第七話 目覚めろ俺のチート
「あたいはルカ! 赤魔族・アース族の長にして三魔王の一人オーディンの三女!」
肩まで伸びた燃えるような赤い髪に褐色の肌、猫のように大きな黄金の瞳、スマートなモデル体型の少女だ。表情からは隠せない獰猛さがにじみ出ている。けれど、どことなく品が感じられるのは美形だからか。橙色の、体にフィットした肩が出た上着に、ダブついたズボンを履いている。見た目は高校生くらいか。
そんな彼女に付き従うのは同じ赤髪、褐色肌の三人の少女だ。
「うちはオミナ! 赤魔族・ヴァン族だよ! どんな武器にだってなれるんだから!」
一番背が小さい、オレンジ色のくせっ毛にダークブラウンの瞳の少女は快活に笑う。決して隙の無い美形では無いが、まだ子供なのに表情は艶っぽくて情欲をあおり立てる。水着のような格好で一番露出が多い。胸も大きい。見た目は中学生くらいか。
「あたしはカーリー。赤魔族・リーゼ族。ルカとは小さい頃からの親友。怪力にはちょっとばかし自信があるよ」
ショートボブのカーリーは、ほかの子より飛び抜けて体が大きい。二メートルは軽く超えている。しかも二の腕や太ももの筋肉の厚みがすごい。陸上の短距離ランナーみたいだ。全身筋肉なのかもしれない。翡翠色の瞳、すましたような顔つきとそっぽを向いた姿勢はクールビューティーな印象を受ける。
緑色のタンクトップのような上着も、長ズボンも擦り切れて所々破れており、首に長いマフラーを巻いている。服装に無頓着なタイプかもしれない。顔はルカと同じ年頃に見えるから高校生くらい?
「わ、わたし……ナナ。赤魔族・アース族……カーリーの妹です」
他の3人に隠れて、ボソボソと自己紹介したのはポニーテールの少女。前髪で琥珀色の瞳が隠れがちになっている。俯きがちな視線を向けてモジモジしている姿は人見知りの子供みたいだ。橙色の長袖長ズボンの上にローブを羽織っている。露出が一番少ない。見た目はオミナと同じくらい。
「あたい達、ルカルカ軍団! ハンパないんだから!」
自己紹介を終えた四人はルカをセンターに、ビシッと背筋を伸ばして声を高らかに叫んだ。
ルカとカーリーが少し年上に見えるけど、それぞれ14〜16歳くらいだろうか。一年で15歳くらいまで育つなら大差ない。
生後四ヶ月の俺はまだ10歳くらいの体なので、さすがに大きく見える。
四人とも髪、瞳、肌の色が特殊だが、顔立ちは美少女の部類だ。俺は断じてロリコンじゃ無いから興味ないけど。
服装は長袖だったり、半袖だったり、ボロボロだったり、細かいファッションの差はあれど生地は布だ。
布の製法が伝わっているということか。
魔族といっても裸で野宿生活ではなく、人間と生活が似通っているのはどういうことなんだろう?
いや、もうどうでもよくなってきた。
人間に近かろうが魔族であるのは事実で、人間と魔族は対立しているのだ。
どうしよう?
俺が魔族だというのに、光を助けても受け入れて貰えるのか?
当然、前の世界と今の俺の姿は異なる。光も魔族の存在を知っていたら、人間として俺を拒絶しておかしくない。
俺の正体を告げても信じてもらえるとは思えない。俺は元の世界でも拒絶されたんだからな。勇者としてかっこ良く光を助けたかったんだ。これじゃ、光を助けたとしても好感度は上がらない。
もう最悪だ。
それ以前に、魔族なら人間の国に近づくことだって難しい。
この青魔族というのは自分でも実感したけど、赤魔族と比べたら戦闘力が低い。低ランクの魔族なんだろう。人間の平均的強さがどれだけかは分からないけど、さすがに大多数を相手に光を救出するのは無理だし、人間側の強い奴相手じゃ雑魚キャラ扱いで殺されておかしくない。
あの占い師め。騙しやがったな。俺に光を助ける主役の道筋を与えてくれたんじゃ無いのか!? ああ、でも主役だとかは言ってなかったか……とにかく腹が立つ。
「おいっ!」
ルカの声に体がビクッと震えた。見れば、無反応だったのが気に障ったようで、こめかみをピクピクさせながら俺を睨んでいる。
体に悪寒が走る。本能に訴える赤魔族への恐怖だ。屈服しろと俺を押し潰してくる。
けれど、怒りと元いた世界の記憶がそれをはね除ける。
「申し訳ないですけど、気分が優れないので下がっていいですか?」
ふて寝したかった。寝ることで気持ちをリラックスさせる。俺が高校生から30歳までの人生で長くやって来た心のバランスを取る方法だ。
「はあ!?」
ルカが眉間に皺を寄せる。瞳にみるみる殺意の色が浮かんでくる。
「そういうわけで失礼します」
相手が爆発する前に退散しよう。
「おいっ! オミナ!」
背を向けたところで服を掴まれてしまった。やっぱり、行かせてはくれないか。
首だけで振り返ると、オミナという少女がふくれっ面で俺を見上げている。小柄なのに力が強い。平均値でもこんなに差があるのか。
「逃がさないんだからっ! ねぇ、ルカ、こいつやっちゃおうっ!」
「元からそのつもりだよ。あたいに手を出したこと許さない! オヤジも言ってた。下に舐められたら示しがつかないって!」
「じゃあ、うちから殴るね!」
え? これって四人でリンチする流れ?
「ルカ、だったらうちの妹にやらせてくれない? こいつ、まだ戦うのにビビってるところがあるから練習させてやりたい」
カーリーとかいうデカい女の一言にルカとオミナが動きを止めた。
2人はカーリーの後ろに隠れてオドオドしているナナを見る。
「む、無理無無。ねーねー! わたしできない!」
ナナは姉であるカーリーの腰に抱きついて見上げた。そういえば、カーリーはリーゼ族でナナはアース族なんだよな? それで姉妹なのか?
「できないじゃない。青い奴にビビってどうすんだい? ナナだってもうすぐ一年経つんだから、次の戦から参加することになる。そんなんじゃ、戦場ですぐに死ぬよ? 死にたいのかい?」
「や、やだ。死にたくないよぉ」
涙ぐみながら必死に首を横に振るナナの頭にカーリーが手を置く。
「だったら、一人でやってみせな。手頃な相手だから大丈夫。自信持ちな。あたしの妹なんだから」
「本当に? ねーねー、嘘吐いてない?」
「嘘吐くわけ無いじゃないか。青い奴はあたいらの住む辺りにいるモンスターよりも弱いんだ。人間の兵士にもすぐ殺されるし。余裕だから安心しな」
「う、うん……」
「ったく、分かったよ。もしも危なくなったらあたしが代わりに殺してあげるから。安心してやりな」
そこまで言われて、ナナという女の子はやっとやる気になったようだ。
といか、人を雑魚呼ばわりか。いや、事実なのかも知れないからいいけどさ。
俺って抵抗して妹さんに勝ちそうになったら殺されるの?
ちょっとひどくないか? バッドエンドしかないじゃん。
「よしっ! じゃあ、ナナ頑張りな」
覚悟を決めたナナを見て、ルカとオミナもカーリーの提案を承知したようだ。
カーリーがギャラリーの青魔族に向かって叫ぶ。
「おい、あんた達! これからルカに逆らったらどうなるか、見せしめで分からせてやる。それを見た上で、ルカに忠誠を尽くしな!」
「シアン!」
俺を呼ぶ母親の声がした。けれど、ルカ達も俺も意に返さない。俺はとくに、これから殺されるかも知れないんだ。ただのギャラリーを気にしている余裕は無い。
ルカ達はナナを残して広場の端に移動し、中央で俺とナナは向き合う。
ナナは俯いていて、両手を擦りながら震えている。
本当に戦うのが恐いようだ。
俺とナナの距離は10メートルほど離れている。
え〜と、もう始まってるんだよな? 一応、戦いって言ってたから俺も多少は抵抗していいんだよな?
一歩踏み出す。
ナナはビクッと体を震わせて一歩下がった。
う〜ん。カーリーの意としては、妹のナナが大ケガしそうになったら手を出すってことでいいのかな?
俺は殺されたくない。なんとかここを乗り切りたい。ナナを大ケガさせず、戦意を失わせて降参させる。それしかない。
近づいて殴るのは相手が女だし気が引けた。それにナナが無抵抗で殴られて鼻血でも流したらカーリーが飛んできそうだ。
よし。ブーメランを投げるにはちょうどいい距離だ。あのルカですら、曲がることは想定できなくてヒットした。目の前の相手なら今度も当たる気がする。当たってもたんこぶができるくらいだろ。
腰に差した小型のブーメランを抜く。
「ひっ!」
ナナが悲鳴をあげるのと同時に、俺は助走をつけて完璧なフォームでブーメランを放る。
一直線に飛んでいくブーメランに対し、ナナは体を硬直させて動けない。
「ルカ、あれって何?」
「ああ、曲がるんだよ」
「へーそうなのか」
顔色を変えずに話すルカ達。ブーメランに釘付けになる青魔族達。
ナナは両手を前に差し出して身を縮込ませた。
「いやっ! 来ないで!」
何も無いところからサッカーボールほどの大きさの火の玉が出現し、ブーメランを呑み込んで一直線に俺に向かってくる。
「え?」
今度は俺が固まってしまった。眼前に火の玉が急接近してくる。
「うわぁっ!」
全速力で地面を転げ回った。
紙一重で避けた火の玉が地面に当たって爆発する。
響き渡る轟音。砂埃が舞い上がる。
後にはサッカーボールの数倍のクレーターができていた。
んん!?
「ひどいよ……そんな恐いの投げるなんて」
ナナを見ると、涙ぐんで拗ねた子供みたいな顔を俺に向けている。
はあ!?
いやいやいや! 俺のセリフなんだけど! おい! 何だよそれ! 当たったら死ぬだろ!
全身が粟立っていた。完全に舐めていた。相手は赤魔族。やっぱり青魔族の俺とは生物としての格が違う。起き上がろうとするも、足になかなか力が入らない。今ので死ぬイメージが浮かんだ。
幸い、ナナは怯えたままで、追加の火の玉は放ってこない。
「わ、分かった! もう投げないから、そっちも今みたいな火の玉は無し! 頼むよ! な?」
咄嗟に口から出てしまった。
「本当にもう投げない? わ、分かった。わたしも約束守るから。そっちも絶対守ってね!」
つ、通じたのか?
俺との実力差を分かっていないのか、赤魔族はやはり頭が弱いのか、ナナはあっさり火の玉はもう出さないと約束する。俺のブーメランなんか交換条件にもならないだろうに。
気が弱い子で良かった。
俺は後方に飛んでナナから距離を取る。
今のはファンタジーに出てくる魔法かなんかか? 呪文詠唱なかったじゃないか! 完全に不意打ちだ。
さて、どうする? いや、分かっている。もう近づいて殴るしかない。そして、やるしかないんだ。
俺は光を助けるためにこの世界に転生した。
魔族だからってそれを果たさなきゃいけない。
「うおおおおっ!」
やけくそだった。体全体に広がっていく恐怖を振り払うために、一か八かの玉砕。
ナナに向かって全力疾走。拳を大きく振り上げる。
「ひっ!」
ナナが頭を両腕で抱えて縮こまる。
火の玉を予想して足が止まりかけたが、今度は火の玉は出てこない。
約束通りだった。ちらっと横目でカーリーを見るが動く気配は無い。チャンスだ。ここしかない。この一撃が当たったら、脅して降参するように伝えよう。それで終わりだ!
「やめてっ!」
拳が触れる直前でナナに両手で突き飛ばされた。
体が宙を舞う。
視界から遠ざかるナナを見て血の気を失った。
ナナがあんなに小さく……俺はどれだけ高く飛ばされてるんだ?
体は最高到達点で急速に落下、俺は背中を地面に打ちつけた。
「ぐあっ!」
痛みで体の感覚をすぐに掴めない。骨は折れてるのか?
なんだよ、あいつ。力もこんなに強いのか。反則だろ?
しかもあのナナって奴は恐らくあの四人の中で最弱だ。他の奴らはもっと強い。
さらに言えば、四人はまだ子供だ。大人だったらどんな化け物なんだよ?
天井知らずに思えた。
こんなに強い奴らがいる世界で、俺は本当に光を助けることができるのか?
助けられるから転生させられたんじゃないのか?
あの占い師は俺を選んだんだ。そうじゃないと話が違う。
本当に騙されたっていうのか?
「よし! ナナ、そのままトドメさしちゃいな!」
ルカの言葉に心臓が警報の如く早鐘を打つ。
お、落ち着け。何か、何かあるはずだ。
この状況を打破する何かが!
俺を転生させた占い師が騙してるとは思わない。
転生させたのなら、目的を果たさせる意図があるはずだから。
何かを俺は忘れている。頭の奥に引っかかっている何か。
脳裏に本屋に並ぶ異世界転生系のラノベが浮かんだ。
どの帯にも「チート」というフレーズが大々的にある。
俺は跳ね起きた。
「ん? まだ動けるのか!?」
ルカ達が驚いた声を上げる。ナナは起き上がった俺を見て顔を引きつらせる。
「もうやだ〜」
それはこっちのセリフだっつーの!
体はまだ動く。この体は人間だった時よりは丈夫だ。
これがラストチャンス。
今こそ、俺は開眼する!
チートを!
異世界転生した俺には絶対にチートがあるはずだ!
俺はまだ見ぬ俺のチートに全てを賭ける!
「うおおおおおおおおおっ!」
雄叫びをあげる。
全速力でナナへと突撃する。
自分を追い込むんだ。腹の底から力を振り絞れ!
今こそ発現しろ! 俺のチート!
「うわ〜んっ!」
眼前に迫った瞬間、ナナの泣き声と一緒にビンタが飛んだ。
「ぐふっ」
視界が真っ黒になる。
鼻に土の匂い、口の中に土の味。
為す術もなく頭から地面に叩きつけられていた。
チートは目覚めなかったようだ。
異世界なのにチートが無い!?
衝撃の事実! 絶体絶命!
目の前に美少女が四人もいるのにハーレムならず!?