第五話 ブーメランを作ろう
三ヶ月が経った。
あっという間だとは思わない。焦る気持ちは日々の生活をひどくスローに感じさせた。
それでもこの三ヶ月で知り得たことは少なくない。
一旦、整理してみる。
・この種族について
この種族は全員が青い髪に青白い肌をしている。髪は不自然に染めたような青とは違って、濃くて鮮やかな色をしていて美しい。
体格の方は狩猟民族のわりには筋肉質ではなく、ほぼ全員が中肉中背だ。
気性の方は……まぁ、穏やかと言うのだろう。俺への引け目で下手にでていた両親のような態度がデフォみたいだ。子供ですら活発に遊ばないし、誰かが大声を出したり笑っている所も見られなかった。
そもそも交流が見られない。家族事に固まっていて、大人同士は狩りや伝達事項くらいでしか会話しないし、子供は親にべったりで同年代と遊ぶことも無い。何とも根暗な感じで心なしか歩いている姿まで猫背に見える。
そして俺の背丈だが、5歳児から一気に10歳児くらいに伸びた。
育ち盛りの食欲や成長通はとくに感じなかった。この分だと本当に一年で大人になるのだろう。ただ、この世界の両親や集落の者達を見て俺と同じぐらいの子供はいても、老人の姿は見当たらない。ひょっとしたら老けない種族なのかも知れない。一番年上の大人達ですら20代前半にしか見えないからだ。
そう思って集落の範囲で、年齢と外見の比較をしてみた。まとめると、一年で体は俺が居た世界での15歳くらいになり、二年で18歳くらいになり、三年目からは20代前半の容姿で落ち着いている。
平均寿命は五〜八年と聞いた。両親と色々会話した中で、寿命が短いだけに人生経験も浅く、好奇心も薄そうに感じられた。会話の方もほとんど片言で、流暢に話す人は見ない。知能は決して高くなく、俺を教育しようとする意気込みは感じられず、ただこの集落の掟を守らせるだけの考えしか持っていない。
時計は当然無い(日時計のようなものも見つけられなかった)ので、体内時計に合わせて動く。日が昇れば起き、日が沈む前にテントに入る。
あと定期的に住処を変えて移動しているらしい。この集落が人口200人余りで、同じような集落が近くにいくつもあり、獲物のを巡って争うことがないように縄張りを決めているとのこと。
男はまとまって狩りに出かけ、女は子育てや家事、木の実や昆虫の採取が仕事だ。
空いている時間は眠るのがこの種族の特徴で、子供や狩りに出ない女は一日に何度も寝ていた。
・気候や風土
昼と夜の明白な区別はあるものの、空は常に昏くて太陽の光を塞いでしまっている。雨が降ったり、強風が吹いたりといった天候の変化はあった。
土地も干からびていて、作物が育つ様子がない。集落でも当然、農作業は行っていなかった。それでも灰色の枝葉のたくましい木々は集落の周りに森を形成している。
天候や風土のどちらからも生命の息づかいは感じられず、まるで舞台の背景画や置物の印象を受ける。
・食事
食事は一日に三食。主食はキスイの実と呼ばれる灰色の木に実る果実だ。完熟することはないらしく、青い実のままかじる。灰色の木は安定してこの果実を生み出すらしく、栄養素の面でも一度の食事でこれを一つ食べれば十分らしい。
焦げ茶色の足が長いバッタのような昆虫もこの辺りではよく取れる。キスイの実よりも栄養価が高いらしく、生きたまま食べるのが通だ。迷惑なことにこの世界の両親は俺に多く食べさせようとする。
狩猟で狙うのはアウンズブラという黒い牛のような獣だ。大きな角が生えているが気性は穏やかなので、不意をついて集団で狩るとのこと。アウンズブラを狩る時期は決まっていて、肉は最大のご馳走なので燻製にして長持ちさせる。
俺は元いた世界ではコンビニ飯ばかり食べていたので、舌は化学調味料に汚染されている。本当の味の善し悪しの判断に自信は無い。とは言っても、さすがにここでの食事はまるで保存食のように味気なく感じた。慣れない食事は喉を通らないかもしれない。とくに虫が。そう思っていたのだが、生きたままの虫ですら目を瞑れば、普通に食べることができた。苦みやぶよぶよした食感に吐き出すことすら覚悟していたので拍子抜けだ。
つまり、この体の舌はあまり味覚を感じないと思われる。そして、恐らくこの種族全体がそうだ。そこで色々確かめたところ、視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚・感覚のうち、嗅覚と味覚は元いた世界よりも衰えており、触覚は同じ程度、それ以外はおよそ2倍から3倍は発達していた。目も耳も広範囲に渡って機能する。感覚だけは良い確かめ方がなかったので保留だ。
まぁ、長くこんな味気ない食事をしてきたのだから味覚の発達が遅れているだけかもしれない。
・外敵との戦闘
狩猟民族として獲物を狩るわけだが、使う武器は剣や槍、斧といったものだ。弓がないのはこの辺りの木が乾燥していて折れやすいからだろう。罠も張るだけの智恵と経験を培っている。銃火器が無いのはこの集落が田舎だからかもしれないので、この世界全体の文明は掴めない。
ただ気になったのは彼らが持つ鉄の武器だ。
製鉄技術があるというのに、ここや近くの集落では製鉄をする者はいないと聞いた。
彼らの武器をよく観察すると、刃こぼれなどは見当たらない。うちの父親は武器の手入れをしていたので、誰から学んだのかを聞いたが自分の父親に教わったとだけ言われた。
恐らくここで使われている武器は彼らが誰かから与えられたものだ。
追求したところ、自分達よりも格上の存在をほのめかした。
やはりここら一帯の集落を束ねる親分のような者がいるのだ。
狩りを学びたいからと鉄製武器をくれとねだったが、村の規則で一年経たないと渡せないと言われた。残念だ。
モンスターに関しては、この辺りは気性の穏やかなアウンズベラしかいないが、別の場所はそれこそ集落を遅う凶暴な大型モンスターがわんさかいるらしい。戦闘力が高いわけでは無いのでこの種族は自分達が生きていける範囲内で転々としているのだ。
あと、気性が穏やかなのもあって集落同士のいざこざは無いらしい。
さて、以上のことを踏まえて、俺はまず一つのものを作ることにした。
村の中で俺は薪割りをする。
やや大きめの太い木の幹目がけ、上から一直線に斧を振り下ろす。
真っ二つに割れた幹。半分を更に水平に割る。
こうして斧を振ってみると、この体はまだ10歳くらいだが、元の世界の俺の体以上の筋力はあった。薪割りの経験なんてなくても最初から成功した。
体格が良いわけじゃないけど、この種族はさすがに現代人よりは肉体が強いか。
四等分された木の幹。さて、俺は薪割りをやっているわけじゃない。
ここから厚みのある木を設計図通りにくり抜く。
これから大きめのブーメランを作るつもりだ。
そうだよ。武器がもらえないなら、手作りで武器を用意するしかない。
鉄製武器は狩りの要だ。一日の終わりに一箇所に集めてしまい、見張りがついているので持ち出せない。まぁ、本気で盗もうとすればなんとかいけるかもしれないけど、成長しきっていない俺の体だと大人用の武器は扱いづらいし、長距離を移動するのには重荷だ。
どこかの町まで辿り着いて、そこで武器を仕入れればいい。
それまでの道中は、食事を確保に努める。大型モンスターを避け、兎のような小型のモンスターを見つけて狩るのにブーメランが最適だと考えたわけだ。ブーメランの起源は敏捷な小型動物を狩ることだからな。
もう三ヶ月が経った。
体も10歳ほどになった。
この集落で知れることは十分知った。
この世界の両親や集落の人にも思い入れはない。
俺は光を助けるために、そろそろ村を出る。
ブーメランは、小型のものから俺の背丈くらいの大きいものまで作る。大きいのは俺に木の幹からくの字に切り出す技術は無いので、パーツ事に切り分けながら凹凸を作ってはめ込むことにした。斧で薪を割り、小型のナイフを使って削っていく。図工は得意だった記憶が無いのでもっと手こずると思ったけど、予想よりずっと上手に削れて驚く。これならいけそうだ。家の手伝いの名目で鉄製武器を借りているものの、長い時間かかってしまうと母親が見に来るのでバレないように少しずつ作った。
何とか一日二時間くらいは確保することができ、何度も失敗しながらも一ヶ月かけて満足いくブーメランを作ることができた。
そうして完成したブーメランを家に持って帰ると、肉を干していた父親と母親が目を丸くして物珍しそうに近づいて来た。
「シアン、ソレナニ?」
「ああ、ちょっとした子供の遊び道具だよ」
「ヒロッタ?」
「俺が作ったんだよ。母さん、明日の木の実の採集の時に森に持ってっていい? 木にぶつけてみたいんだ」
「ワカッタ」
父親も母親も反対すること無く、肉を干す作業に戻る。
俺はじっと二人を見つめる。
この四ヶ月。俺達の間にも伝達事項以外の会話は無かった。
両親もどうしても俺と話したいという空気は出さない。
この集落ではどこの家庭でもそうなのかもしれない。
獣の子育てのように、人間のような過保護はないんだろう。
俺としては気持ちが楽なので助かる。
翌日、森の中で的である大木から10メートルほど離れてブーメランの試し投げをした。
くの字のブーメランなので、曲がって戻ってこなくてはいけない。
最初は、小型のブーメランを投げた。
これは集落の中でも何度も実験したので問題ない。放られたブーメランは木の幹を通り過ぎて曲がってぐるりと手元に戻って来る。
「うん、すごいな」
成功すると分かってたので驚かないけど、この体に感心した。元いた世界では俺はスポーツをやってこなかったから運動神経はひどいもんだった。手先だってそんなに起用じゃ無い。それなのにこの体は頭で思い描いた通りに、ほぼ動いてくれるのだ。
薪割りでもそうだった。
俺が居た世界の人間のように、真っ白で生まれて知識や経験を一から吸収していくのでは無い。獣のように生まれた時点で、遺伝子に刻まれた知識と身体能力を身に付けているのだ。
狩猟民族として自活できるスキルが最初からある。
これは本当にすごいことだ。
「よし!」
俺は背負ってた大型のブーメランを手に取る。
村の中ではテントや人に当たるのを恐れて試せなかった大型のブーメラン。
今日の目的はこれを本気で投げたらどれくらい飛ぶのかを知り、使いこなせるようになること。これが終われば明日にでも村を出ることができる。
「シアン、ソレ、オオキクテモ、マガル?」
母親の疑問の声。
俺の背丈より大きい大型ブーメランは、小型ブーメランの5倍以上だ。
確かに曲がるとは想像しにくいだろう。
けれど俺の頭の中には成功するイメージがあった。ギリギリまで軽量化させたブーメランを片手で持ち、助走をつけながら真っ直ぐに放り投げる。投擲までの一連の動作、放られてブーメランの角度とも完璧だった。
ブーメランは回転しながら大木へと向い、ぐるりと回って一直線に俺の元へ戻って来る。
勢いづいたブーメランを尻もちつきながらも受け止めることに成功した。
「よしっ!」
空いている手でガッツポーズ。
こんなに上手くいくとは思っていなかった。
やっぱり転生した俺は特別なのかも知れない。
パチパチパチパチパチ、と脇から拍手の音が聞こえてくる。
見ると、母親が口元を吊り上げて満足そうに何度も頷いている。
他母親や同年代の子供も感心したように「オー」と声を上げていた。
背中が痒くなる。
別にあんた達に褒められたいわけじゃなし、俺がやってることはあんた達に何の関係も無いんだ。
何だかバツが悪くて母親の笑顔を直視できない。
「もう帰る!」
居心地が悪くて逃げるようにその場を走り出した。
早く帰って村を出る準備をしよう。
そう自分に言い聞かせた。
この青い髪の種族とおさらばするのだ。
ところが村に着くと赤い髪の少女がいた。
青の次は赤だ。
それも最悪な赤だった。