第七話 圧倒的ではないか、ドラゴンは!
魔力値というのは、強さの重要な目安の一つである。
普通の大人で10。
戦いを生業とする開拓者や軍人でも、100を超えればかなり強い。
1000なんて言ったら、それこそ伝説級の連中だ。
世界に名を知られた爺さんでも、それだけの数字には達していたかどうか。
それが「9999」とは。
どうりで、ギルマスなんて大物が出てくるわけだ。
「……シルフィって、ほんとにドラゴンだったんだな。これはさすがに驚いた」
「そんなに、凄い数字なのですか?」
「当たり前だ! たぶんこんなの、ギルド始まって以来だろうな。シルフィ、このことは他の誰にも言うんじゃないぞ。人に知られたら間違いなく厄介なことになる!」
シルフィに思いっきり詰め寄ると、出来るだけ凄みを利かせて言う。
俺の勢いに押された彼女は、うんうんと深くうなずいた。
口が軽いと言うか、こういうことに関しては信用できない感じだけど……これでとりあえずは安心か。
「よし。それはひとまず置いておくとして、依頼を見るか。シルフィがDランクでそこまで強いなら、普通にゴブリン退治ぐらいは行けそうだな……」
「もっと強い魔物でも良いですぞ? こちらのオーガなどはいかがでしょう?」
「それBランクのクエストだろう? Dランクじゃ受けられないよ」
「ほう、そうなのですか? 開拓者というのもなかなか不便なものですな。分かりました、もう少し弱い奴を捜しましょう!」
目を皿のようにして、ボードの隅々までを見渡すシルフィ。
やがて彼女は、左下に張られていた依頼書を指さす。
「これなどいかがでしょう?」
「シルバーウルフの討伐か。普通じゃちょっと難易度高いけど、シルフィなら悪くないんじゃないかな」
「おお! では、これに致しましょう!」
はにかんだ笑顔を見せると、そのまま受付に向かって走り出そうとするシルフィ。
おっと、その前に!
俺は急いで、その場から立ち去ろうとした彼女の手を掴む。
「何ですか、主様?」
「ほら、パーティー登録だよ」
「おお、すっかり忘れておりました! どのようにすれば良いのでしょう?」
「カードを出して。それを重ねれば、とりあえずは登録できるから。時間もないし、パーティー名とかは後にしよう」
「了解ッ!」
差し出されたカードを早速重ね合わせ、パーティー登録をする。
これでよし、冒険の準備完了だ!
「さあ、行くか!」
「はいッ!」
こうして俺とシルフィは、クエストを受けてギルドを後にしたのだった――。
――○●○――
「着いた着いたっと!」
ゲルドの森の入口にたどり着いたところで、グーッと身体を伸ばす。
さて、ここからが本題だ。
一口にゲルドの森と言っても、実は結構な広さがある。
深部はまだ立ち入り禁止令が解かれていないので行ける範囲は限られているが、それでも一日で歩き回るのは難しいぐらいだ。
日が暮れるまでに、必要数の討伐が出来るかな?
俺一人なら、夜までかかっちゃうところだけど……シルフィのお手並み拝見だ。
「シルフィ、ここはある程度手分けして捜そう。群れを見つけたら、互いに大声で――」
「主様、こっちです!」
「え? もう?」
「気配を辿れば、ウルフの群れを見つけることなど造作もありません」
サラリと凄いことを言うシルフィ。
そう言えば、部屋に来た時も「気配を探って来た」とか何とか言ってたな。
魔力値もさることながら、そんな便利能力まであるとは。
まさに至れり尽くせりって奴だな。
「見つけましたぞ!」
「おいおい、早いな!」
立ち止まったシルフィの指さす方向を見ると、そこには確かにシルバーウルフの姿があった。
獲物を捜しているのだろう、軽く喉を鳴らしながら辺りを見渡している。
さらにその周囲には、数頭のウルフが隠れ潜んでいた。
一頭が襲い掛かったところで、一斉に皆で襲うつもりに違いない。
俺とシルフィはウルフたちの視線から逃れるべく、すぐさま木陰へと隠れた。
「どうする? あの状態じゃ、下手に手出しできないぞ」
「構いません、まとまっていて逆に好都合なくらいではありませんか」
「ウルフだって群れになると結構厄介だぞ?」
「大丈夫です。あれぐらい、まとめて一撃で倒せますゆえ」
そう言うと、茂みから飛び出すシルフィ。
彼女は目にもとまらぬ速さで狼たちの前へと移動すると、背中を反らして息を吸った。
そして――
「はァッ!!」
気迫と共に、シルフィの口の先に何かが形成された。
無色透明だが、わずかに景色を歪ませるそれは――空気だ。
シルフィによって周囲の大気が極度に圧縮され、高密度の塊となっているのである。
こうして放たれた空気弾は、飛びかかった狼の腹にぶつかると同時に猛烈な突風を引き起こす。
遠雷を思わせる鈍い音。
それにやや遅れて、ウルフたちの身体が勢いよく吹き飛んだ。
汚い花火のようである。
そのまま木や地面に叩きつけられたウルフは、うめき声をあげて倒れ伏す。
それっきり、奴らは起き上がらなかった。
「すげえ……ッ! これも、魔法なのか!?」
「ブレスですな。ドラゴン族の基本技です。私は風のドラゴンなので、空気弾を撃ちます」
「へえ、そりゃいいや!」
「この調子でどんどんウルフを倒しましょう! 次は――」
こうして、ウルフを見つけ出してはブレスで仕留めていくシルフィ。
この調子なら、夕方どころかお昼過ぎには必要数が確保できそうだ。
流石は伝説のドラゴン。
実のところ魔力値については計器の故障なんじゃないかと疑っていたのだけれど、この分なら本当のようだ。
シルフィがSランクの開拓者になる日も近い……かもしれない。
そうなれば俺も、晴れてSランク開拓者の主って訳か。
他力本願だけどちょっとわくわくするな!
「よし! これで最後の一体です!」
「あれか。うーん、何か今までの奴より大きくないか?」
のそりのそりと木々の間を歩くシルバーウルフ。
その体躯は、今まで退治してきたものよりも一回り以上は大きく見えた。
そして、毛並みも微かに金色が混じったようで色合いが異なる。
こいつはもしや、群れのボスか何かだろうか?
それにしたって雰囲気がちょっと違いすぎる気がする。
風格というか、覇気というか……。
全身から大物の気迫がにじみ出ていた。
「言われてみれば、ちょっと大きいですな。しかし、あれぐらいなら他と大して変わらんでしょう。すぐに倒してまいります」
「あ、ちょっと! ヤバいんじゃないのか!?」
俺の制止を聞かないうちに、シルフィは空気弾を打ち込んだ。
超圧縮された空気は一瞬のうちにウルフの腹を穿ち、大爆発を起こす。
その威力のすさまじさに、たちまち腹の毛皮が大きく凹んだ。
巨体が重力に逆らい、ふわりと浮き上がる。
それにやや遅れて、ウルフの口から血が漏れだした。
今の一撃で、内臓が潰されてしまったらしい。
もはや戦闘不能となった巨大ウルフは、さっきまでのものたちと同様に地面に倒れ伏す。
「群れの主っぽい奴まで一撃か。まったく、恐ろしいと言うか素晴らしいと言うか……」
「これが、ドラゴンの力です!」
シルフィは腰に手を当てると、自慢げに胸を張った。
主の手前、言葉のトーンこそ抑えているが表情の方はなかなか見事なドヤ顔である。
凛々しい見た目の割に意外と子どもっぽいところがあるな。
俺は彼女の肩を叩くと、しっかり褒めてやる。
「よくやったな! えらいぞ!」
「あ、ありがとうございます!」
「そんなに照れなくても良いって。さてと。素材の回収をしなきゃ……って! こいつ、プラチナウルフじゃないかッ!!」
毛皮に触れて、シルバーウルフとの違いに気づいた俺は思わず大声を出した。
森の王者、プラチナウルフ。
この森の魔物たちを束ねる、ランクAの化け物である――。