表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/40

第5話



 旧世代から続く、老舗の大手百貨店の屋上。建物や設備は新しく建て替えられた最新のものだが、開業当時からある、その百貨店の名物とも言える屋上遊園地だけは、当時と変わらないそのままの形で屋上に残された。旧世代を感じさせる、カラフルな雨よけテントや、レトロな子供用の小さな遊具たち。そして、その屋上遊園地のシンボルとなっている、小型で可愛らしい観覧車。


 そのカラフルな観覧車の陰に隠れるように、美しい金髪を風になびかせるエメラルドグリーンの瞳を持つ飛騨(ひだ)マキナ、赤髪を猫耳風ヘアーにしている蛭ヶ野志庵(ひるがのしあん)、無口で小柄な青髪の高山(たかやま)なづき、の3人は直線距離で400メートル先にいる白川荘子の姿を特殊な遠視ゴーグルで監視していた。



「不思議な子だにゃあとは思ってたけど、まさかこんなところで会うなんてねぇ」



 そう言って志庵は舌なめずりをした。


 遊園地は土日だけの営業となっている為、人の姿はなく、冷たい風が吹き抜ける音だけが寒ざむと響いていた。電源の入っていない遊具達は、息を潜めて3人の少女達の様子を伺っている。風に煽られて、カラフルな観覧車がキィキィと音を立てて軋んだ。



「白川荘子。16歳。奈護屋高校に通う1年生。全国模試1位の秀才。父・白川剛は、奈護屋大出の警察官僚。警視監。警視庁の刑事部長であり、スカムズ対策室室長」



 なづきはポータブルゲーム機の画面を見ながら言った。どうやら、ただのゲーム機ではないようだ。マキナは一息、口笛を吹いた。



「おもすろくなってきたべなぁ」


「運命の出会いにゃ」


「いや、警戒した方がいい。あの娘、普通じゃない。確実に、通り魔クリミの居場所を探してる」


「あるいは、スカムズ?」


「かもしれない」


「まぁ、面倒なことににゃる前に〜ささっとクリミを始末するにゃ」



 志庵はブランドのロゴが入った紙バックの中から、片目用のゴーグルと、引き金の付いたL字型の拳銃のようなものを取り出した。さらに、紙バックから黒く細長いパイプのようなものを2本取り出すと、拳銃の銃口とその反対側に1本ずつ取り付けた。それが終わると、ブレザーの袖を捲り、拳銃に取り付けてあったリング状のものを取り外し、右腕にセットした。右目にゴーグルをセットし、右手でグリップを握り、左手で銃口の先に取り付けたパイプを握る。そして、その態勢のまま、長いパイプの先を、ちょうど、荘子が立っている先のマンションの3階の窓に向ける。志庵のその姿は、標的に狙いを定める狙撃手のそれだった。


 志庵は、グリップを握ったまま親指で銃の側面に付いているボタンを押した。すると、ボタンがピンク色に光り、それに反応するように腕に付けたリングも光った。それと同時に、志庵の瞳がルビーのように怪しく光った。そして、右目に取り付けたゴーグルに、窓の内側にいる人間の姿が映し出された。志庵の、ぴょこんと頭の上に乗っかる猫耳が風に揺れる。呼吸を整え、標的の後頭部に狙いを定め、引き金に指をかける——



「待て」と言ってなづきが志庵を制した。


「我々は、完璧に作戦を遂行しなければならない。塵ほどの証拠も残してはならない。彼女があそこにいるうちに実行するのは、危険だ」


「でもよ、さすがにあっこからじゃマキナたちを目視出来ないし、いくら足が速くても追いつくのは無理だべ?」


「もし、彼女に仲間がいたらどうする? 他の場所で、別の者が見張っている可能性もある。彼女が特殊捜査官なら、エボルヴァーを隠し持っている可能性だってある」


「みぃのアサルターみたいに遠距離攻撃可能なヤツだったらヤバいね」


「うー、むむむ」



 唸り声を上げながら、マキナは胸の前で両手の拳を握った。



「仲間がいないにしても、、彼女はもう捜査本部に連絡を入れているかもしれない」



 マキナは両手を放り出してそのまま地面に仰向けになって寝転んだ。背中にコンクリートの冷たい感触が使わってくる。



「じゃあ、暫くは動けねぇべな。休憩たーいむ」



 そう言って、マキナは瞳を閉じた。



「焦ることはない。彼女は絵に描いたような優等生。彼女が今、捜査本部と関係なく単独行動でここにいるのだとしたら、そろそろ家に帰る時間」



 なづきは、液晶画面から目を離さずに言った。



「えー、帰るとは限らないでしょ。いくら真面目な優等生でも、はっちゃけたくなる時くらいあるんじゃにゃい?」


「ない。余には分かる」


「みぃにはわかんなぁい」



 そう言って、志庵はゴーグルを外してネイルの手入れを始めた。鮮やかな、赤いマニキュアが塗ってある。なづきは、ポータブルゲーム機に表示されている時刻を確認した。



「そろそろ、電話がかかってくる」








 街路樹の陰からマンションの様子を伺っていると、鞄の中のスマートフォンが、振動で着信を告げる。荘子は、マンションから視線を外さずに、鞄からスマートフォンを取り出すと、着信の表示を確認した。母からだった。



「どうしたの?」


「荘子、大丈夫? まだ帰って来ないの?」



 母の、心配そうな声が聞こえる。



「……ごめん、ちょっと集中し過ぎちゃった。今から帰るよ」


「それならいいけど、気を付けてね」


「うん」



 通話が終わったスマホの画面を見つめる。


 何をやっているんだろう、わたしは。


 母からの電話で、火照っていた感情が落ち着いた。冷静さを取り戻した。これは、遊びじゃないんだ。わたしの独断で動くのは、危険過ぎる。父や捜査員の方達にも迷惑がかかる。


 荘子は、通話履歴から父の電話番号を探して、電話をかけた。



「お父さん、今大丈夫?」


『あぁ、どうした?』



 父の声だ。捜査本部にいるのだろうか、後ろで様々な話し声が飛び交っているのが聞こえる。



「通り魔事件の被疑者の居場所だけど、1つ当たって欲しいところがあるんだ」


『なに、本当か! それはどこなんだ?』


「羅刹区栄――」



 突然、頭上から、ガラスが割れる音と女性の悲鳴。ガラスの破片が、氷の結晶のように輝きながら、目の前に降り注いだ。



『荘子、どうした!?』


「被疑者が潜んでいると思われる部屋から、女性の悲鳴!」



 荘子はマンションの入り口に向かって走り出した。



『な……荘子! 危険だ、とりあえずそこから離れなさい』


「でも、女性の悲鳴が」


『ダメだ、すぐに捜査員を向かわせるから待ってなさい』


「それじゃ手遅れになるかもしれない」


『荘子!』



 荘子は父との会話を振り切るように通話を終了させ、マンションの入り口に駆け込んだ。





 荘子は通話を切ると、マンションのエントランスに駆け込んだ。入り口にはロックがかかっているが、荘子は鞄から自前である特製の器具を取り出し、ロックを解除した。


 何事もなかったかのように、自動ドアが開く。もちろん、このような行為は違法だ。しかし、荘子は優れた頭脳の他に、誰よりも強い正義感を持っていた。その正義感が、荘子を動かした。


 困っている人がいたら、助けてあげなさい。



 装飾や照明など、内装にも贅沢な施しが見られる都会の高級マンション。その3階、302号室。黒い石版の表札には、金色のローマ字でTANAKAと表示されている。荘子は、ゆっくりとドアノブ引く。


 鍵がかかっている。


 部屋の扉は、指紋認証で開くタイプだった。先ほどのマンションのエントランスよりも強固なセキュリティだ。時間がない。荘子は一歩下がると、その細い右脚を指紋認証装置に向かって思いっきり蹴り上げた。制服のスカートが舞い上がり、白く艶のある脚が飛び出す。黒い革靴のつま先が装置に直撃し、表面のカバーが吹っ飛んだ。むき出しになった基板に、素早い動作で鞄から取り出した電極の様な細い棒を突き刺すと、火花が飛び散り、扉のロックが解除された。


 荘子は、鞄の中から自家製の銃火器型のスタンガンを取り出し、構える。そして素早く扉を開け、部屋に入る。ワックスかけたての教室の床のようにピカピカに輝く大理石の玄関。人の気配はない。玄関から伸びる廊下の先にガラス張りのドアがあり、その奥から男性の怒鳴り声が聞こえた。荘子は廊下を駆け、扉を開ける。


 カーテンが閉められた、広いリビング。中央の窓ガラスは破られており、カーテンが風にそよいでいる。その窓ガラスの前に、顔を殴打され、鼻や口から真赤な血を流す女性と、その女性の長い髪の毛を無造作に掴み何事か怒鳴り散らす男がいた。


 通り魔事件の被疑者本人だ。


 被疑者は荘子に気付くことなく、更に女性を殴る。荘子は思わず飛び出した。



「やめなさい」


「あ? な、なんだお前」



 驚いた表情で荘子を見る被疑者の男。その手には、女性を殴った時に付着したと思われる血液で真っ赤に染まっている。犯罪者である自分を匿ってくれた女性に対して暴力を振るなど――行きている価値もない最低の人間だ。



「女性を離しなさい」



 荘子はスタンガンを両手で構えた。



「なんだガキがぁ!」



 被疑者はジーンズのポケットからナイフを取り出した。



「抵抗はやめなさい」



 荘子は、スタンガンの狙いを定めた。このスタンガンは、ワイヤー付の針が飛び出し、直撃した対象に電撃を食らわせる事が出来る。荘子の自家製アイテムの1つだ。



「あ、あぁ? これでもやれんのか?」



 被疑者は女性の後ろに回り込み、首元にナイフを突きつけた。女性を盾のようにしているので、むやみにスタンガンを撃つ事が出来ない。スタンガンは一度しか放つ事が出来ないから、もし狙いを外してしまったら、後は被疑者と格闘するしかない。荘子には武術の心得があったが、相手がナイフを持っている為、分が悪い。どうにか隙をついて女性を助け出せないか……



「大丈夫ですか!?」



 その時、近くの交番勤務であろう制服警官が部屋に入ってきた。



「な、お前、何をしている!」



 警官はその異常な光景に、すぐさま警棒を構え、荘子の前に立った。



「くっ……ちくしょう!」



 被疑者は女性の首にナイフを突きつけたまま、足元に置いてあった銀色のジュラルミンケースを開け、中から何かを取り出した。荘子がそれに気づいた時には遅かった。被疑者がジュラルミンケースから取り出したのは、神経接続型破壊兵器エボルヴァーだ。



「なっ……」


「ハ、ハハ、消えろぉ!」



 被疑者が持つ銃器タイプのエボルヴァーから、真っ黒なエネルギーの塊が放たれる。一瞬、赤い閃光が射したかと思うと、荘子と警察官は、押し寄せるどす黒い闇に飲まれた。激しい破裂音と共に、マンションの窓ガラスが粉々に砕け散る。



 黒い閃光はマンションから飛び出し、テレビ塔をかすめ、天を貫いた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ