ひゅー、37階からの滑り台! 楽しそうだにゃ」


「ここまで4分32秒。そこからギアを使えば18秒でファンを通り抜けられる。余が突入からジャスト2分後にファンの一時停止ボタンを押すから、時間厳守」


「りょーかい!」



 3人は、暗い管理用通路で制服を脱ぎ、下着姿になる。凍てついた地下の冷気が、肌に突き刺さる。しかし、神経を研ぎ澄ました彼女達は、その身震いするような寒さを気にも止めない。革靴を脱ぎ、靴下を脱ぐ。そして、黒装束姿に着替え、その上からフード付きの黒いマントを羽織る。


 背中には大きな黒い翼が付いており、その姿はさながら死神のようだ。脱いだ制服と余計な物は圧縮パックに収め、3人は、それぞれマスクを被る。マキナは女神、志庵は獣神、ひつぎは武人を模したマスクだ。そして、フードを深く被る。それが済むと、3人は、何も言わずに頷いた。



 なづきは、エンターキーを押す。








「お父さん」



 聞きなれた、しかし今現在剛が立たされている状況には場違いな可愛らしい声に、剛は驚きながら振り向く。そこには、痛々しく頭に包帯を巻いた荘子の姿があった。



「なっ……。荘子、何故ここいる!?」



 荘子は剛のもとに駆け寄り、訴える。



「こうなったのは、わたしの無責任な行動のせいだから。最後まで捜査に関わって、責任を取りたいの」


「何を言ってるんだ。お前のせいではない。それに、怪我もしているのだろう。ここは我々に任せて、病院に戻りなさい」


「いえ、戻りません」



 荘子は、まっすぐに父親の顔を見つめている。剛は、まるでメドゥーサに睨まれてしまったみたいに、その場に固まっている。それを見て、納屋橋はクスッと笑った。


 さて。どうしますか、お父さん。


 剛は、暫く沈黙していた。そして、開かずの扉を恐る恐る、ゆっくりと慎重にあけるように、口を開いた。



「どうしても戻らないのか?」


「はい」



 剛も、荘子の顔を見つめた。そこにあるのは、愛しい娘の顔であり、また、ひとりの覚悟を決めた人間の顔でもあった。


 私は、どうして、この子をこのように育ててしまったのか。


 剛は、この時、荘子の才能に憧れてしまった自分を悔いた。娘には、普通の女性として生活して欲しい。しかし、今となってはもう遅いのだ。もう、後戻りは出来ない。娘の意思の硬さは、父は十分に理解していた。



「わかった」


「ありがとうございます」



 荘子は、深く頭を下げた。



「ただし、危険な行為は禁止だ。私の命令には絶対に従ってもらう」


「はい、分かりました」



 荘子は、スカートの横に下ろした右手で拳を作り、強く握った。その時だった。捜査車両の中にいた捜査員から無線が入った。



「納屋橋捜査一課長!」


「どうした」


「セキュリティーが解除されました!」


「なに?」



 納屋橋は、エクセレントタワーの方を振り向いた。ビルの外壁を覆っていた防御壁が、次々とビルの内側に引っ込んでいき、四角く光るガラスの窓が姿を現した。ガラスの窓に、月が怪しくその姿を映していた。









 なづきがエンターキーを押した直後、マキナは蹴破るように扉を開け、3人はそれぞれ背中に備え付けられている翼の形をしたギアを起動させ、大地を吹き抜ける風のようにビルの通路を抜け、目的地に向かった。



 マキナと志庵はエレベーターホールに向かうと、レンチのような形をしたギアを使って扉をこじ開けた。目の前には、真っ暗な立坑がずっと上に伸びている。志庵は、腰にセットしてあるギアを起動させ、先端にアンカーがついたワイヤーを上に向けて放った。暫くして、アンカーはどこかに引っかかった。それを確認すると、マキナは志庵に抱きついた。



ヒソヒソ……

『うーん、柔らかいおっぱい』


『みぃの胸は1タッチ300万円だにゃ』


『ボッタクリBBA!』



志庵の腰のギアが、激しい金属音と共にワイヤーを巻き取り始めた。それと同時に、志庵とマキナは高速で上昇する。


 2、3、4、5、6、7――


 エレベーターの立坑を物凄い速さで上昇しながら、マキナは恐るべき動体視力で確実に階数を数えて行く。


37階、そこに奴はいる。




救いようのない犯罪者よ、お前は絶対警察になんか渡さない。


 私の手で、その息の根を止めてやる。


 確実に、そして永遠に。


 あるべきところに還してやるから。


 さぁ、速く、速く。





マキナのエメラルドグリーンの瞳が、闇の中で鋭く輝く。





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