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第2話



 いつもの、平日の朝。ひと通り木枯らしが吹き終わり、肌寒くなった駅のホーム。


 毎朝、同じ時刻に、同じ電車で、同じ車両に乗る。同じ時刻なのは、毎日一定のペースを保ちたいから。通勤時間のピークを避ける意味もある。同じ車両なのは、最短時間で駅から出られるから。


 毎朝、録画された映像のように流れる車窓の景色。同じアナウンス。そして、同じ人々。その変わらない光景の中で、毎朝必ず同じ車両に乗り合わせる人達がいる。


 わたしと同じ、女子高校生の3人組。


 通っている学校は、わたしとは別の学校だ。紺のブレザーに、大きなリボン。深緑のチェックのスカート。あの制服は――確か、同じ区内にある、奈護屋なごや京立羅刹高校の生徒だ。県内で、一番偏差値の低い高校だ。


 今日、彼女達は、わたしのすぐ目の前の座席に、向かい合うようにして座っている。


 1人は、イヤホンをしてスマホで動画を見ている。さらさらした、金髪ロングストレートの髪が清流のように肩から胸のリボンに流れている。ハーフの子だろうか、エメラルドグリーンの瞳で、人形のようなくりくり可愛らしい眼差しをしている。そして、



「やっぱこのバンドの音、最高だべ!」



 可愛らしい声で、その外見からは想像も出来ない東北訛りのような方言を話す。東北育ちのハーフの子といったところか。その横で、



「みゃ~、前髪がうまくきまらないにゃあ」



 そう言って手鏡を見てしきりに髪の毛を気にしているのは、セミロングの赤毛で、頭の上に三角の山を左右2つ作った猫耳ヘアーにしている、3人の中では1番背が高く、釣り目で少し大人っぽい雰囲気の女の子。お洒落が好きなのだろうか、常に髪やネイルを気にしている。しかし、派手な化粧はしていない。その猫耳の子からハーフの子を挟んだ反対側で、



「……ターゲットをセンターに入れてスイッチ」



 何やらブツブツ言いながら無表情でポータブルゲーム機で遊んでいるのは、3人の中で一番小柄な女の子。青みがかった髪色で、長めの前髪はきっちりと7、3で分け、サイドの横髪は耳の前でピンと真っ直ぐに伸びている。後ろの長い髪はうなじがはっきり見えるくらい思いっきりアップにしており、それが頭の上に垂れてトサカのようになっている。座席の前でローファーをキッチリと揃えて脱ぎ、座席の上に足を乗せて膝を折った体操座りの姿勢でゲームに興じている。その仕草や風貌から、高校の制服を着ていなければ小学生高学年くらいに見える。


 彼女達は、いつも一緒に電車に乗り、3人一緒に並んで座席に座っているが、3人ともそれぞれ別の事をしている。真ん中の金髪の子は音楽を聴き、右の猫耳の子は容姿を整え、左の青髪の小柄な子は黙々とゲームをしている。殆ど、話している所を見たことがない。そして、わたしも彼女達と言葉を交わしたことはない。



 しかし、この日は違った。



 荘子は、目の前の少女達から、また車窓の外を流れる景色に視線を移した。電車の揺れと共に、右手で掴んでいる吊り輪が軋む。その時だった。荘子の尻を、制服のスカート上から、何かがぬるっと撫でた。


 ――痴漢だ。


 荘子は先ほどから尻に何かが当たると感じていたが、後ろの痴漢が触っていたのだ。荘子が抵抗するそぶりを見せないので、今度は少し大胆に触ってきたようだ。荘子はスマホのカメラを起動させ、インカメラにして後ろにいる男性を確認する。キッチリとスーツを着こなす、頭が薄くなった40代後半くらいのサラリーマン風の男だ。



 馬鹿なのか、こいつは。



 わたしみたいな小娘の尻を触る見返りに人生を棒に振るとは。まぁ、痴漢のような卑劣な犯罪を犯したのだから、当然の報いだが。それよりも――


 わたしは思う。最も卑劣で愚かで醜い犯罪の1つ、痴漢をするようなゴミ野郎は、死刑にして抹殺するべきだ。


 痴漢をするような人間は生きている価値は無いと思うし、そういう行為に走る性質のある遺伝子は絶つべきだと思う。痴漢は即、死刑(もちろん冤罪というケースもあるが、話しがややこしくなるので、ここでは冤罪はない事とする)。


 しかし、今のこの日本では、死刑は廃止されている。わたしが生まれた時には、すでに死刑制度は廃止されていた。それどころか、犯罪者に対して寛容にさえなっていたのだ。


 わたしの犯罪に対する思想が偏り過ぎているのは、自分で理解している。だから、これは誰にも話したことはないし、考えないことにしている。自分で抑圧しようとも――おっと、そろそろこのゴミ野郎に尻を触らせるのもやめさせなくては。決して心地よいものではない。気持ち悪い。ほかっておいたら、この生きる価値のないゴミ屑はスカートの中に手を入れてくるかもしれない。ここでやめさせよう。そして、人生を終わらせてあげよう。本当は、殺した方が世の中の為だと思うけれど、そうすると今現在の法律では、わたしは犯罪者になってしまう。その選択は、とても賢いとは言えない——今現在の法律では。



 そう思い、荘子が痴漢の腕を掴もうとした時――



「よーすよすよす、おさわりはそこまでだべ、おっさん」



 荘子の目の前に座っていた金髪の少女が、痴漢の腕をまるで風が流れるようなしなやかな動作で掴んだ。



「いててて、なんだね君は」


「そういうコトはちゃんとしたお店でお金払って楽しんでにゃ」



 猫耳の少女が、ベーと舌を出す。いつの間にか、痴漢を3人の少女が囲んでいた。



「わ、私は何もしていないぞ」



 痴漢はしらばっくれる気だ。しかし、青髪の少女がポータブルゲーム機の液晶画面を見せる。



「証拠。ちゃんと録画してある。人生ゲームオーバー」



 痴漢は、顔が青くなり俯いた。そして、すぐに赤くなった。



「お、大人を馬鹿にするもんじゃない! 貸しなさい!」



 痴漢が手を伸ばしゲーム機を無理やり奪おうとするが、小柄な青髪の子はリスのように素早く動いて避ける。



「これ以上罪を重ねるのはよくねぇぞ? 大人しくするべ」


「なっ、いてててて」



 金髪の子が痴漢の腕を捻った。その隙に、猫耳の子が痴漢のネクタイを解いて襟元から抜き、それを痴漢の腕に巻き付けた。痴漢は、完全に動きを封じられ、観念したようだ。


 朝の通勤電車で起こった逮捕劇。自然と、周りから拍手が起きた。


 その逮捕劇は一瞬のことだった。荘子は、ぽかんと口を開けてその光景を眺めていた。










「大丈夫だべ?」



 金髪の子が心配そうに荘子の顔を覗き込んで言った。赤い電車は、荘子と3人をホームに降ろすと、次の目的地に向かって走り出した。



「はい。助けて頂いて、ありがとうございます」



 荘子は身体の前で手を組み、身体を曲げて丁寧に頭を下げた。



「そんな畏まらにゃくてもいいよん。痴漢多いから気を付けてね。キミ、可愛いから狙われるにゃあ」



 猫耳の子は右手をグーにして軽く握り、猫の手を作って荘子の頬を撫でた。



「はい、気を付けます」


「それじゃあね、また明日」



 ――また明日?



「あ……」



 彼女達も気づいていたんだ。毎朝顔を合わせていたことに。


 まぁ、毎日同じ電車に乗り合わせれば、気づかない方がおかしいか。



 金髪の子は、荘子の表情を見て微笑んだ。



「はい、また明日」


「ばいにゃ~!」


 手を大きく振りながら、3人はホームの向こう側に歩いて行った。少し歩いたところで、青髪の子が振り返ってペコっと頭を下げて挨拶した。



 荘子は、猫耳の子に触られた頬を手の平で撫でた。



 不思議な子達だ。




 荘子は3人の後ろ姿を暫く眺め、そして、くるりと身を翻すと、改札口の方に歩き出した。


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