第九話 奴隷生活の始まり
「うーん」
俺は戸惑っていた。
これはどういうことなんだろうか?
自分の手の中にあるものをじっと見つめる。
手の平に収まるほど小さくて薄い布だ。
顔をじっと近づけて匂いを嗅いでみる。
「なんでだろ?」
洗う手を止めて自分の股間に視線を落とす。
さらに手をズボンの中に突っ込んで触れてみる。
「あれ〜?」
再び手に持つ布に目を向ける。
これはただの布キレではない。
俺が手に持つのはうら若き乙女の下着だ。
持ち主は性格に大きな難があるが、容姿は大変美しい。
間違いなく美少女と言える。
なのに……なのに何で!? 俺は興奮しない!?
「はっ!? 子供だからか?」
いやいや、どっちが? 見た目はまだ中校生くらいのルカ達。まだ10歳くらいの俺。
どっちも子供といえる。しかも俺は精神年齢が30歳でロリコンじゃないのだから興奮しないのも仕方がないのかもしれない。
下着を空高くかざしてみる。
下着と言っても俺がいた世界のようにデザインに凝ってるわけじゃない。
セクシーさはあまり感じられない。
なにせ布をふんどしみたく切り取っただけだ。
「このパンツがダサいってこともあるかもな! ぐはっ!」
後頭部に衝撃が走って前のめりに倒れる。
「あんた、今なんつった?」
「ル、ルカ様!?」
振り返るとそこには憤怒の形相のルカがいた。
「ち、違うんです! ルカ様が身に付けているパンツががあまりにも輝いてて見とれていたんです!」
「あ!? ダサいとか言ってただろうが!」
「空耳です! 俺がルカ様にそんなこと言うわけないじゃないですか!?」
「そうかぁ? だったら、早く洗濯物干して食事の用意しな!」
「は、はい! ただいま!」
揉み手をしながら媚びた笑みを浮かべると、ルカは舌打ちしながらテントに戻っていく。
「ふぅ〜危ない危ない」
ズキズキする頭をさする。何せ力が違いすぎるのだ。気分を害してどつかれただけで死んでもおかしくない。気をつけなければいけない。なにせご主人様達はすぐ頭に血が上る。
そう。俺は今、ルカ達四人の奴隷をやっている。
ルカに命乞いをしてからというもの、身近で世話する役割を仰せつかった。
青魔族の子供の中から俺が選ばれたのにはわけがある。
あの後、ルカは何を思ったのか「骨がある奴がいい」と言い出し、他の子供を全員ぶちのめした。
もちろん、加減した上でだが全員ノックアウト。一発KO。
見た感じ、ダメージよりも恐怖で立ち上がれないようだった。
「こんなんじゃ役にたたない」とルカはご立腹で、この集落での徴兵はあきらめた。
とはいっても、兵士はどうしても必要とのことらしく、この集落に拠点を置いて近隣の他の集落で徴兵をするとのこと。
この集落にいる間の身の回りの世話は、兵士1号の俺の役目というわけだ。
最初は俺も他の集落についていくのかと思っていたんだが、ルカ達は自分達の移動手段に俺を乗せたくないと言ったので留守番を仰せつかった。
銀色の羽を持った爬虫類に近い生き物に乗って、ルカ達はここまでやってきたらしい。
ぶっちゃけ、ドラゴンだ。ゲームなんかの知識しかなかった俺だけど、定着したイメージ通りの姿に疑う余地が無い。5メートルほどの体格とそこまで大きくないことと、大人しくてルカ達に飼い慣らされている点が違うだけだ。
ルカ達がよその集落に行っている間は母親の看病をする。
この世界の母親は俺の命乞いをした日から寝込んでいた。
どうもルカへの恐怖に押し潰されてしまったと見える。
食事もほとんど喉を通らないし、言葉も発する気力が無い。
体は日に日にやせ細り、未だに抜けた髪の毛も生えてこない。
一日の大半を寝ていて、目が覚めても意識ははっきりしていない。
ただ俺と目が合うと、ホッとしたように微笑む。
俺が間違っていた。俺がいた世界の動物だって自分の子供をちゃんと愛していた。
俺がこの女性を母親と思えなくても、彼女にとって俺は間違いなく自分の子なんだ。
ちゃんと回復するのか不安だ。
この集落には医者もいないし、こんな時に飲ませる薬も見当たらなかった。
ルカ達にそれとなく聞いても、「青い奴らのこと知るわけないじゃん」と素っ気ない。
ご主人様はツンツンしている。少しくらいデレてくれた方が可愛いのに。
「シアン、オカアサン、ナオッタカ?」
その代わりというか、集落では子供から大人まで俺に母親のことを聞いてくる。「あまり良くない」と答えると、悲しそうな顔をしてキスイの実などを見舞いの品として渡してくれる。感情表現ができなくて周りに無関心な種族だと思っていたので驚いた。
いや、転生した当初から彼らに興味を抱かなかった俺が何も見えていなかったんだ。
前の世界でもそうだ。
外見や言動だけですぐに自分とは合わないと判断して距離を置いてきた。
本当は羨ましいと思うこともたくさんあったのに、相手を見下すことで心のバランスをとったんだ。
認識を改めると、これまでとは青魔族の見え方が変わってくる。
やっと本質を捉えることができる。
これからはちゃんと現実を見よう。
現実と向き合ったうえで、自分が目標とする場所を目指す。
ちゃんと自分の足で歩くんだ。できるはずだ。しなきゃいけない。
多くの人が当たり前のようにやってきたことなんだから。
光を助けるのを諦めたわけじゃない。
ただ、自動的に彼女を助けるためのルートは用意されていない。
本気で助けたいなら手段を得なきゃいけない。
それに、命を助けてくれたルカに十分尽くし、母親が回復するまでは、さすがに飛んでいけない。
***
「毎日毎日これしかないわけ?」
昼食を前にルカは不機嫌な声をあげた。
「あんた達ってろくなもん食べてないんだね」
オミナが部屋の片隅に突っ立っている俺に冷めた視線を向ける。
彼女達の前には、肉、昆虫、木の実が皿に並べられていた。
ここでのおきまりの食事だが、毎日食べられない肉を提供しているのだから精一杯のおもてなしだと思う。
「まーここは何も無いところですからね! これが限界なんですよ。味はイマイチかと思うんですが滞在中だけ我慢してください」
「別に味はどうでもいいの!」
オミナがため息をつく。全然分かってないと言わんばかりに肩を竦める。
「うちらは赤魔族なんだから! あんた達とは比べものにならないぐらいエネルギーが必要なの! こんな薄いのばかりじゃ困る!」
「はぁ、でもこれだけしかないんですよー」
栄養素が足りないと駄々をこねられても、無い袖は振れないのだ。
「ルカ、オミナ、仕方ないよ。あたし達の住んでる場所とは違うんだから。我慢して食べよう」
カーリーの一言で、機嫌が悪いルカもまだ不服そうだったオミナも、しぶしぶ皿に手を伸ばした。このカーリーって奴がこの中じゃ一番大人だな。あのルカも一目置いてるようだ。
「何さ? 人の顔をジロジロ見て」
カーリーがギロッと睨んできた。
「あ! いや、皆さんおいくつなのかな〜と思いまして……」
「はぁ? まぁいいか。あんたは見た感じ生まれて半年たってないね? あたしとルカは一年半くらい。妹のナナとオミナも一年過ぎてる」
「そうなんですか。カーリー様だけ一際大きいですよね。体の成長って何歳まで続くんですか?」
「あたいだってすぐ追いつくよ!」
「だいたい一年半くらいで成長は終わる。寿命の終わりが近づくと少し体が老け込むけどね。あたしはリーゼ族で体格に恵まれてるから他より大きいんだ」
対抗意識を燃やすルカを意に介さず、カーリーが答えてくれた。
なるほど。この村の四、五年目の大人を見るに、外見が15〜18歳くらいが青年期で、そこから20代前半が壮年期なのかもしれない。
それにしても成長が早いし老けないんだな。寿命は短いけど。これが魔族か。
「にしても、どこもかしこもろくな奴いないよね!」
干し肉を数切れまとめて頬張りながらルカがあぐらをかく。
ルカがこの集落にやって来てから二週間近く経つが、近隣の集落での子供の徴兵は上手くいっていない。骨のある奴がいないらしい。
「さすがにルカ様に殴られて起き上がってきたら合格ってのは厳しすぎませんか?」
「ああ!?」
ルカが凄んできた。いくらなんでもヤンキー過ぎるだろ。凄まれる度に恐くて落ち着かない。ルカはムスッとした表情で俺をジロジロ見てくる。食後の運動とかいって殴らないでくれよな。
「あんたさ〜マジであたい達が恐くないの?」
「え? 恐いに決まってますよ」
いきなりなんだ? また気に障るようなことをしたのか?
「あ? ひょっとして発言しているのがダメですか? すみません! でも決して忠誠心が無いわけじゃないんです。むしろあるからこそ、ルカ様の兵士集めが上手くいくようにと思って口を挟んでしまったのです。でも黙れって言うならーー」
「あーいい。いい。別に怒ってないから。ただ、あたいが知ってる青い奴らっぽくないってこと」
「そ、そうなんですか? どの辺が?」
「え〜? どの辺かな? カーリー?」
「まず青魔族はお前みたいにベラベラしゃべれないね。知能が高くないし、感情が発達してないし、体が強くないから行動範囲も広くない。当然、あんたみたいに武器を考えて作ることもできない。そして、これが一番なんだけど、あたし達赤魔族のような上級種を前にしたら怯えるもんなんだ」
カーリーの言葉に集落の人を思い浮かべる。
青魔族は一日の半分くらいは休んでいる。
笑ったり泣いたりすることもほとんどない。
大人も子供もルーティーンのように決められた行動を繰り返す。娯楽や仲間との談笑とは無縁だ。
「あんたって、欠陥があるわけじゃないなら突然変異なのかも。ということは、うちら赤魔族に近いわけ? むかつく!」
オミナの投げたキスイの実が額に当たった。痛い。
俺がイレギュラーなのは間違いなく転生者だからだろう。
だからといって、肉体の強さは青魔族と変わらない。
果たして成長の余地はあるんだろうか? さすがにもう少し強くならなきゃ困る。
ま、強くなれないなら強い奴を引き入れる方法をとる。
自分を特別だと思っている限り、気づけなかったやり方だ。
目の前にはルカを始め、四人も強い赤魔族がいる。しかも美少女。
彼女達は人間と戦うらしいし、彼女達に付いていけば光のいるセベ帝国まで辿り着けるはずだ。
現状、これしか手段はないだろう!
こうなったら、とことん尽くすぞ。
そうだよ! 彼女達の信頼を勝ち得て、やがて恋にまで昇華できればしめたものだ。一流ホストは上手に色恋を使って客を掴んで離さないという。
俺は目指すぞ! ハーレムを!
「じゃ、もうこの辺りは全部回ったし、明日から移動するから。あんたも準備しときな」
「へ?」
「さすがにあたい達の住処に帰らなきゃいけないんだよ! もうそろそろ人間の世界に攻め込む時期だからね」
「俺も付いてくんですか?」
「そうだよ!」
願ったり叶ったりだ。ただ、母親が気になった。まだ回復していない。それどころか日に日に悪くなってる気がする。父親がいるとはいっても、置いていくのは不義理な気がする。でも、さすがにもうちょっと待ってくださいとは言えないか。
「おーし、食った食った!」
「ルカ、水浴びしてきていい?」
「お、いいな。あたしもしたい。ナナはどうする?」
「わ、わたしもしたいかも……」
「じゃあ全員で行くかー。シアン、着替えとタオルを後から持ってきて」
「はい、分かりました!」
テントを出る前にルカが振り返る。
「覗いたら許さないからな!」
「もちろんです!」
バーカ! 誰が覗くかよ。お前達みたいなガキの裸に興味ないっつーの!
あ、でも裸を見て興奮するか試してみたい気もする。さすがに命には代えられないからしないけど。
食事の片付けを終えて、着替えとタオルを持ってすぐに後を追いかける。
川は集落を出なきゃ行けない。あいつらが川に入る前に追いついて渡さなきゃ。
「シアン!」
父親に呼び止められた。
「カアサンガ!」
初めて見る父親の悲壮な顔に俺は言葉を失った。
母親がいよいよ危ない!?
おちおちハーレムを目指している場合じゃ無い!
次回、いよいよ一章完結!