第十三話 勧誘と宣言
「ブヒィッ!!」
聞き苦しい唸りと共に、棍棒が袈裟に振り下ろされる。
――右から左!
前は全く読むことの出来なかったその軌跡が、今は手に取るように分かる。
足を踏み込んでそれを避けると、入れ違いざまに剣を繰り出した。
脂肪のたっぷり詰まった腹を刃が切り裂き、血が噴き出す。
「フ、フギィ……!」
激痛のあまり、オークはくぐもった声しか出せないようだった。
刃を抜いてやると、そのまま膝を屈して地面に倒れ込む。
ふう……前はあんなに苦労してたオークが、こうもあっさり倒せるとは!
自分が自分でないみたいだ。
「主様、素晴らしいです!」
パチパチと拍手が聞こえる。
振り返れば、満面の笑みを浮かべたシルフィが居た。
そのほっそりとした背中には、俺が倒した個体のものよりも二回り以上は大きな豚頭がある。
身体に対してそれが大きすぎて、画として違和感があるぐらいだ。
「もうキングを倒して来たのか! 相変わらずだな」
「これぐらい大したことありませぬ。まあ、巣の中が臭かったのには閉口しましたが」
「ま、ウツボを倒せるやつからしてみればBランクも大したことないか……」
相棒の規格外ぶりに、改めて苦笑する。
テイオウウツボの襲来から一週間。
俺とシルフィは、森に発生したオークの巣の討伐に来ていた。
毎年この季節になると必ず発生する、迷惑ながらも風物詩のようなクエストである。
去年はランク不足で受注できなかったのだけど、ウツボ討伐の功績でランクが上がったので引き受けられるようになった。
今では俺がCランクで、シルフィがDランクである。
本来なら、シルフィはSランクになってもおかしくはない。
ウツボ討伐の功績は、それぐらいに大きかった。
しかし、ギルドへの在籍期間があまりにも短かったため規定で今回の昇格は無しとなっている。
代わりにウツボ素材の買取価格に大きく色を付けてもらうことで落ち着いた。
もっともあまりに高額のため、ギルドでもすぐには金の用意が出来ず、支払いはまだなのだけれども。
ちなみに、地図もまだ取り戻してはいない。
アイスの被害者がたくさん名乗り出たので、彼女の財産を公平に分配するために個人での家捜しはダメとかどうとか。
家捜しはギルドの職員が代行して、地図が見つかればウツボの報酬と一緒に受け取る手はずとなっている。
「さて、キングも倒したことだし帰るか」
「はい!」
「しっかし、これでまたさらに勧誘がひどくなるぞ。お前の人気は凄いからな」
ウツボを倒してからというもの、シルフィの人気は凄まじかった。
ひとたびギルドにはいれば、出待ちをしていたパーティーがすぐに勧誘の列をなすほどである。
強さと美しさを恐ろしく高い水準で兼ね備えているのだから、当然と言えば当然なのだけど……。
いちいち断るのが大変過ぎて、うんざりしてしまう。
「そういう主様だって、それなりに人気ではありませんか。昨日、女性パーティーに誘われてにやけていたのは知ってますぞ?」
そう言うと、悪戯っぽく笑うシルフィ。
げ、見られてたのか。
あの時はかなりだらしない顔してた自覚があるから、これはちょっと恥ずかしいな……!
「あ、あれは! お前を入れるついでとして俺も誘ってただけだろう……」
「いやいや、そんなことはないと思いますぞ。英雄の孫がとうとう実力を出し始めたと、もっぱらの評判ですからな」
「おいおい、そんなわけあるかっつーの」
「まあ、主様の成長ぶりは凄まじいですからな。もともとあった実力を少しずつ出していると考えられても、不思議ではないと思いますぞ」
「……それは、確かにな」
最近の俺の成長ぶりは、自分でもちょっと異常に思うぐらいだ。
なにせ、万年Fランクだった人間が一週間そこそこでDランクのオークを倒せるようになったのだから。
あの石に触れて変な知覚を得てからというもの、成長速度が明らかに飛躍している。
その速さと来たら、これまでの停滞を一気に取り戻そうとしているかのようだった。
「あの石、ホントに何だったんだろ。調べないうちにギルマスへ提出したから、詳細は分からずじまいだったけど」
「そうですな。もしかしたら、主様にゆかりのある物だったのかもしれません」
「あんな石、俺は見たことないんだけどなぁ」
精一杯頭をひねってみるものの、やはり石について思い出すことはない。
あの石、俺にしか反応しないようなのだけど……さっぱりだ。
もしかしたら、爺さんとかにゆかりがある物なのかも。
でも、一言たりともそんな話は聞いた覚えがないし。
こうしてあれこれと思案を巡らせているうちに、俺とシルフィはギルドの前まで戻ってきた。
「待ってましたよ!」
「え?」
二人そろってギルドのドアを押し開くと、すぐさま見知らぬ男から声を掛けられた。
見たところ、かなり高ランクの開拓者である。
装備の質がそこらでたむろしている連中とは明らかに違っていた。
鎧の沈んだ銀色は、明らかにオリハルコンのものだ。
「……どちらさまですか?」
「私は白の月のオーソンです。お見知りおきを」
「白の月だって!?」
白の月と言えば、この街で最強と言われるパーティーである。
七名の開拓者から構成されていて、いずれもAランクの強者。
近いうちに、パーティーとしてSランクへ昇格するのではないかとも噂されている。
Fランクの最底辺をはいつくばっていた俺とは、まさに住む世界が違う開拓者たちだ。
「……有名な連中なのですか?」
「そんなもんじゃない。町一番の開拓者たちだ」
「ほう」
感心したようにうなずくシルフィ。
そうしているうちに、オーソンの手招きに応じてさらに六人の開拓者が姿を現した。
白の月のメンツが、これで勢ぞろいというわけだ。
いずれも滅多にお目にかかれないような装備を身に着けていて、貫禄を漂わせている。
「初めまして。俺がリーダーのラングバルトだ」
六人の中でも一番年嵩の男が、そう言って手を差し出して来た。
これが、ギルド最強と言われる開拓者か……!
まさか彼直々に声掛けされるような日が来ようとは。
俺は汗でぬれた手をハンカチで拭くと、頭を下げながら握手をする。
緊張のあまり、手の関節はガチガチに固まっていた。
一方シルフィは、流石と言うべきかいつもと同じ自然体だ。
「よし。早速だが、本題に入ろう。君たちの前に現れたのは他でもない。君たち二人を、我が白の月に迎えたいんだ」
「俺もですか!?」
「もちろん」
「おおおッ!!」
パーティーにずっと入れてもらえなかった俺がッ!
万年Fランクと言われ、馬鹿にされ続けてきた俺がッ!
まさか、白の月から勧誘を受ける日が来るなんてッ!!
シルフィのついでっぽいとはいえ、まさに感涙ものだ。
今までの日々を思い出すと、胸に熱くこみ上げてくるものがある。
「良いんですか、本当に!」
「ああ、歓迎しよう」
「入ります! 入らせてくださいッ! シルフィも良いよね?」
「主様の言うことであれば、異存ありませぬ」
「決まりだな。よし、これでこの街に怖いものは無くなった!」
「……この街に?」
何とはなしに、聞き返してしまう。
さりげないフレーズだったが、小骨が引っかかるように少し気になったのだ。
すると――
「そうだ。最近、君たちが急に台頭してきて最強の座が危うくなっていたからな。でもこれで一安心ってわけだ」
「青銀とかに取られたら大変でしたよ、いやほんと」
「最近は新入りもどんどん増えてるから、これでもいろいろ大変なんだよね」
ほっとしたような顔をして、口々に語り出す七人。
……何だ、これが本当に俺の憧れていた白の月なのか?
呆気にとられた俺は、すぐさま疑問をぶつける。
「ラングバルトさん、ちょっといいですか?」
「何だい?」
「白の月のみなさんって、他の街に出かけたりはしないんですか? 話を聞いてると、この街限定で活動してるみたいですけど」
「そうだが、何でまたそんなことを聞く?」
驚いたような顔をして、疑問を疑問で返してくるラングバルトさん。
彼に同調して、何人かのメンバーがうなずいた。
いやいや、そんなことって……!
「開拓者って、ある程度強くなったら旅立つものでしょう? やがては仲間と一緒にアンダーフィールドに下って、未知の島を捜して――」
「……なに言ってんだ。そんなの、バカのやることだぜ」
恐ろしく冷えた声だった。
ラングバルトさんはふうっとため息をつくと、呆れたような口調で語り出す。
「未知の島にたどり着けるのなんて、ごく限られたパーティーだけだ。開拓者パーティーが千個あったら、そのうちの一つが行けるかどうかってところだろうぜ。そんな無謀なことを目指すより、レベルの低い街で最強を張って上位クエストを独占する方が遥かに美味いのさ。実はこの街にも、たんまり稼げるクエストがいくつかあって――」
「聞きたくないッ!」
限界に達した俺は、思いっ切り声を張り上げてそう言った。
ジインッと空気が震え、にわかに沈黙が場を満たす。
やがて高まる緊張感が限界に達したところで、唇を開く。
「……さっきの話は、無かったことにさせてもらうよ。俺はあんたたちとは違う。今はまだ弱いし仲間だってシルフィしか居ないけど、本気で未知の土地を求めているんだ! この空の果てにッ!!」
いよいよ第二章の始まりです!
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