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第4話




 荘子は地下鉄に乗り、羅刹区の繁華街である栄の駅で降りた。国内有数の大都市であり、様々な価値観がマーブル模様のように混ざり合って共存するカオスの街、羅刹区栄。


 通り魔殺人事件の被疑者は、ここに潜んでいる。


 荘子は通り魔事件の現場となった駅に向かった。



 奈護屋の街には、地下には地下鉄、地上には旧世代からある鉄道、そして上空には高層ビルを縫うようにリニアが走っている。今回の事件は、頭上を走るリニアの駅の構内で起きた。


 現場となった駅に着くと、まだ取材のカメラや警察官の姿も見られた。荘子は、階段を上り、駅の構内に入る。


 天井が半円形のガラス張りになっている明るい改札口のスペースに入ると、通行人の妨げにならないように壁を背にして、少し離れたところから改札口を眺めた。


 荘子の目の前を通り過ぎる人や、青みがかった半透明の自動改札機を通り抜ける人々が忙しなく行き来する駅の構内。荘子は、父のパソコンから拝借した捜査資料を、頭のなかで再生し、事件当時の状況を頭の中で再現する。


 被疑者は、この改札口の前で上着に隠していたナイフを取り出すと、駅の出口に向かいながら、次々と通行人を刺した。被疑者は、力の弱い女性や老人を意図的に狙って刺した。


 救いようのない、カスだ。


 この時、現場に居合わせた警察官が一度は被疑者を取り押さえたが、隙を突いて逃げられた。


 被疑者は返り血を浴びている。


 他人に無関心な都会だが、さすがに血だらけの服装では目立ち過ぎる。それに、この被疑者はあまり賢いとは思えない。自力でそう遠くへは、逃げられないだろう。



 奈護屋の地下には、地下街や地下鉄が、巨大なアリの巣のように縦横無尽に張り巡らされている。その中には、今は使われなくなり放棄された、廃墟のような区間も存在する。被疑者は、この廃止された地下区間に潜んでいるものと、捜査本部はそう睨んでいる。地下に、多くの捜査員を投入している。しかし、捜査員達はもう2日間も被疑者を見つけられずいる。荘子は思った。地下に被疑者はいない。荘子は地下へ入らずに、そのまま地上を歩いた。






 頭の中で記憶した通りに、百貨店が並ぶ人通りの多い大通りの歩道を歩き、PARCOの西館と東館の間を通り抜け、別の通りに出る。


 その時だった。人の波の合間から、見覚えのある3人組が歩いてきた。


 金、赤、青の派手な髪。ブランドのロゴが入った大きめの紙バックを肩からさげ、丈の短いチェックのスカートをひらひらとなびかせてこっちに向かってくる。



「あ、優等生ちゃんだべ」



 相手の方からから話しかけて来た。毎朝同じ電車に乗り合わせる、今朝荘子を痴漢から救ってくれた女子高生3人組だった。



「また、お会いしましたね。今朝はありがとうございました」



 荘子は丁寧に挨拶する。



「もう〜別にいいって! お買い物かにゃ?」



 猫耳の子が言う。



「そんなところです。あなた達は」


「マキナたちもお買い物だ」



 聞きなれないイントネーションでそう言う金髪の子。日本人が持っていない妖艶な、しかし幼さの残る美しい顔から繰り出される東北弁に、戸惑いを覚えずにはいられない。青髪の子はなにも喋らずにポータブルゲーム機に夢中になっている。



「でもさ、今日は早く帰らなきゃいけねぇよ。ニュースでやってたべ、通り魔の犯人が栄に逃げ込んでるって」



 通り魔の犯人――わたしはそいつに会いに行こうとしている。



「そうですね、危ないから早く帰ることにします」



 不意に出た通り魔という言葉。しかし、荘子は決して表情には出さない。穏やかは表情で言う。



「あなた達も、気を付けてくださいね」


「ありがと! そうだにゃあ、特にみぃみたいな可愛い娘は狙われやすいから気をつけなきゃ」



 猫耳の子が両手で自分の頬をおさえながら言った。



「何いってんだ? あんたみたいな軽そうな女よりマキナみたいな清楚系美人JKが一番モテるんだぁ」


「はぁ、誰が軽い女だってぇ? マキナこそ金髪ビッチじゃにゃいか」


「誰がビッチだ! マキナのこの美しいブロンドは地毛だべ!」



 マキナという名前っぽい金髪の子と赤髪の子が言い合う中、



「女は、無口な方が良い」



 今まで黙っていた青髪の子が、まるで爽やかに吹き抜ける風のように自然な所作で言い合いに乱入してきた。しかし、視線はゲームから離さない。



「はぁ? 引きこもってゲームばかりしてる陰キャラのあんたがモテるわけねぇべ」


「黙れ。この金髪クソビッチ」


「おめぇまでマキナのことビッチ言うか!?」



 可愛い顔に似合わない汚い言葉を繰り出しながら漫才のようなやりとりを繰り広げる3人。それを見て、荘子は思わず笑ってしまった。



「おもしろいですね」



 今まで言い合っていた3人はきょとんとして荘子を見る。



「そうかぁ? いつもこんな感ずだけれども」


「はい、良いトリオだと思いますよ」


「ちょっとぉトリオって、みぃ達芸人じゃないんだからぁ」



 微笑みながら、荘子ははっとした。いけない、お喋りしている場合じゃなかった。



「では、わたしはこれで失礼します。買い物を済ませて帰らないといけないので」


「そうだな! 気を付けて帰るんだよ」


「ばいにゃあ!」



 そう言うと、3人組は朝と同じように大げさに手を振って荘子とは反対側に歩いていった。



 本当に不思議な3人だ。


 話していると、わたしのペースが乱される。こんな事は、今でなかった事だ。仲の良い友人達といる時も、萌や千聖とだって……。


 荘子は振り返り、後ろを見る。3人は、何やら言い合いながら人の波の中に消えていった。


 さて、いこう。








 被疑者には、深い関係にある女性が数人いた。所謂、恋人だ。恋愛感情とは不思議なもので、こんなゴミのような男でも好きになってしまう女性はいる。


 わたしには、到底理解出来ないけど。


 荘子は、この被疑者と交際していた女性が被疑者を匿っているのではないかと考えた。しかし、捜査本部もそんな事はすでに把握しており、被疑者と交際関係にあった女性は全てマークしている。


 荘子は考える。


 本当に、付き合っていた女性はそれだけだろうか? 他にもいなかったのだろうか。



 コンピュータ技術が発達し、ネットが現実と同義になり、全てがデジタル化されたこの世界。あらゆる物事が数値化され、データベース化され、コンピュータによって管理されている。その為、警察でもネット上の捜査は全てコンピュータが行う。被疑者のデータを入力すれば、一瞬のうちにその人間関係が映画の登場人物の相関図のように詳細にグラフ化される。人間は、何もしなくてよいのだ。全て、機械がやってくれる。しかし、そこに心はない、と荘子は思う。データに頼り過ぎた人類は、いつしか心の存在を忘れていった。


 荘子は自分の『心の目』を使い、被疑者のSNSを徹底的に調べた。


 被疑者は、浮気が発覚しないように、SNSに特定の女性との交友を書き込んだりすることはなかった。そういうことはしっかりしている。痴漢と同じく、荘子が最も嫌悪する類の男だ。


 被疑者の、程度が低く中身のない書き込みを読むのは苦痛だったが、その言葉、画像、フォロワー、様々なデータを照らし合わせ、推理し、複雑に絡み合う糸をかき分け、1人の女性を探し出した。羅刹区栄の高級マンションに住む、25歳、会社経営者の女性だ。


 荘子は今、その女性が住んでいるマンションの前に立っている。


 あの被疑者が逃げ込むなら、恐らくここ――



 都会のビルに挟まれた、大きな白い柱が建てられた宮殿のようなデザインのマンション。この3階に、被疑者と交際していると思われる女性経営者は一人で暮らしている。この女性が捜査システムに引っかからなかったのは、彼女が賢く、それなりの知識があり、相当用心深いからだろう。彼女の立場上、あの様な男と交際しているのを外部に知られるのを恐れていたのかもしれない。



 荘子は、マンションの前で立ち止まらずにそのまま通り過ぎた。もしかしたら、もうスカムズがここを見張っているかもしれない。どこからどうみても普通の高校生のわたしを警戒するとは思えないが、念のため目立つ行動は避けなければならない。


 荘子は、マンションから少し離れた街路樹の影に隠れ、スマホをいじるふりをしてマンションの3階のベランダを観察した。


 その荘子が立つ街路樹の下から、人々が行き交う並木道を抜け、自動車が行き交う大通りを挟んだ大手百貨店ビルの屋上に、荘子の後ろ姿を監視する3つの視線があった。




「なんであの優等生ちゃんがここにいるんだべ」






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