第八話 特別でないならどうしろと!?
ずっと自分は特別だと思い込んできた。
特別な存在に憧れてきたと言った方が正しいか。
昔から勉強はできなかったけど、学校の図書室で読んだ漫画をきっかけに歴史が好きになって歴史だけは成績は良かった。
歴史の有名な人物達はまるで天に選ばれたかのように多くの偉業をなし、眩しいほどの人生の輝きを残した。
俺もこうなりたい。
俺ももしかしたら選ばれている人物かも知れない。
勉強も運動もたいしてできないけど、自分でも知らない特別な何かが潜んでいる。
中学生になった頃から、そんな考えが俺の大部分を占めるようになった。
俗に言う中二病。
ある日、知らない世界から迎えが来て、自分が救世主として活躍する。
憧れの物語だ。
中学・高校・大学と進んで、勉強に部活や恋人と学校生活を満喫するリア充と呼ばれる者達、二次元の漫画やアニメが大好きでそればかり話しているオタク達、二つの中間くらいの立ち位置であまり目立たない者達……そのどれでもないのだと彼らを蔑むことで自分は特別だと思い続けた。
人とのコミュニケーションも避け、勉強や部活は本気出すのがカッコ悪いと背を向け、周りにどんな風に見られ、陰口を叩かれたとしても、こいつら分かってないと気にしなかった。気持ちが荒れるような時はふて寝した。寝て起きたら良いことがあるかも知れないなんて思って。いつか自分が活躍する時が来ると待ち続けた。
何にも本気にならず、努力もせず、現実も見なかった。
嫌でも現実を見なきゃならない就職活動は、早々に中断した。
それが俺という人間だ。
こんな俺の友達になる奴も、好きになってくれる女もずっといなかった。
俺は特別じゃない。
諦めかけた頃、何度も自殺を考えて、けど恐くてできなくて、大丈夫! 特別なことは起きるとその度に自分に言い聞かせて……俺は初めて自分を慕ってくれた光に出会ったんだ。
あんなことがあったから、光は俺に恋愛感情を抱いたわけじゃない、と周りは言うけれど、俺は今でも光と一緒にいられた時間は特別なものだったと思っている。
光が俺に抱いた感情を言葉で表せるほど冷静でも見抜けてもいないけど、特別な感情を抱いて貰ったと疑わない。
神様は誰にでも特別な伴侶を与えると信じていたから、目に見えない赤い糸を信じていた。
俺は光の特別だということが嬉しかった。
初めて得た特別という立場だったから。
特別を失った時は、何度も死のうと思った。
死ねなかった俺は、振り向いてくれない光を憎んだ時期もある。
それでも俺は彼女を好きで居続けた。
好きだからまだ関係は切れていないと信じた。
特別に縋ったんだ。
特別でありたい。
最初は驚いたけど異世界に転生したことで、自分が特別なんだと喜びが湧いた。
光を救うのは俺しかいない。
ああ、やっぱり俺と光は特別な縁がある。
俺は自分が特別だと感じられる。
そう思っていたのに、特別な俺は今殺されようとしている。
やっと主役になれる時がきたはずだったのに。
こんなところで死んでしまうのか?
「ナナ、最後の一押しだよ! ちゃんとやりな!」
カーリーの強い口調が聞こえてきた。
地面に両手をつく。体はまだ動く。顔を上げると、怯えた顔で俺を見下ろすナナがいた。
「わ、わたし……」
「おい! しっかりしろ!」
「ナナ、頑張って!」
まだ躊躇を見せるナナをルカとオミナも叱咤する。ナナは目をギュッと瞑り、下唇を噛みながら俺に手をかざす。
「あ……」
火の玉を思い浮かべて背筋が凍った。
約束が違うだろ。
叫びたかったのに喉がつっかえた。
体がガクガクと震え出す。
体はまだ動くのに、この状況を打開する手段が何もなくて諦めてしまっている。
頼む!
頼むよ!
俺に特別な力をくれ!
覚醒でも進化でも変化でも何でもいいからさ! 何とかしてくれよ!
「うぐっ……ご、ごめんなさい」
ナナが肩を震わせながら両手にエネルギーを発生させていく。
赤い。炎の玉。燃えているというよりもエネルギーを凝縮させたような感じ。
「い、嫌だ……」
こんな、こんな特別でも何でもない女の子に殺されるのか!?
ってことはさ、俺は特別じゃないの?
「嫌だ……」
視界が滲む。熱いものが止めどなく頬を流れていく。
嫌だよそんなの!
特別じゃ無いなんて!
特別じゃ無いって否定されたらさ、今までの俺は何をやってきたってなるじゃん。
俺もう30歳なんだよ?
特別なことが起こるのを待ってたから、何にも本気で打ち込まなかったんだ!
取り返しがもうつかないんだよ!
「嫌だ!」
今にも放たれようとする赤い火の玉に俺は叫んだ。
「ごめんなさい!」
だからといって、ナナは情けをかけてくれなかった。
「マ、マッテ!」
滲んだ視界に青い髪の女性が飛び込んでくる。
「わっ!」
ナナが驚いて手を上げた拍子に火の玉は放たれる。
火の玉は空高く飛んで空中で爆発した。
赤い光の放出で灰色の空が赤く染まる。
「か、母さん?」
俺とナナの間に割って入ったのは母親だった。
母親は見るからに怯えていた。
顔は肌の色以上に青ざめていて、全身の震えから歯をガタガタと鳴らしている。
それなのに俺を庇うようにしてナナの前に進み出て深々と頭を下げる。
土下座に近い姿勢だ。
「ユ、ユルシテ」
え? どうして?
一瞬、母親が何を言っているのか分からなかった。
俺のために命乞いをしてくれているのだと気づいても、どうして? と疑問だった。
「え? え? ど、どうしよ?」
ナナは母親を見て、それから周りを見て、ルカ達に目を向けた。
ルカが憮然とした表情でこちらを見ている。
少しの沈黙の後、ルカは歩いてくる。
ナナを押しのけて俺と母親の前に立つと、目を大きく見開いた。
「あんたまで、あたいが恐くないの?」
母親に向けた問いだった。
「ワ、ワタシノコドモ」
母親は頭を深々と下げたまま、答えになってない答えを口にする。
「……そう。青い奴らってあたい達と違ってあんまり感情がないって思ってたけど、子供は大事なんだ?」
ルカはフンッと鼻で笑う。次に浮かべたのは獲物をなぶるような残忍な笑みだった。
「けどね! そいつはあたいに手をあげた。しっかり落とし前つけないとダメなんだよ! 悪いけど諦めて貰うからな!」
「オ、オネガイ!」
母親が涙声で懇願し続ける。俺は地面に髪の毛が落ちているのに気づく。それも一本や二本ではなく、数十本単位だ。
母親の髪が抜け落ちているのだ。母親の震えは今にも引きつけを起こしそうなほど激しい。それは間違いなく、青魔族の本能が持つ赤魔族への怯えだ。
母親は本能に抗っている。この場にいられないほどの恐怖にだ。
俺のために。
「あーもう! うっさいんだよ! どきな! あたいがやる!」
ルカが母親を跨いで俺に向かってくる。
「オネガイ! オネガイ!」
母親がルカの足にしがみつく。
「ちょ、ちょっと! あんたね!」
「オネガイ! オネガイ!」
見る見るうちに母親の髪の毛が抜け落ちていく。
あっという間に抜け落ちてしまい、坊主になってしまう。
「離さないと本当に怒るよ!? いい? これが最後だからな! は・な・せ!」
ルカが母親に掴まれていない方の足を高く振り上げる。
母親の頭上目がけて一気にかかとを落とそうとして、
「ルカ様! 待ってください!」
俺は叫んでいた。
ルカが足の高さを維持したまま、顔だけを俺に向ける。
「何?」
恐らく一言だけ猶予をくれた。
俺は急いでルカの前に進み出て、
「ルカ様へのご無礼、本当に申し訳ありませんでした!」
彼女に土下座をした。
これが現実だった。
俺はこの現実を直視しなきゃいけない。
現実には空想も逃避も許されない。
現実に生きると言うことは、自分の頭の中の特別という世界の殻を破ることだ。
俺は……特別なんかじゃ無い。
光に拒絶された時にもうとっくに気づいていた。
自殺したくても恐くてできず、光を好きだった分だけ憎んだ。
うずくまりたくて、寝込みたくて、ひたすら奇跡に縋った。
一歩も動かないまま、奇跡だけを待ち望んでいた。
そしたら俺は今異世界にいるじゃないか。
奇跡はやっぱり起きた! と嬉しかった。
これで光に惚れ直してもらえる。
思い通りにいかないこの四ヶ月も試されていると思った。
光に相応しい男かどうか?
そのつもりだった。光のために頑張った。
でもそれは間違いだった。
目の前で俺のために懇願する母親を見て、今分かった。
光が行方不明と聞いて、俺は光を助けたいよりも、まずこう思ったんだ。
これは彼女の人生で俺の存在が黒歴史にならなくてすむチャンスだ。
歴史の人物達のように特別な存在に憧れた自分は、現実の無様な自分を受け入れられない。光に愛想を尽かされる甲斐性のない俺。母親に命乞いさせるほど恥知らずな俺。
俺は特別になりたい。
特別じゃないなら、特別に近づきたい。
だから俺は異世界に来た。
光を助けることで過去の情けない自分を乗り越えるために。
与えられる特別ではなく、自分がこの手で掴む特別を得るために。
光を好きだった自分を超えたかったんだ。
「ルカ様! 俺と母さんを見逃してください。ルカ様は将来のために子供の兵士が欲しくてこの村に着たと言いました。ここには100人も子供はいません。俺も子供で、これからルカ様のために働けます。今回の無礼を許して頂けるなら、俺はこの無礼を取り返す以上に命を賭けてルカ様に仕えます! だから何卒、お許しください!」
俺は今、地面に額をこすりつけ、心の底から命乞いをしている。
だけど、これはカッコ悪くないと思える。
カッコ悪いのはここまで現実を見ないで、こんな状況を生み出してしまった自分だ。
30年間妄想でしか生きてこなかった俺はカッコ悪過ぎる。
転生してまで俺は無様に終わりたくない!
せっかくやり直す機会を得たんだ。
ここからやり直してみせる!
顔を上げてルカをまっすぐ見上げた。
「死にたくないんです! まだ何も成していない!」
これこそが俺の今の本音だ。
「はんっ!」
ルカは呆れたようにため息をつき、上げた足をゆっくりと地面に下ろした。
「初めっからそうしてれば良かったんだよ。おい、いつまで掴んでんだ!!? 勘弁してやるから離しな!」
母親がすぐにルカの足に縋り付くのをやめる。
ルカはもう一度ため息をついて俺を見下ろす。
「ちゃんと働かなきゃ容赦しないからな!」
そう言い残してルカは俺に背を向けた。
全身が弛緩する。
土下座の姿勢を維持できなくて地面に崩れる。
「はあ、はあ……た、助かったぁ〜」
なんとか許して貰えたシアン!
次回からルカの奴隷としての生活が始まる!?
女ご主人様のハーレムに加わって玉の輿を狙え!
これぞ逆ハーレム!?