第五話 ギルドにて
「主様、主様! 朝ですぞ!」
「ふああ……。なんだよ、俺は眠い……って! 君は誰だよッ!」
「忘れたのですか? シルフィでございます!」
「あ、ああ! そうだった!」
昨日のことを思い出した俺は、ふっと胸をなでおろした。
朝から美少女に起こしてもらうなんて贅沢な話だが、流石に知らない人が相手だと心臓に悪い。
やれやれ、朝っぱらから変な動悸を起こしてしまった。
「えーっと、昨日はあのまま疲れて寝ちゃったのか。服も……あれ?」
「お召替えをしておきました。大丈夫ですぞ、魔法を使ったので見ておりませぬ」
「ああ、そう。……って、魔法!?」
さりげなく流そうとしたところで、思わず変な声が出てしまう。
魔法と言えば、ここぞという時に使う必殺技みたいなものである。
開拓者の中でも使えるのは上位ランク限られているし、そもそもこんなノリで使うもんじゃない。
これが、俺のとっておき――みたいな感じで使うのが普通なのだ。
「そんなに驚くことでしょうか? 他愛もない生活魔法ですが」
「魔法に生活なんてつけること自体がおかしいだろう。流石、ドラゴンって言うだけのことはあるな」
「そういうものでしょうか? 私は普段から便利に使っていますが。人化しているのも魔法の一種ですし。それより、今日はどういたしましょう? 実に清々しいお天気ですぞ! 出かけるにはうってつけです!」
ザッとカーテンを開け放つシルフィ。
たちまち、お日様の光が部屋を白く染め上げた。
う、寝不足気味の眼には眩しいな……!
俺はどこぞの吸血鬼よろしく手で顔をガードしながら、言う。
「そうだな、とりあえずはギルドへ行こうか。シルフィの登録をしないといけないし」
「登録? 何の登録ですか?」
「開拓者のだよ。俺、これでも開拓者をやってるからさ。一緒に行動してもらうなら、シルフィも開拓者になってくれた方が都合が良いんだ。パーティー組めるし」
「なるほど、分かりました!」
「では、出発!」
「はい!」
元気良くうなずくシルフィ。
俺は朝食代わりに買っておいたパンをかじると、そのまま彼女を連れて宿を出る。
今の時代、一獲千金を狙って開拓者になろうとする奴は多い。
にもかかわらずこの街のギルドの窓口はひとつしかないため、早く行かないと結構混んでいるのだ。
「ここが開拓者ギルドですか。噂には聞いたことがありましたが、来たのは初めてですな」
「気を付けろよー。女に飢えた奴がわんさか居るからな。シルフィみたいな美人は注意しないと」
「美人だなどとは、主様は世辞がうまいですな」
「シルフィがそんなこと言いだしたら、世界のほとんどはブサイクになっちゃうぞ。まあいいや、登録カウンターは入口から見て一番左端だからそこで登録を済ませて来て。俺は先に初心者向けの依頼がないか見てるよ」
「分かりました。すぐに済ませて参ります」
こうして入口のところでシルフィと別れると、奥のクエストボードへと向かう。
立ち入り禁止命令は解除されたのだろう。
昨日とは打って変わって、既に数名の開拓者がボードの前に屯していた。
連中は俺が近づくや否や、からかうような眼でこちらを見てくる。
「よ、ボンボン。今日もゴブリン退治か? それとも薬草採取?」
「うるさいな、どっちだっていいだろ」
「やっぱりそのどっちかなのかよ! 何年経っても進歩がねーなー!」
「仕方ないだろ、魔力が成長しづらい体質なんだから」
人の肉体には、誰しも少なからず魔力が宿っている。
戦闘に携わる人間は、誰しもその魔力を成長させることで強くなっていくのだ。
だが俺は、それがもともと弱いうえに成長もしづらいという厄介な体質をしている。
0.2倍。
一般的な開拓者が1だとするなら、俺の成長比率はこれぐらいだと前に医者から言われたことがある。
「ははは、そうだったっけか。難儀な体質だよなあ、やめちまえばいいのに」
「そうだ、やめちまえやめちまえ! お前みたいな出来そこないに、開拓者は向いてないんだって」
「田舎で畑でも耕してろよ!」
次々と浴びせられる罵声。
そりゃ、俺自身にだって向いてないことは分かってるさ。
でも俺は、いつか爺さんみたいな偉大な開拓者に……!
「ちょっと、そのくらいにしてあげたら?」
拳を握りしめながらもじっと耐えていると、不意に女の声が響いた。
この声は……!
忘れもしないその響きに、すぐさま振り向く。
するとそこには、もっともらしい笑みを浮かべたアイスの姿があった。
「体質のことをからかっては可哀想ですよ。誇り高き開拓者が、寄ってたかっていじめみたいなことするもんじゃありません!」
「ち、分かりましたよアイスさん。今日はこれぐらいにしときます」
「しゃーねーな。ボンボン、アイスさんに感謝しとけよ」
「あーあ、今日のお楽しみはここまでか」
ランク上位のアイスには頭が上がらないのだろう。
屯していた開拓者たちは、皆それぞれのクエストへと向かった。
その場に残された俺は、まだ営業スマイルを続けているアイスの顔を睨む。
「け、どういう風の吹き回しだよ」
「決まってるじゃない。こうやって評判を良くしておかないと、あんたに訴えられたときに面倒だからよ」
「どこまでも抜け目ないやつ。悪女の鑑だな」
本性を知ってしまうと、前は良く思っていたその一挙手一投足がすべて邪悪に見えた。
実際、こいつは何から何まで計算ずくで行動しているのだろう。
まったく、敵ながら恐ろしい奴だ。
いつかこいつの善人面を引っぺがしてやりたいが、なかなか手間がかかりそうだ。
「ところでお前、俺の地図はどこやったんだ?」
「地図? ああ、あのぼろい奴ね。知らないわ」
「知らないって、そんなわけないだろ」
「それを答えて私に何の得があるの? ……っと、そろそろ時間だわ。ダーリンが来るから、あんた余計なことを言うんじゃないわよ。言ったら殺す」
「ダーリン? もう新しい男を作ったのかよ!」
「そ、あんたとは比べ物にならないほどの良い男!」
得意げに笑いながら、アイスは服の胸元を緩めた。
白くて柔らかそうな谷間が男を誘うべく姿を見せる。
もともとかなりの巨乳だが、そこをさらに盛っているようだ。
俺の時とは比べ物にならない気合の入りぶりである。
ろくでもない女のものだとは分かりつつも、思わず視線が向いてしまう。
「ごめんごめん、待たせてしまったね!」
やがて現れたのは、さわやかな笑顔の良く似合う貴公子然とした男だった。
うわ、すげえイケメン……!
きらりと光った白い歯が、男の俺でもゾクっとするぐらい爽やかだ。
どこぞの絵本から抜け出して来た、白馬の王子様みたいである。
「いいのよ、私も今来たところだから」
「そうかい? ならいいんだけど」
「それより、今日は何の依頼にする?」
「うーん、Bランクの僕にふさわしい依頼は……ん?」
アイスを見ている俺の存在に、男が気づいた。
彼はほうほうと頷くと、厭味ったらしい笑みを浮かべてこちらを覗き込んでくる。
さっきは爽やかだと思ったが、訂正。
あのアイスが選ぶだけあって、性格はかなり悪いようだ。
「もしかして、君がウィード君かい?」
「……そうだけど、何か?」
「どうりで。能力がないからってパーティーを解散されても、まだアイスに未練たらたらってわけだ」
「そんなことない!」
「そうかな?」
そう言って笑うと、男はおもむろにアイスの胸へと手を伸ばした。
――むにゅんッ!
手のひらからはみ出すほどの肉が、気持ちよく弾む。
さらに谷間が柔らかそうにひしゃげて、物凄くエッチだ。
「あん、何するのよ!」
「いいじゃないか、少しぐらい見せつけても。どうせ、ウィード君は一生君みたいな美しい女性とは縁がないだろうからね」
「それもそうね。こんな無能なやつ、付き合ってくれるのはどこぞの安娼婦ぐらいだろうし」
笑いながら、さらに見せつけてくる二人。
周りに人が居ないのをいいことに、やりたい放題だ。
流石の俺も頭に血が上ってくる。
今までもさんざん馬鹿にされてきたが、ここまで腹が立つのは久しぶりだ。
握った拳が震えてくる。
「失礼なッ!! 俺にはアイスなんぞより、よっぽど美人で巨乳で性格も良い女がいるさ!」
「ははは! ほんとかい? 君、でたらめもほどほどにしておかないと余計惨めだぞ?」
「そうよ、そんな女があんたに居るなら土下座して謝ったっていいわ!」
ますます俺のことを馬鹿にして、思い切り高笑いをする二人。
するとここで――
「主様、遅れてすみませぬ! いやあ、装置が壊れて別室で作業をすることになりましてな。時間がかかりました!」
事態をまるで分っていないシルフィが、呑気な顔でやってきたのだった。