第十七話 謎の飛空艇
果てしなく広がる青空。
その中を、シルフィの黒い翼が滑るようにして飛んで行く。
背中の俺に気を使ってくれているのだろう。
揺れは少なく、驚くほど快適な空の旅だ。
最新の飛空艇だって、こうは行かないに違いない。
「主様、島が見えてきました!」
「どこ?」
「正面、ずーっと奥です!」
すぐさま目を凝らす。
すると彼女の言った通り、正面奥に芥子粒ほどの小さな黒い点が見えた。
言われてみなければ、とても島だとは分からないほどの大きさだ。
「この距離なら、あと五分ほどで着きますな」
「街から少し外れたところに行ってくれよ。見つかったら大変だ」
「分かっております。市街地から離れたところに岬がありますので、そこへ着陸しましょう」
「え、そんなとこまで見えてるのか!?」
「ドラゴンですから」
笑うシルフィ。
そう言われてしまうと、納得するより他はない。
「……ん?」
「どうかしたのか?」
「何やら、妙な音が聞こえませぬか? 嵐でもないのに、小さな雷でも鳴っているような……」
「言われてみれば」
耳を澄ますと、ポンポンポンと風音に混じって微かに変な音が聞こえた。
シルフィの言う通り、小さな雷でも発生しているかのようだ。
しかし、空は快晴。
雷雲など、視界のどこにも存在しない。
「近づいてきますぞ!」
「うーん、この音どこかで……。そうだ、エンジン音だ!」
「エンジン音? 飛空艇のでございますか?」
「そう! 前に一度、工房のおじさんに見せてもらったことがあるんだ。新型のパルスなんとかってやつ!」
そう言っている間にも、音は迫ってくる。
もしかして、俺たちの存在に気付いているのか?
すぐさま振り向いて周囲を確認すると、遥か頭上に紅く光る何かが見えた。
まだ距離があるけど間違いない、飛空艇だ!
「シルフィ、追いかけられてる!」
「何ですと!」
「捕まったら厄介だ。速度を上げて、一気に振り切って!」
「かしこまりました。しっかり捕まってくだされ!」
シルフィの上半身が、大きく持ち上げられる。
翼が風を孕み、帆のように張った。
一瞬、速度が消える。
そして――
「ぬおッ!」
空気で出来た壁に、頭から飛び込んだかのようだった。
衝撃の大きさに危うく背中から落ちそうになる。
眼を薄く開けば、小さかった島影が見る見るうちに大きく迫ってくる。
信じがたいほどの速度だ。
「む、まだ追いかけてきますな!」
わずかに振り向いたシルフィが、ムッと目を細める。
視線の先を見やれば、赤い飛空艇はこの速度にも何とか着いてきていた。
むしろ、少しずつ追いついてきている。
さっきまで赤い粒にしか見えなかったのに、今ではそれが三角形に近い形をしていると分かる。
「少し本気を出しますか!」
「待った、死ぬ!」
更に速度を上げようとしたシルフィを、慌てて制止する。
今でさえ、息を吸うのに苦労しているのだ。
もっと速度を上げられたりしたら、振り落とされるか窒息死する!
「速度は上げないでくれ!」
「ですが、このままですと追いつかれますぞ?」
「あの島を使って、上手く振りきれないかな? 高速型の飛空艇なら、旋回とかは苦手なはずだ!」
「分かりました、やって見ましょう!」
進路を島に向けるシルフィ。
彼女はそのまま、島の下の岩石地帯へと飛び込んだ。
宙に浮かぶ大地から、つららのように垂れ下がる巨大な岩。
その隙間を、翼を翻しながら次々と潜り抜けていく。
「まだ追ってくる!」
「なかなかしつこいですな!」
よほど腕の良いパイロットが乗っているらしい。
紅い飛空艇もシルフィと同様に、岩の間を潜り抜けて来た。
仕方なく、シルフィは島の下側を脱して島の上空へと移動する。
「こうなったら、やはりスピードで振り切るしかありませんぞ!」
「やむを得ないか……や、ちょっと待った!」
「どうなされました?」
「音がおかしいんだよ。……ああッ!」
俺たちを追いかけて来ていた飛空艇が、煙を吐いていた。
やがてその翼から、炎が激しく吹き出す。
俺たちを追いかけるために、エンジンに無理をさせ過ぎたらしい。
ダン、バンと爆発音がして機体がよろめく。
そしてそのまま、森の中へと落っこちて行ってしまった。
「墜落したぞ!」
「主様、どう為されますか?」
「助けに行くしかないだろ! シルフィ、この辺で下してくれ」
「分かりました!」
翼を畳み、木々の間へと降り立つシルフィ。
俺が背中を離れると、彼女はすぐさま人間形態へと戻った。
その様子は手慣れていて、龍が本体なのか人間が本体なのか分からなくなってしまいそうだ。
「こっちだ、急ごう!」
「はい!」
シルフィを引き連れて、墜落現場へと走る。
こうして森を進むこと十分ほど。
視界が開けて、紅い機体が目に飛び込んできた。
かなりの勢いで落ちたらしい。
三角の頂点に当たる部分が、地面に突き刺さってしまっている。
両翼のエンジンからは揃って煙が上がり、完全に故障してしまっていた。
「へえ、見たことないタイプの飛空艇だ。気嚢がない」
近づいてみると、飛空艇の機体は驚くほどスマートな形をしていた。
普通、飛空艇と言うのは浮力を得るためのガス袋――気嚢がある。
ここにアストラルガスを詰め込むことによって、飛空艇は空を飛ぶことができるのだ。
しかしこの船は、機体全体が翼のような形をしていて細かった。
これでは、ガスを詰め込んで置くためのスペースが全くない。
「おっと、いけない! 今はそれどころじゃなかった! シルフィ、こいつを地面から引っ張り出すのを手伝ってくれ!」
「はい! これで良いですか?」
「おわッ!」
翼を掴んだシルフィは、ひょいっと軽い調子で飛空艇を持ち上げてしまった。
まったく、相変わらずのパワーである。
彼女はそのままよっこいせっと、持ち上げたそれを穴の縁へと置く。
「サンキュ!」
俺はすぐさま機体に駆け寄り、その先端付近に位置するコックピットを見やった。
すると――
「女の子だ!」
ひび割れたガラスの向こうで、茶髪の女の子が目を回していた――。
更新が遅くなりました!
年度末でいろいろと立て込んでおりました、申し訳ないです。
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