第二十話 少女の夢
「地上に都市か……そりゃまた、凄い話だな」
聖典曰く――すべてのものは始まりの舟に乗り、彼方より現れた。
この彼方と言うのは、今では空の向こうにある宇宙空間だと解釈されている。
つまり、すべて生物は宇宙から船に乗ってこの空の大地に降り立ったというのが聖典の唱える世界観だ。
実際に、人々が舟から降り立ったとされる地もアッパーフィールドに存在する。
もし地上に文明があったとしたら、聖典の主張と完全に相反する発見だ。
人や生物がアッパーフィールドから広がったのなら、地上はまだ何もない未開の地でなければならないのだから。
「せやろ? だけど、この話を誰も信じてはくれへんかったんや。それどころか、聖典に反するほらを吹いとるってことでこのざまや」
「なるほどな、それでほら吹きエフェットか」
「ううむ、ひどい話だ。少し違うことを言っただけでそれか!」
「いや、聖典に逆らうのは結構ヤバいぜ? まあ、今時ここまでするところは珍しいけど」
教会が絶対的な権限を握っていた頃は、聖典に異を唱えたりしたらそれこそ火あぶりだった。
しかし、文明の発達に伴って聖典の権威もどんどんなくなってきている。
特に都会では、公然と神を信じないとする無神論者まで現れていた。
辺境の片田舎ならともかく、このメルカ島でここまで聖典の力が強いと言うのは少し意外だ。
「もともとはな、この島では聖典とかそんなに重要視されとらんかったんよ。住んでる人間に技師が多かったからね、どちらかっていうと実学主義的な気風のところだったんや。ところが五年前、ちょっと厄介な司教さんが赴任してきて……」
ぐったりとした様子で、ため息をこぼすエフェット。
彼女は肩を回してほぐすと、改めて話を続ける。
「この島の緩んだ気風を正すって、いろいろと面倒なことをやり始めたんよ。そのうちに、私の主張も問題視され始めてな。こうなってしまったわけや」
「そうだったのか……。でも、それならどうして主張を曲げなかったんだ? すぐに合わせてしまえば、ここまではされなかっただろうに」
「……父さんが最後に教えてくれたことやからね。そう簡単に違いましたなんて、言えるかいな」
エフェットは、噛みしめるような口調でそう言った。
父さんが最後に……か。
そういうことなら、思い入れも深いわけだ。
「私はな、いつか地上へ行くんや! それで、父さんの言ってたことの正しさを証明する。それが遺志を継ぐ私の義務であり、最大の夢なんよ!」
「……良い話じゃないか。準備とかは進んでるのか?」
「もちろん! 超深空用の耐圧スーツを作ったりとかな。他にもいろいろと――」
瞳を輝かせながら、楽しげに語るエフェット。
父の遺志を継ぐと言っていたが、彼女自身も結構な冒険好きのようだ。
決して義務感だけではなく、心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。
しかしここで――。
「……それは良いのだが、借金は大丈夫なのか? 先ほどの男達に、何やら脅されていたようだが」
「えほッ!?」
突然出てきた借金という言葉。
不意を突かれた格好となったエフェットは、たまらず咳き込んでしまう。
驚いてシルフィの方を見やると、彼女は自らの形の良い耳をくいくいっと摘まんだ。
まったく、とんだ地獄耳だ。
「……驚いたわあ、まさか聞かれとったとは」
「耳は良い方だからな」
「良いなんて次元やないと思うで! ……ま、それについては何とかなるわ。今仕上げとる飛空艇を納入すれば、全部返してお釣りがくるさかいに」
「……それなのだがな。材料が手に入らないように手を回すとかなんとか言っていたぞ。そなたには聞こえていなかったか?」
「なんやてッ!? ゼブル商会の連中め、とうとうそこまでッ!!」
エフェットは顔を真っ青にすると、慌てて席を立った。
ただならぬ様子に、俺とシルフィもすぐに後を追う。
奥へと向かった彼女は、そのまま扉を開けて隣の部屋へと移動した。
たちまち、ツンッとした匂いが鼻を突く。
どうやら隣は、建物の工房部分のようだ。
敷居をまたぐと、すぐに雑然とした部屋の様子が飛び込んでくる。
組み立て前の飛空艇のパーツが、台に置かれて大部分を占拠していた。
「ストックの資材で、外装部分は何とかなりそうやな。問題はエンジンか。仕上げの――ああッ!!!!」
ちょうど、部屋の中心に置かれていたエンジン。
鋼の塊とでも言うべきそれを熱心に覗き込んでいたエフェットが、突拍子もない大声を上げた。
彼女はそのまま頭を抱えて、床に崩れる。
ふらり。
揺らいだ肩を、すぐさま抱えてやる。
「あ、アカン……!」
「どうしたんだよ、しっかりしろ!!」
「エンジンの心臓――魔力増幅用の魔結晶をな、まだ入れてなかったのを忘れてたんや。本当なら明日にでも納入されるはずやったんやけど、連中が手を回したならそれは難しい。おしまいや……!」
「魔結晶って、あそこに入る奴か?」
エンジンの真ん中付近に、拳が入るぐらいの大きさのくぼみがあった。
それを指さして確認すると、エフェットはよろよろとした様子でうなずく。
「そうや、第二等級の魔結晶やね。かなり大きめやから、他での入手はほぼ無理や」
「ううむ、第二等級ねえ……。AかBってところか」
今では人工的に作ったものが主流だが、昔は魔結晶と言えば魔物から採取するものだった。
その場合、魔物のランクが高ければ高いほど等級の高い魔結晶が取れる。
第二等級ならだいたいAかBで、確実性を取るならAと言った感じだ。
「そういうことなら、俺たちで天然ものを取ってこようか?」
「えッ?」
「だから、天然ものを取ってくるって」
「それは無理やで! 天然で二等級って言ったら、最低でもBランクの魔物からしかでえへん! そんなの倒せるわけないやろッ!」
声を荒げるエフェット。
当然と言えば当然の反応だ、一般人にとってBランクのモンスターと言えば災害のようなものである。
でも、俺とシルフィは普通じゃない。
「安心して。これでも俺とシルフィは、元開拓者だから――」




