第25話
決行の金曜日。
時刻は、黄昏時の夕方。荘子は、白のブラウスと茶色の花柄のスカートに着替え、鞄に白衣と三条を入れると、ベッドの上に座って目を閉じた。
大丈夫、わたしはやれる。
決意を固め、自室を出る。階段を降りて、リビングに行き、母に友達の家に行ってくると告げた。
「気をつけてね。美穂ちゃんによろしくね。ご家族にも迷惑かけないようにね」
美穂とは、作戦の時の為に作った架空の友人である。
「うん、わかったよ」
母が見送り、玄関を出る。門扉を開け、急いで心愛命記念病院へ向かおうとしたところに、荘子の前を大型の黒いセダンが遮った。高級車のレクサスLS600hLだ。そして、レクサスの後部座席から、スーツ姿の若い女性が降りてきた。知的で美しかった。
「白川荘子様。ご無沙汰しております」
わたしはこの女性を知っている。尾乃陀警視総監の秘書だ。
「お久しぶりです、聖奈川さん。すみませんが、生憎父は今捜査本部に——」
「いえ」
聖奈川が遮る。
「白川刑事部長ではなく、あなたに用があって参ったのです」
「わたしに?」
どういうことだ?
「白川刑事部長から、何も聞かされていないのですね。警視総監の指示で、あなたをお迎えにあがりました。白川荘子警部補」
何を言っているのだ、この女性は。
「警部補? どういう事ですか?」
「警察庁があなたを、特別捜査官として国家公務員に採用させて頂くことになりました。さぁ、車にお乗り下さい。捜査本部のある心愛命記念病院までお連れします」
どういう経緯か分からないが、わたしは警察庁の国家公務員にされてしまったようだ。しかし、今捜査本部に入る訳には行かない。作戦が、狂ってしまう。友人との約束があると言って断ろう——
——しかし、荘子は考える。
スカムズに加入する前のわたしだったらどうしていただろうか。わたしが、スカムズの捜査より友人との約束を優先させるなど、ありえない。ここで断ることは、不自然だ。突然、グレてしまった娘を演じようか。思春期にはありえることだ。いや、ダメだ。それでは今後に関わる。理想の世界を創る為には、警察側とも上手く関係を築いていかなければならない。やはり、ここで捜査本部行きを断ることは出来ない。
「分かりました。お願いします」
そう言って、荘子は車に乗り込んだ。
「ありがとうございます」
聖奈川はゆっくりとドアを閉め、反対側の後部座席に乗った。
「出して下さい」
聖奈川がそう言うと、運転手がゆっくりと車を発進させた。
「すみません、友人と約束をしていたので、連絡を取ってもいいですか?」
「はい、構いませんよ」
荘子は、マキナにメッセージを送った。
『ごめん、父の仕事を手伝うことになったから行けなくなっちゃった』
返信はすぐに来た。
『それなら仕方ないよ(/ _ ; )またね』
気付かれない程度に、聖奈川の様子を探る。聖奈川は、ずっと前を向いている。荘子も、スマホを膝の上に置いて、真っ直ぐに前を見つめた。
さて、どうする。
「荘子、大丈夫かなぁ」
マキナと志庵はナース服姿で心愛命記念病院に入り込んでいた。志庵のメイクで、2人とも顔がまるで別人になっている。年齢も、20代中頃に見える。
「たぶん、捜査本部に連れてかれちゃったんじゃにゃい? 警察も、荘子の頭脳とボディは欲しいはずだからにゃ」
「モテモテだべな、荘子! ボディは別として! ま、荘子は荘子で上手くやるべ。さぁ、行くか!」
「さっさと終わらせてラーメン食べるにゃ」
「たまには違うの食べねぇか?」
「なにが食べたいにゃ?」
「唐揚げ」
「いつも食べてるじゃにゃいか!」
荘子を乗せたレクサスは心愛命記念病院の地下駐車場に入った。車から降りると、捜査本部が設置されている会議室に案内された。その間、聖奈川に私語はなく、必要最低限の事しか話さなかった。荘子が最初に会った時から、彼女はそうだった。まるで機械のように仕事を素早く的確にこなす。そこには、一切の思念がないように思われる。しかし、おそらく、彼女はそれを演じているだけだ。荘子にはわかる。実際は、好戦的な野心家だ。目的の為には自身を抑え込む術を心得ている。恐ろしい女だ、と荘子は思った。
捜査本部の前に着くと、聖奈川は3回ノックをして扉を開けた。
「白川刑事部長、荘子様をお連れしました」
剛は、会議室に設置された大きな液晶パネルの前に立っていた。
「ご苦労だった、ありがとう」
聖奈川は一礼し、捜査本部を出ていった。剛は、ゆっくりと荘子のもとに近づいて行った。
「荘子、すまない」
「お父さん、説明してください。捜査に協力するのは良いけど、一方的過ぎるよ」
「お前を、これ以上巻き込みたくなかった。しかし、やはりスカムズ逮捕には荘子の力が必要なんだ。協力して、くれないか?」
父は、真っ直ぐに荘子の瞳を見て言った。荘子は、少し考える振りをした。
「……わかったよ」
いいよ、寧ろ歓迎だ。
わたしの計画が早まっただけだから。
荘子は、司法試験を合格し検察官になり、ゆくゆくは法務省に入り、官僚になるつもりだった。今回荘子が採用されたのは警察庁だから少し違いはあるとしても、問題ないであろう。警察官になり、内部から変えていく。そして、掌握する。スカムズを上手く使って、今の日本の司法制度が間違っている事を世の中に示す。次第に世論を動かしていく。そして、法改正までの道を開き、導く。荘子は、学生の間はスカムズの活躍、思想を世の中に広める活動をするつもりだったから、好都合である。
だが、今回の作戦が問題だ。わたしが捜査本部にいては、作戦に支障が出る。今回の作戦のキーともなるべき役割をわたしは担っている。問題となっている、一般病棟と特殊閉鎖病棟を繋ぐ連絡通路の攻略。マキナ達なら、それでも上手くやってのけるかもしれないが……
「状況を説明してください」
「分かりました!」
荘子が説明を乞うと、真山が勢いよく声を上げた。
「僕がこれまでの経緯から説明します」
「あぁ、頼む。荘子、真山から説明を受けてくれ」
「わかりました。真山さん、よろしくお願いします」
「おう、了解! 今回スカムズが目標としているのが——」
真山は、大きな声で勢いよく、かつ的確に説明した。勿論、荘子は全てを知っていた。スカムズの作戦も、警察側の対策も。しかし、真剣な眼差しで聞き、頷く。真山は熱血で単純な男に見えるが、この若さで捜査一課の刑事をやっているのだ。油断は出来ない。
「失礼します」
真山が一通り説明を終えたところで、捜査本部に1人の女性が入ってきた。小柄で、一見すると荘子と同じ高校生に見える——が、纏っている空気が違う。黒いストレートの髪をしっかりとポニーテールで結び、前髪は真ん中で分けている。頬はふっくらとしていて、肌には艶があり健康的だ。くりっとした茶色の瞳は可愛らしいが、その奥に鋭さを秘めている。あの瞳は、荘子がよく知る、刑事の目だ。
「遅くなりました」
女性は、入り口で一礼して、剛の方に歩いて行った。女性の登場で、何故か真山がそわそわし始めた。女性と剛が一言二言交わすと、2人で荘子のもとに向かってきた。
「荘子、こちらは斑目管理官だ。今回、スカムズの捜査に協力してもらうことになった」
「あなたが荘子さんね。私は斑目沙亜紗、よろしくね」
沙亜紗はにっこりと笑顔で右手を差し出した。その活発そうな表情は、運動部で部活に勤しむ女子生徒のような、若いエネルギーに満ち溢れている。
「白川荘子です。よろしくお願いします」
荘子も右手を差し出し、握手を交わした。
女性か……厄介だな。




