第十九話 地上
「こ、こんなに良いのか!?」
テーブルの上にズラリと並べられたご馳走。
肉料理にサラダ、スープ、魚料理……!
美味そうな匂いを漂わせるそれに、たまらずよだれを垂らしながらも尋ねる。
これらはすべて、エフェットが頼んだ出前だ。
高級料理ばかりではないが、テーブルを埋め尽くすほどの量である。
それなりに値が張ることだろう。
まして家に全く金がないと言っていた彼女にとっては、なおさらのはずだ。
「ええんよ。馴染みの店やから、ツケが利くんや」
「金が入る当てはあるのか?」
「お客さんは、そういうこと心配せんでええの! さ、たっぷり食べてや!」
さあさあと、料理を手で示すエフェット。
こうなっては、食べるより他はないな!
俺とシルフィは即座に視線を合わせると、互いに笑みを浮かべた。
朝からずっと、ゴタゴタが続いてしっかり食事できてなかったからな。
もう、二人とも腹ペコだ!
「そういうことなら、遠慮なく!」
「私も、いただきます!」
躊躇なくフォークを伸ばす。
まずはサラダから。
新鮮なレタスを突くと、シャリットした心地良い感触が返ってきた。
口に入れれば、たちまち心地よい苦みが舌を覆う。
素朴だが、爽やかで実にいい味だ。
「うめえ!」
「こちらの魚もいけますぞ!」
「この店の料理、なかなかいけるやろ? もっとどんどん食べてええで!」
「言われなくても!」
次々と料理を口に放り込んでは「んんー!」と気持ちよく唸る。
どれもこれも、イケる逸品ばかりだ。
どこの出前か良く知らないが、一度、店の方にも行ってみたいものだ。
「ごちそうさま!」
「良い馳走であった!」
「二人とも、なかなかいい喰いっぷりやね! 特にシルフィはん、細いのに凄いわあ」
食べ終わってみると、シルフィの方に俺のものより一回り以上は大きな皿の山が出来ていた。
ざっと見て、倍ぐらいは食べているようだ。
中身が巨大なドラゴンなので、ある意味当然と言えば当然である。
が、それを知らないとかなり意外なようで、エフェットの頬が若干だが引きつっていた。
「……あれ、エフェットはそれだけしか食べてないのか?」
ふとエフェットの手元を見やると、空の皿が二枚だけあった。
一皿がかなり少ない盛り付けになっていたので、かなりの小食ぶりである。
人によっては、もっと食えと怒りそうなぐらいだ。
「ああ、私はええんよ。食欲あんまりあれへんかったし、ここの出前は週に五回は食べてるから」
「五回って、自分で料理しないのか?」
「ははは、掃除とかは得意なんやけど料理だけはてんでダメでなあ。ほぼ外食やね。こんなことやから、浮いた話がないんやけども」
カラカラッと笑うエフェット。
へえ、なかなか意外だ。
結構な美少女だから、彼氏の一人や二人、料理が出来なくても居そうなものなのに。
そう言うことなら、俺にも可能性があったり――
「主様、何を考えておられるのです?」
「ははーん! 浮いた話がないって聞いて、ちょっと考えたんやろ?」
「や、そんなわけじゃ!」
「隠さんでもええって。ま、私と付き合うのはやめた方がええよ。何といっても、街の嫌われ――おっと!」
ここでいきなり、ダンダンダンッと乱暴にドアが叩かれた。
エフェットは話を切り上げると、早々に玄関へと向かう。
こうして開かれたドアの先には、厳つい男たちの姿があった。
全員、一癖も二癖もありそうな雰囲気である。
彼らは部屋の中に居る俺たちの存在に気づくと、意外そうな顔をする。
「ほう、これは驚きだ! ほら吹きエフェットの家に来客とは!」
「ほら吹き?」
聞きなれない言葉に、思わず聞き返す。
すると男はたちは、何とも厭味ったらしく笑った。
「知らなかったのか! この女はな、ほら吹きエフェットって言う街の嫌われ者なんだぜ! 関わるとろくなことにならねーから、さっさと出て行った方が良い!」
「そうよ、街の連中だって関わらないようにしてるんだからな! ま、技師としての腕だけはそれなりだからたまに商売はするけどよ」
「……ち、余計なことを!」
悔しげに舌打ちをするエフェット。
彼女は男の肩を掴むと、俺たちに見られないようにドアの向こうの少し離れた場所へと連れていく。
そしてしばらくしたところで、やたらと疲れた顔で家の中に戻ってきた。
その腕には、小さな擦り傷もできていた。
病み上がりだと言うのに、ひどいありさまだ。
俺は大急ぎで駆け寄り、その手を取る。
「大丈夫か!?」
「へーきへーき、このぐらいしょっちゅうやから。今日なんて、まだ優しいぐらいやで」
「そんな感じには見えないんだけどな。それより、ほら吹きってなんだ?」
「……せやね、やっぱ話しておかなアカンか」
椅子に腰を下ろしたエフェットは、重く肩を落とした。
彼女は俺たちの方を見やると、ぽつりぽつりと語り出す。
「まず私のことを話す前に父さんのことを少し話させてや。私の父さんって言うんは、優秀な技術者でなぁ。自分で開発した飛空艇で世界を駆け巡っておったんや。それがある日、ちょっとした事故に巻き込まれてな。墜落してしもうたんや」
「それはまた……災難だったな」
「もしや、それでお亡くなりに?」
「ちょっと違うで。父さんの飛空艇はな、何と大瘴空を抜けて地上に到達したんや!」
「地上ッ!?」
俺とシルフィの声が揃う。
地上と言えば、神話にのみ名を遺す伝説の場所だ。
大瘴空を抜けてさらに下へと向かった先にあると言われている、果てしない大地である。
しかし、そこへたどり着いたものは居ない。
過酷な環境とそこに生息する強大な魔物。
そして何より、空を潜れば潜るほど高まるエーテル圧に阻まれ、今日まで大瘴空深部の探査は全く進んでいないのだ。
ましてその先など、行けるはずもない。
「地上など行けるのか? エーテル圧でとても体が持たないだろう! ドラゴンでも不可能だ!」
「何でドラゴンが出てくるんか知らんけど、普通はな。でも、父さんの乗ってた飛空艇は、アンダーフィールドの深部探索を想定して特殊な耐圧機体になっとったんよ。それで、どうにか地上までは持ったんや。ま、向こうに居られたのはほんの三分程度だったみたいやけどな」
「三分って、お父さんはもしや飛空艇ごと……?」
「それは分からん。私は生きとるって今でも信じとるけど……恐らくは」
どこか達観したような口調で、エフェットは言った。
親子の距離感をうかがわせる発言だ。
もしかして、お父さんとは生前あまり上手く行っていなかったんだろうか?
俺がそんなことを考えていると、エフェットは気を取り直すように言う。
「問題は、父さんが最終的にどうなったかよりもその前の三分間や。そのわずかな間に、父さんは魔法伝信を私に飛ばしてきておってな。それによるとや、何と地上には――――巨大な都市があったんや!!」
エフェットはここぞとばかりに声を出し、拳を突き上げた。
俺とシルフィは、あまりの驚きでしばらく言葉を紡げなかった――。




