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消しゴム先輩は恋を語る  作者: アンリ
第二章 修学旅行編(FA御礼)
9/10

「本当にありがとうございました。ほら、まあくん。お姉ちゃんにお礼を言いなさい」

「お姉ちゃあん、ありがとー」


 涙で顔をぐしょぐしょにしたお母さん。それに引き換え男の子は天真爛漫だ。自分がどれだけ恐ろしい場面にでくわしたのか、まったく気づいていない。


 ちなみに鹿は仲間同士で頭をぶつけ、その衝撃で正気に戻ってくれた。「あれ。俺、なにしてたんだろう?」とでも言いたげな顔で。そしてきょろきょろとあたりを見るや、仲良く固まってどこぞへと消えていった。それを機に人だかりも解消し、もうあたりは平常に戻っている。


「本当に、本当にありがとうございました」

「お姉ちゃん、ばいばーい」


 親子が仲良く去っていくのを見送る。


 二人の姿が遠くなるや、わたしは急いでさっきの現場へと戻った。そしてためらいなく地面に這いつくばった。ちぎった消しゴムを回収するために。


「先輩、いたら返事してくださいよー」


 ささやきながら、小石と小石の間とか、溝の間なんかをくまなくチェックしていく。


 どうか先輩が食べられていませんように。せめて一つくらい残っていますように。そう祈りをこめながら。


 でもなかなか消しゴムのかけらは見つからなかった。


 ずっと探していたら、地面についている手のひらも、制服のスカートの裾からのぞく膝も、刺すような痛みを感じ始めた。それでも消しゴムは一つも見つからなかった。


 ぽたん、と涙が渇いた地面に落ちた。


 涙が吸い込まれるよりも先に、ぽたんぽたんと、新たな涙が落ちていく。


「ううっ……」


 声が出そうになって歯をくいしばって耐える。


「うううっ……」


 わたしには泣く権利なんてない。その権利があるのは消しゴムだ。身を挺して危機を救ってくれたのは消しゴムで、わたしは消しゴムを犠牲にしたずるい人間なのだから。


 でも涙は止まらなかった。


 彼にあげた消しゴムは今も彼のもとで生きている。でも鹿に食べられた消しゴムは……さすがに……。


「うううっ……」


 もうどうしたらいいのかわからない。


「ううっ、うううっ……」

「どうしたの?」


 聞き覚えのある声に顔をあげると、そこには彼の姿があった。彼の後ろには班のみんなもいる。誰もが心配げにわたしを見つめていた。


「け、消しゴムが……」


 さっきのお母さんよりもひどい泣き顔で訴えるわたしに、彼は少し不思議そうな顔をした。


「消しゴム? 落としたの?」

「落としたっていうか……」


 言葉につまった。


 すると彼は背負っていたリュックから筆箱を取り出した。そしてわたしに「はい」と消しゴムをくれた。


「これ……?」

「うん。木下さんにもらった消しゴム。ずっと返してなかったよね。ごめん」

「ううん、これはあげたものだから」


 とっさにかぶりを振ってしまった。すると彼はわたしの両手を消しゴムごと握りしめてきた。


「今度は僕が木下さんを助けてあげる番だから」


 そう言ってわたしを優しく立たせてくれた。


「さ。落ち着くまであっちのベンチに座ろう? あ、みんなは先にお昼食べてて」


 これにみんなが揃って不満顔になった。


 まずい、と思った。みんなはわたしのことを悪女だと決めつけているし、佐々木さんの次は彼にターゲットを変えたと思われているに違いない。


「あ、あの」


 わたしのことはいい。だけど彼にこれ以上迷惑をかけたくない。みんなにも嫌な思いをさせたくない。そう思ったら声が自然と出ていた。


「佐藤さん。それにみんなもごめんね」


 するとみんなの顔がさらに渋くなった。


「なんだよそれ。俺が先に言おうと思ってたのに」


 いがぐり頭の栗田くんが鼻をこすりながら言う。


「……え?」

「そうよ。私達の方こそ無視しちゃってよくなかったのに」


 ふりふりポニーテールの桑田さんが唇をとがらせて言う。


「木下。ごめんな。俺たち、当事者でもないのに勝手に正義の味方ぶっちゃってた」


 フチなし眼鏡をかちゃかちゃ動かしながら小綿くんが言う。


「木下さん。私の方こそごめんなさい」


 佐々木さんの目にうっすらと涙が浮かんでいる。


「嫌なことをしたのは私なのに、木下さんばかり悪いみたいな雰囲気にしちゃって、それを変えようともしなくて。ほんとごめんなさい」


 だから、と佐々木さんがみんなに目配せする。


 そして声をそろえて「みんなで一緒にお昼ご飯食べよう!」と言ってくれた。


 

 *


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