1.FAあり
さて、ここで問題です。
中学三年生にとってもっとも大切な学校行事とはなんでしょう?
受験?
ぶっぶー。
運動会?
全然違います。
正解は……修学旅行です!
「あなた……さっきから一人でぶつぶつうるさいわよ」
「あ、先輩!」
満面の笑みを向けたわたしに、先輩である消しゴムが眉をしかめた。
「ちょっと浮かれ過ぎじゃない?」
「えー、そんなことないですよ?」
口ではそういいつつも自覚している。わたし、テンション高すぎるぞって。でも明日は修学旅行で、それって中学三年生にとってはもっとも大切な行事で、だったらしょうがないのかなと思うのだ。しかも……。
「そんな調子で大丈夫なの?」
「大丈夫ですって。くふふ」
油断すると頬がゆるむのはさっきからずっとだ。
「いつも変な顔だけど今日のあなたはさらに変よ」
「ひどいなー。でも……くふふふふ。実はですね……くふふふふ」
しゃべろうとするたびにこらえきれない笑いがあふれてくる。
「ああでも、やっぱり言えないなあ。くふ。くふくふくふ」
そんなわたしに消しゴムはあきれた顔になった。
「彼と修学旅行で同じ班になれたのがそんなに嬉しいわけ?」
「そうなんですう。……って、ええっ? どうしてそれを先輩が知ってるんですか?」
確かに片想いの彼と同じ班になったが、それは消しゴム含めて文房具の誰にも言っていない。自分ひとりでこの喜びを静かにかみしめていたかったからだ。
なのに、どうして?
「知らないわけがないでしょ。この私を誰だと思ってるの?」
「消しゴムですよね」
即答に消しゴムが舌打ちをした。
「ただの消しゴムじゃないわ。分身の術が使える消しゴムよ」
分身の術と言ったが、実際はそんなにすごいものではない。単に半分に割られた消しゴム同士が一つの意思を共有しているという話だ。しかも割ったのはわたしだし。……ああいや、実際はすごいのだろう。というか、話す消しゴムというのがそもそも奇天烈なのだが。
「彼のところにいる私が聞いたのよ。彼があなたの話をしているのを」
そう、消しゴムの半身は今はわたしの片想いの彼のところにいる。消しゴムがなくて困っていた彼にわたしが消しゴムを半分に割ってあげたから……なんだけど。
え?
今、なんて言いました?
「彼がわたしの話をしてたんですかっ?」
それは大事件である。
我が家の文房具はしゃべったり動いたりできるが、さすがに心の声を聴くことはできない。ということは、実際に彼の口からわたしの名前が出たということになる。
「もっと詳しくお願いしますっ!」
正座をして姿勢を正したわたしに「どうしようかしら」と消しゴムが思わせぶりな態度になった。
「そんなに聞きたい?」
「はいっ!」
「おい。もったいぶらずに教えてやれよ」
横から口を出してきたのは正方形の付箋紙だ。この付箋紙は消しゴムの恋人である。
あれ、意外といい人(いい付箋紙)じゃんと見直したら「どうせ大した話じゃないんだからよ」とがっくりするようなことを言われた。
実際、消しゴムいわく、彼は班員の名前を確認していただけらしい。木下、桑田、佐藤、と。全員女子だ。ちなみに彼は沢村である。勘のいい人ならすぐわかると思うが、班割はあいうえお順、男女三名ずつで構成されている。
「彼、あなたの班の班長なんでしょ?」
消しゴムの言う通り、彼はじゃんけんで負けて班長になったかわいそうな人である。
「でもってあなたは副班長なんですって? 何かが起こりそうな予感がするわ」
「くふふふふ!」
大きくなった笑い声に「楽しそうだね」と物差しが近寄ってきた。わたしの目はすでにおかしくなっており、物差しが白い歯輝くスマイルを浮かべているのが見えている。
「そうなんですよお。明日から修学旅行で! あっと、もう今日か」
時計を見ればすでに日付は変わっている。
「夜更かしは美容の敵だよ、レディ」
「はーい。もう寝まーす」
一晩眠れば、ずっと楽しみにしていた修学旅行だ。
だがそう思うとますます興奮が高まり、眠るどころか目がさえる始末だった。
「くふふふふ」
「おらあ! いつまでもうるせえぞ!」
「くふふ。くふふふ。くふふふふ」
「……セロハンテープさーん! あの女、黙らせてくださいよー!」
*
FAは一本梅のの様が描いてくださいました♪
最後のヤンキーセリフは、もちろんマスキングテープシスターズが放ったものです。笑
セロハンテープは実はマスキングテープシスターズよりも格上という、どうでもいい設定です。