5.FAあり
みんなが木漏れ日の気持ちいい芝生の上に場所とりをしてくれているうちに、わたしは「お手洗いに」とそそくさとその場を離れた。そしてみんなの姿が見えない場所まで来ると手の中にある消しゴムに話しかけた。
「先輩。先輩!」
何度か声をかけると、消しゴムはようやく長いまつ毛をあげてくれた。
「もう。せっかくお昼寝してたのに」
「あの! 先輩を探してくれませんか?」
「私はここにいるじゃない」
「そうじゃなくて! 私がずっと一緒にいた先輩の方です!」
「ああ、そっちのことね」
「……鹿に食べられてないですよね?」
おそるおそる問う。答えを知りたい、でも知りたくない。そんな気持ちで。
すると消しゴムは「待ってて」と瞳を閉じた。もう一人の自分と通信を試みるこの姿はこれまでも何度か目撃している。
しばらくすると消しゴムがつぶやいた。
「うーん。これはダメかもね」
「ダメ? ダメってなんですか……!」
「あたたたた。ちょっと、強く握らないでくれない? ていうかあなたの手、なんだか臭いんですけど。これなんの匂いよ」
「早く教えてください……!」
「わかった。わかったから少し力を緩めてえ……!」
やがて息を整えた消しゴムが爆弾発言をかましてきた。
「もう一人の私は仏様のもとにいるみたい」
「ええっ? それって死んだってこと……ですか?」
ここにいる消しゴムも消しゴムだけど、やっぱりわたしはいつも一緒にいてくれたあの消しゴムがよくて。あの消しゴムこそわたしの先輩で。その先輩が……死んだ?
「せ、せんぱーい……」
白目をむいて倒れかけたわたしに、消しゴムが飛び蹴りをかましてきた。額の真ん中、にぎびに向かって。激痛に閉じかけていた目はぱっちり開いた。そして別の意味で涙が出た。
「もう。早とちりしないで」
「いたた……じゃあ先輩は死んでないってことですか?」
額をさすりながら問うと、消しゴムは「ええ」と重々しくうなずいた。
「私、ここの仏様と知り合いなのよ」
「知り合い?」
消しゴムが仏様と……知り合い?
「さっきあなたが鹿に追いかけられた理由、あれ、仏様が鹿に命じたからなんですって。もう一人の私を連れてこいって」
また通信をしているのだろう、薄目の状態で消しゴムが続ける。
「久しぶりに私の気配を感じて、それでちょっと話したくなったみたいよ」
「なんですかそれ」
いわく、文房具がしゃべったり動いたりする理由は何かしらあって、消しゴムの体には高貴な存在が宿っているのだとか。「うっそだあ」と声をあげたら消しゴムに無言でにらみつけられたけど。
「ふんふん。なるほどね。……えっ?」
またも通信を行い始めた消しゴムが、急にかっと目を見開いた。
「やだもう! すごいじゃない!」
「なんですか?」
「あっちの私が仏様からすごい能力をもらったみたいよ」
「ほんとですかっ?」
「ええ。今回のことで徳を積んだからって」
すごい能力?
仏様から授かるすごい能力っていったいどんなものだろう?
今度こそ願いを、恋をかなえる力……とか?
わくわくしながら話の続きをねだると、消しゴムがにやりと笑った。
「百聞は一見に如かずよ。見てなさい! とうっ!」
相変わらず華麗なジャンプをし、くるりと一回転をした消しゴムがわたしの手のひらの上に着地する。だがその姿はさっきまでの半割れの消しゴムではなかった。なんと……おろしたてのごとき完全体に戻っていたのである。
「どう? これが私が新たに獲得した能力よ!」
どこも使った形跡のない、角がきちんととがっている、真っ白な消しゴム。カバーもぴかぴかつるつるの新品だ。
「し・か・も!」
消しゴムがまた「とうっ!」と叫ぶや一回転ジャンプをきめると、今度は手のひらにミニサイズの消しゴムが五体出現した。
「分身の術も覚えたのよ?」
五体の消しゴムが甲高い声で一斉に自慢する。
「そ・し・て!」
また一回転ジャンプ。
「こうやって二個になったり」
また一回転ジャンプ。
「三個になったり。そしてこうやって一個に戻ったり。個数も回数も自由自在よ。昼なのにこれだけ動いても体が軽いのも感激ものね。……あら? どうしたの?」
ずっと黙ったままでいるわたしに、ようやく消しゴムが気づいた。
「私が無事に戻ってきたのにどうして喜ばないのよ。前は感動して大泣きしてたくせに」
不満げににらみつけられたものの、わたしは戸惑う気持ちを隠せずにいた。
「だって……」
「だって?」
「だって先輩、もう消しゴムじゃなくて妖怪みたいなんですもん。……いったあ!」
瞬時に五体になった消しゴムが一斉攻撃をしかけてきたのは、またも額のにきびだった。
「ひどいじゃないですかあ! にきびばっかり狙って!」
「ひどいのはあなたよ!」
わいのわいのと言い合いながらも思った。
妖怪じみた消しゴムだけど、やっぱり先輩と一緒にいると楽しいなって。
もう一体でも二体で五体でも、なんでもいいやって。
*
なお、この時消しゴムと話をしていたわたしのことを、心配して探しに来てくれた彼に見られていたのは後日談である。
百分の一サイズになった消しゴム一体は今、こっそり彼の筆箱の中に住み着いている。わたしの恋の成就のためだと言って。その消しゴムから連絡がきたのだ。
「あなたのこと、独り言と消しゴムが大好きな変人だと思っているみたいよ」と。
えーと、先輩。
いつわたしの恋は成就するんでしょうか?
完
こちらのFAも一本梅のの様が描いてくださいました~♪
のの様、このたびはありがとうございました。
第二章はFAなしでは生まれなかったと思います。
FAのおかげで消しゴムは本物の分身の術を身に着けられました^^




