第二十一話 クラゲ種
「元開拓者って……ランクはいくつだったん?」
「俺はCだけど、シルフィはAランクかな」
本当のランクを言っても不安に思われるだけなので、思い切ってフカす。
実力で考えれば、Sランクも余裕のシルフィなんだからまあ問題はないだろう。
さすがに言いふらされたりするとヤバいけど、そこはエフェットを信用してのことだ。
「Aランク!?」
エフェットの顔が引きつり、頬がヒクヒクッと震えた。
Aランクと言えば、滅多にいない実力者。
辺境に行けば英雄扱いされるクラスである。
メルカ島ではそんなことないだろうが、それでもそうそう居るものではない。
「ほんまか?」
「いや、私は主様よりも――」
「ほんとほんと!」
シルフィがいきなり本当のことを口にしそうになったので、慌てて遮る。
そして彼女の口を手で押えたまま、部屋の端へと移動した。
「おいおい、空気読んでくれよ」
「しかし……!」
「大丈夫だって。シルフィの実力ならSランクでも行けるぐらいなんだから」
「そうではありませぬ。私が主様よりも高ランクと言うのがいけません!」
そこが気になってたのかよ!
俺を立ててくれるのはうれしいけど、やっぱり感覚が人とは違うと言うかなんというか……。
「そこは大丈夫だから」
「いえいえ、従者として主様の上に立つわけには参りません」
「別に、ギルドランクだけが社会的なステータスじゃないぜ。それを言ったら、戦わないお偉いさんとかはみんな護衛の冒険者たちより下ってことになっちまうし」
「……言われてみれば!」
ポンッと手を叩くシルフィ。
何とか納得してもらえたようである。
「そういう訳だから、ばれないように頼むぜ」
「お任せください。Aランクと言えば、先日ギルドでたむろしていた連中ぐらいでしょう?」
「ああ、そうだ」
「むしろ、あの程度に抑えるのが大変なくらいですぞ」
肩を回しながら、強気に笑うシルフィ。
とりあえずはこれで大丈夫だな。
俺はほうっと息を吐くと、すぐにエフェットの方へと戻る。
「……何しとったん?」
「大したことじゃないさ。こいつが急に咳き込んだからさ、収まるまで離れてたんだ。こほんこほんとな」
「そんなふうには見えへんかったけどなあ……?」
「実際そうだったんだよ」
「……そう言うなら、ひとまずええわ。二人が元CランクとAランクなのは信じることにする!」
「よし! そうと決まれば、すぐに魔結晶を取ってくるよ!」
ドンッと胸を張る俺とシルフィ。
落ち込んでいたエフェットの顔が、みるみる明るくなる。
しかし、すぐにまた視線が下を向いてしまった。
「……アカン、やっぱダメやわ」
「どうして? 俺たち二人だけだって、魔結晶は持って来られる自信はあるぞ」
「それがやな。今、この島の近くに居るAランクの魔物って言うと……イナヅマクラゲしかおらへんのよ」
「クラゲって言うと……空魚類か」
空魚類と言うのは、陸地ではなく空に住まう魔物のことである。
鳥などとは違い、住処も空にあるのが特徴だ。
特殊な浮袋を持っていて、半永久的に飛行し続けることが可能とされている。
「せや。高速飛空艇がいるんやけど、持っとるん?」
「うーん、それはないな」
「それやったら無理やな。このあたりはエーテル風が強いから、クラゲもそれに乗ってかなりの高速で移動するんや」
「なるほど、だが大丈夫だ。我々にはちゃんとした足があるからな」
「もしかして、使役獣でもおるん?」
エフェットの問いかけに、二人してうなずく。
ドラゴンをタダの獣と言えるかどうかは微妙だが、主従関係なので使役と言ってもあながち間違いではない。
「さよか。よし、じゃあ任せたで! 二等級の魔結晶、頼んだわ!」
「ああ!」
「それで、報酬なんやけど…………これを納入してからで構わんやろか?」
「もちろん構わない。ただし、お願いがある」
「なんや?」
神妙な顔をするエフェットに、俺はゆっくりとした口調で語った――。
――○●○――
宵に紛れて、黒き翼が空を征く。
空は快晴、月は無い。
微かな星明かりの下、墨を塗りこめたような黒が広がっていた。
「シルフィ、何か見えるか?」
「いえ、まだ」
瞳を細め、首を高々と掲げるシルフィ。
動きが止まる。
羽ばたきの音だけが、天に響いた。
意識を集中させた彼女は、やがてある一点を見据える。
「エーテルの流れが偏っています! あちらに向かっていきますぞ!」
「よし、追いかけよう!」
「ええ、お任せを!」
再び、シルフィの身体が風を切る。
深い闇の中を進むその様子は、空を飛んでいるというよりも泳いでいるかのようだった。
ぐんぐん速度が上がる。
風圧がきつくなり、顔を上げていられないほどになった。
「見えました!」
「どこに!?」
「ずっと先です! 群れが居る!」
「本当か! それなら、魔結晶も取れるな!」
「はい! ……不味いッ!」
「わッ!」
いきなり、身を翻すシルフィ。
翼のすぐ脇を、青い稲妻が通り抜けて行った。
あれは、イナヅマクラゲの電撃か……?
しかし、それにしては威力がありすぎる。
第一、姿も見えないようなところから飛ばして届く技ではないはずだ。
「なんだありゃ!」
「クラゲですが、どうやら合体しているようですぞ!」
「合体!?」
「食料が少ないときに、共食いして大きくなることがあるのです!」
シルフィがそう言った途端、俺たちの脇をまたも稲妻が通り抜けたのだった――!




