第四話 契約!
「えーっと……まずは自己紹介からだな。俺はウィード、あんたの名前は?」
ベッドに腰を下ろように促しながら、尋ねる。
すると女は、もったいぶるようにコホンと咳払いをした。
「我が名はシルフィーナ・ウル・アルザード・ネムシス・ロム・トゥリア……」
「ちょっとちょっと!」
「……何でしょうか?」
「いくらなんでも、長くないか?」
「我がドラゴン族は先祖の名を全て受け継ぐのが慣例ですので。まだまだありますぞ」
誇らしげに胸を張る女。
お家自慢は分かるけど、それじゃ覚えきれないだろ。
「あだ名とかはないのか?」
「それでしたら、もっぱらシルフィと呼ばれております。本名は長いですから」
「何だよ、自覚してたのかよ……! だったら、最初からそっちを言ってくれ」
「命の恩人を相手に、最初から通称で名乗るのは無礼かと思いまして」
「恩人ねえ……」
何度も言うが、この女ことシルフィはとびっきりの美女である。
だから命の恩人なんて御大層なことを言われても、悪い気はしない。
でも、なんだか不思議な気分だ。
昼間の魔物が、どこをどうしたらこんな美女に化けられるんだか。
まったくもって、不思議でしょうがない。
「……くどいようだが、君はほんとに昼間の魔物――というか、ドラゴンなのか?」
「もちろん、本当です。何度言われてもそこは変わりませんぞ」
「うーん……まあ、そこばっかり聞いても話は進まないか。それで、ドラゴンの君がどうして俺のところへ来たんだ?」
「昼間申し上げたではありませんか、必ず恩は返すと! つまり、恩返しのためでございます」
「そういえば、そんなようなこと聞いた覚えがあるな。で、恩返しって何してくれるんだ? もしかして、その……お金?」
「それがですな」
急に、顔色が悪くなるシルフィ。
彼女は床の上で正座をすると、居住まいを正してこちらを見上げる。
その瞳は潤み、深い罪悪感を帯びていた。
「本来なら、山にため込んでいた財宝をここで差し上げるはずだったのです。ですが、戻ってみようにもここがどこだかよくわからなくてですな……」
「分からない? 自分で来たんじゃないのか?」
「その辺の記憶がどうにもあいまいで……。気が付いたら、あの森に居ました」
「それってつまりさ、君は記憶喪失か何かってこと?」
「おそらくは。ここ最近の記憶が、すっかり飛んでしまっているようです……」
「なるほど。そりゃ厄介だな。ちなみに、出身はどのあたり?」
「えっと、アンダーフィールドの奥地です。人間にはほとんど知られていない場所ですな」
「ぶッ!」
この世界を形作る無数の浮島。
それらは浮いている高さによって、三つの階層に分類される。
最も高い階層がアッパーフィールド。
中間の階層がミドルフィールド。
そして最も低く、世界の底と呼ばれる大瘴空のほど近くに浮いているのがアンダーフィールドである。
凶悪な魔獣が山ほど生息していて、さらに環境も過酷という人外魔境の地だ。
ごくまれにここから這い上がってきた魔物が騒ぎを起こすけど……シルフィもその類だったとは。
まあ、ドラゴンの時点で何でもありだろうけどさ。
「それはまた、ずいぶんと遠くだな……! ここ、ミドルフィールドでもかなり高い島だぜ?」
「そのようですな。なので、今の私にはこの身体しかございませぬ。どうでしょう、この際この身体で支払うと言うのは?」
「か、身体……!?」
「はい! これでもドラゴン族ゆえ、それなりにはお役に立てるでしょう。私としてもウィード様のような方にお仕え出来るなら本望ですぞ!」
そう言いながら、距離を詰めてくるシルフィ。
柔らかな胸のふくらみが、腕に当たる。
う、気持ちいい……ッ!
予想をはるかに超えた重量感に、心臓が弾む。
なんという質量兵器!!
これを好きに出来るなら、金貨十枚ぐらい大したことないかも……!
「な、なあ!」
「何でしょう?」
「お仕えってさ、従者になるってこと?」
「そうです!」
「その、主になったら……その手のエッチなこととかも、してもらえたりする……の?」
顔を真っ赤にしながら、小声で尋ねる。
恥ずかしいけど、ここは大事だからな。
すぐにしてと言うつもりはないけど、そのうちお願いしたいし。
こんな美女を従者にするなら……男としてはね?
「身体的な奉仕のことですか? もちろん、ご希望なら今からお相手しましょうか?」
「さ、流石に今からはいいよ、うん……!」
「そうですかな? かなり興奮されているように見えますぞ?」
「そんなとこ見なくていいからッ!!」
気真面目そうな顔して、いきなり何ってことを言うんだッ!!
俺は顔を真っ赤にすると、すぐさま大事なところをガードする。
ああ、恥ずかしい!
穴があったら入ってしまいたいくらいだ。
「……そんなに動揺されずとも、話を承諾いただければ私はウィード様のものになるのですから。思うままになされば良いですのに」
「う、うるさいなあ! そういうのには順序とかがあるんだよ!」
「はあ、左様でございますか。ウィード様がそうおっしゃられるのであれば、私は従うのみですが……」
「もうちょっと仲良くなったらな、ぜひな。ぜひ!」
最後に「ぜひ」と強調してしまうのが、哀しいかな男の性か。
だって仕方がない、すっごい美人だもの。
俺がもし臆病なボーイじゃなかったら、今この場で押し倒してるに違いない。
「……この距離感はおいおい詰めていくとして。では、了承を頂けたということで契約をいたしましょうか」
「契約? まさか……」
何とはなしに嫌な予感がして、思わず身構える。
今まで契約書にハンコを押して、良い目にあった試しがない。
「何を考えておられるのですか? 大丈夫です、契約と言っても唇をかわすだけですので」
「唇!?」
「はい。関係を結ぶのに一番手っ取り早い方法です」
「う、うーむ……! 契約はしたいんだけど……」
「もしや、私とでは嫌なのですか?」
「そ、そんなことはない!」
「では――!」
予想だにしないほど強い力で、ベッドへと押し倒された。
直後、唇に熱くて柔らかいものが触れる。
お、俺……キスしてるッ!
それも、唇と唇を重ねる奴だッ!!
体温が上がり、息が止まってしまいそうになった。
一瞬か、永遠か。
ぼんやりとしてしまって、時間の感覚すらあやふやになる。
頭の中がとろけるとは、まさにこのことだろう。
やがて、ゆっくりとシルフィの唇が離れた。
唾が微かに糸を引いたのが、何とも色っぽい。
そんな彼女は呆然としている俺に、実にいい笑顔で告げる。
「ふう。これで契約完了ですぞ!」
「こ、これでねえ……。変わった感じがあんまりないけど」
「印が刻まれました。見てください!」
露出された白い腕。
そこにはくっきりと、竜を模した印が刻まれていた。
そのちょうど首に当たる部分に鎖が巻き付いているのは、従属していることを分かりやすく示すためのデザインだろうか。
どうやらシルフィは、ホントに俺のものになったらしい。
刻印のこの上なく分かりやすいデザインに、それまで漠然としていた感覚が急に現実感を増す。
「……ガチなんだな」
「もしかして、信じておられなかったのですか?」
「いや、いきなりあんなこと言われても実感が無くてさ。でも、これを見ると……うん」
「ウィード様の腕にも、印が刻まれているはずです。私のものとは意匠が異なるはずですが」
「どれどれ」
上着を脱いで腕を見ると、そこにはシルフィのものとほぼ同じ印が刻まれていた。
ただし、俺の印には鎖が描かれていない。
主従の主側であることが、こちらも実に分かりやすく示されている。
「あったな、間違いない」
「では……不束者ではございますがよろしくお願いします! 主様!」
その場で居住まいを正すと、三つ指をついて頭を下げるシルフィ。
こうして俺は、自称ドラゴンを手に入れたのだった――。
ドラゴンさんをゲットしました!
いよいよここからが本番です!