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さよなら中二病  作者: 幻夜軌跡
序章 転生前
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第三話 転生しませんか?

「いや、結構です」


 そそくさと立ち去る。怪しすぎるだろ。


「ちょっと待ってください!」


 占い師が立ち上がって叫んだが、聞こえないふりをして早歩きだ。


「あ、あなたは人を探しているんじゃ無いですか!?」

「え!?」


 立ち止まって振り返る。占い師は口元を吊り上げた。


「私はあなたが探している人がどこにいるか知っています」

「……嘘だろ」

「嘘じゃありません」


 心外な、と言わんばかりに占い師は肩を竦めてみせる。

 何だ? こいつ本物の占い師なのか?

 いや、俺は占いなんて信じない。適当にカマかけてるだけに決まっている。


「ちょ、ちょっとどこ行くんですか?」

「悪いけど他の客を当たってくれ。今それどころじゃ無いんだ」


 俺は再び歩みを再開した。


「あなたが探しているのはヒカリという少女ではないのですか!?」


 心臓を鷲づかみにされたような衝撃だった。驚きのあまり、体が震えて振り返る動きがひどく緩慢になる。こいつは違うと思った。いくら占いでも探し人の名前までは当てられない。こいつはただの占い師じゃ無い。何かを知っている。そして、明確な狙いがあって俺に近づいたのだと分かった。

占い師はもう一度微笑む。安心させようとしているのだろうが、逆効果だと思う。


「光は今どこに居るんだ? 知っているなら教えてくれ」


 例え嘘でもいい。俺には光の居場所を知るヒントすらない。これがとっかかりになればと、そう思った。

 占い師はコクンと頷くと、勿体ぶること無く俺の問いに答えてくれる。


「あなたが探しているヒカリさんは異世界にいます」


 ん!?


「ヒカリさんを助けたいと思ってますよね? どうです? 異世界に転生しませんか?」


 え!?


「あの〜聞いておられますか?」


 はい?

 俺の顔を覗き込む占い師に気づいてハッとした。あまりに理解できないことを言われたものだから一瞬、フリーズしていたようだ。

 こいつは今なんて言ったんだ?

 リアクションが無い俺を見て占い師は、「あれ? こんなはずでは……」と両手を組んでオドオドし始めた。それから、何か思いついたようにポンッと手の平を叩くとローブの下から古びた羊皮紙を取り出す。


「い、今ならあっちの世界地図も付けますよ!? あ! でもこれって転生したら持ってけないんだった……どうしよ?」


 目の前で自分の体を抱きかかえる占い師。

 それを見て今度こそ迷いなく俺は踵を返した。


「お願いします! 行かないで下さい!」

「あ! おいっ! 離せよ!」


 占い師に後ろから飛びつかれて引っ張られた。


「あなたに異世界に行ってもらわないとダメなんです!」

「うるさい! 離せ! 新興宗教の勧誘とかセールスの売りつけなら他の奴当たってくれよ!」

「違います! 本当に異世界転生なんです! どうして信じてくれないんですか!?」


 占い師は最後にはぐずり出す始末だった。振りほどこうにも彼女の力は想像以上に強くて抑え込まれないのがやっとだ。


「お願いですから転生して下さい〜」


 彼女を振りほどけないと諦めるまで、そう長くはかからなかった。

 今流行の異世界転生。

 その言葉を聞くと、昨今の本屋さんに置かれているライトノベルを思い浮かべる。

 歴史を題材にした本は幅広く好きなのでラノベも良く購入するんだが、最近のライトノベルは平積みされる本のほとんどが異世界転生物だ。

 好奇心から何冊かパラパラ読んでみたけど、ある日主人公が異世界に転生してチートで無双するというのが定番らしい。

 ということは、俺も異世界に転生したらチートで無双できるんだろうか?


 バカらしい。あんなのはフィクションだけの話だ、とは否定しない。これでも世界史を専門に勉強しているわけだしな。確かにこの宇宙は一つではなく、ビックバンが起きる度に宇宙ができる多宇宙という考え方がある。それぞれの宇宙は、そこだけの法則があるという話だ。魔法や剣が活躍するファンタジーのような世界だってあるだろう。そして、神隠しが昔から伝えられるように、次元に穴が空いてうっかり別の宇宙に飛んでしまうということはあるはずだ。輪廻転生があるのなら、前世は別の宇宙で生活してましたっていうのもあっておかしくない。


「どうして私のことを信じてくれないんですか?」


 占い師は鼻を啜りながら、涙声で俺にそう訴えた。


「どうして? と言われてもな……」


 俺は占い師に冷たい視線を向けた。


「目の前に現れた人間がいきなり異世界に行けますよ? って言われても、タイムマシーンを開発しました! 試乗しませんか? って言われることぐらいの衝撃だよ。うさんくさい! 頭のおかしい奴にしか思えない!」

「そ、そんな言い方ってないですよ!?」


 占い師は頬を膨らませながら唇を尖らせた。目元が見えないけど、幼さが浮き出た行動にますます不信感が募る。高校生くらいにも見える。電波系の女の趣味に付き合わされてる? 黒魔術研究会とか変なサークル活動やってないよな? こんな奴に付き合ってる場合じゃ無いんだ。光を探さなきゃ。ああ、こいつが光の居場所知ってるんだったか? 胡散臭くても今は他に手がかりがないから付き合わなきゃダメなのか?

 自然と舌打ちが漏れた。


「あ、あの……」

 

 占い師は怖ず怖ずと俺の顔を覗き込んでくる。声音からは不安の色が感じ取れた。


「冗談はいいからさ。もしも君が光の情報を知っているなら教えて欲しい」


 苛立ちを抑えながら、穏やかな口調を努めた。


「は、はい! これを見て下さい!」


 占い師はテーブルまで戻って、水晶玉を両手で包み込むように持ち上げる。触れずに力を送るポーズの方が演出的には良いに……って、実際にやられたら本当に頭に血が上るけど。


 透明な水晶玉の中心がボウッと光り出して映像を映し出す。ま、配線がなくても今時この程度の映像内蔵式のものは電気屋さんにいくらでも売っている。驚きはしないぜ。

 そこに光が映っていた。


「うおいっ!?」


 叫ぶと同時に水晶玉に駆け寄って顔を近づける。

 いや、落ち着け。光の映像があるからって行方不明になってからのものとは限らないぞ。

 黒髪を薄めた長髪、アジア人らしくない目鼻立ちがクッキリした顔、小柄な体格は平均的に肉が付いていて柔らかそうだ。光は学校の制服を着ていなかった。白地に緑と灰色が折り合わされたドレスの上にエメラルド色の上着を羽織っている。まるで貴族だ。

 ただ気になったのは、無表情なのと瞳の焦点が合っていないことだ。ちゃんと意識があるのか?


 光をアップで映した水晶は、徐々に離れて全体像を映し出していく。

 すると光は大きな寝台に腰掛けており、天井が高い部屋には見るからに高そうな細かい装飾が施された家具が置かれている。どこかのお金持ちの家? いや、宮殿とか? どこかの国に旅行に行った時の記念映像か?


「これは私達の世界、セベ帝国の王宮の一室を映し出したものです。ヒカリさんは現在、ここに囚われています」


 すると、占い師は用意された設定にしか思えない解説を入れた。中二病かよ。


「あの、セベ帝国はですね。マイア、ウォフ、マウの王国からなっていまして……」

「分かった分かった。設定はいいから、この映像はつい最近のものなの? 光が行方不明になってからのもの?」

「あ、はい! そうです!」


 本当かよ? でも俺なんかに嘘を吐く理由も無いよな。

 目の前の占い師がどうして俺に声をかけたのか分からない限り、どこにも行けない泥沼にはまったような気持ち悪さを感じた。

 こいつの目的は何だ? 


「聞きたいことがある。あんたは光の友達か?」

「私はヒカリさんと面識が無いわけじゃないです。でも関係者か? って聞かれれば違います!」

「は? じゃあ、どういう立ち位置なわけ?」

「私はシアン様、あなたの味方です!」


 占い師は胸を反らせながら声を弾ませる。大げさな敬称に胡散臭さが増していくばかりだ。


「シアン様! あなたはヒカリさんを助けたくないんですか?」

「え? そりゃ、助けたいに決まっているよ。あんたが光の居場所を知ってるって言うなら、そこまで案内してくれないか?」

「それはできません」

「なんでだよ!?」

「私はもう戻れないからです」


 戻れないって、その異世界にってことだよな? ああ、もしかして何かの隠語のつもりなのか? 大っぴらに言えないだけで、これは俺に何かを伝えるための手段だったりする?


「わ、分かったよ。ヒカリを助けたいからその異世界に行く方法を教えてくれ」


 こう答えればいいんだろうか?


「は、はい! 良かった! さすがシアン様です。いきなり現れて怪しいことを言うにも関わらず、真偽を見抜いて即決断するなんてさすがです!」

「ま、まあな」


 自分でも怪しいと思ってたか。電波では無いなら期待できるか?

 占い師は水晶をテーブルの上に戻し、胸元の首飾りを取り外す。

 リンゴの絵柄が刻まれたプレートには、よく見ると黒い宝石が埋め込まれていた。


「それでは今からシアン様を異世界に飛ばします」

「あ、ああ。そこはヒカリが居る場所なんだよな?」


 隠語だと判断した上で確認する。ちゃんと行けるならそれで構わない。


「はい、居ます! シアン様ならきっと辿り着けます!」

「辿り着く……ねぇ。場所を教えてくれるけど、犯人の目をかいくぐれるかどうかは俺次第ってわけか。OK。やってやるよ!」

「あの……ヒカリさんを助けるのはいいんですけど、できる限り犯人に見つからないようにお願いします」

「ん? 誘拐されたってのは間違いない? じゃあ、誰が誘拐したんだ?」


 そうだ。誘拐したのはどんな奴なんだ? ヒカリの身近の関係者なんだろうか?

 俺が第一に疑われるってことは、表だっては怪しくない奴なんだろうけど。


「シアン様」


 占い師が俺の手の上に自分の手を重ねた。きめ細かい肌の感触にドキッとする。女性の手に触れるなんて中学生以来だった。


「約束して下さい。ヒカリさんを助けたらすぐに脱出する。見つかっても戦わずに逃げるって」

「犯人からってことでいいんだよな? だったら約束するよ。ヒカリの安全第一で動く」


 そう答えると、占い師はホッと一息吐いた。まだ犯人が誰か教えて貰ってないんだけどな。肝心なことを教えてくれない占い師じっと見つめていると、彼女は俯きながらモジモジし始める。


「あ、あともう一つだけお願いがあります」


 顔を上げた占い師の頬が赤く染まっていた。微笑みながら声を微かに震わせて彼女は言った。


「私のこと、必ず見つけ出して下さいね」


 占い師が持つ首飾りが勢い良く輝きを放つ。


「うわっ!」


 視界全体を覆うほどの光だった。思わず仰け反って背を向けようとしたけど、自分の手に重ねられた占い師の柔らかい手に動きが遅れた。

 そうしている内に光はどんどん強くなり、四方八方全てを埋め尽くした。

 そう。光に呑み込まれる感覚。 赤・青・緑・黄と乱反射する光に視界を開いていられなくなり、占い師の手の感触を失うのと同時に体を浮遊感が襲った。


 なんだよ、これ。

 自分の体が落ちていくのでも、浮き上がるのでも無い。重力は感じない。

 目を開くのが恐かった。いや、光の強さは瞼の裏側にも伝わってきてとても開けない。

 ただ、どこかを漂っているのだけが分かった。

 自分の体が流れていく。それも凄まじい勢いでだ。

 時間の感覚も掴めない。

 次第に意識が遠ざかっていく。

 眠りに落ちるように体の感覚が失われていく。


 俺は本当に転生するのか?

 異世界に?

 あの占い師が言ったことは本当だったのか?

 光は誰かに捕まっていて、俺しか助ける奴がいないってことか?

 ああ、だとしたらまるで物語だ。

 まだ中学生の頃、いや、高校生になっても、それこそ大学に進んでも、周りに馴染めない中で、ずっといつか俺を迎えに来てくれて、冒険の始まりを告げてくれる女の子が現れることを待っていた。

 本願叶ったりだな。

 しかも、自分が好きな女の子を助けることができるなら、まるで勇者じゃないか。

 まどろみの中にあった意識が起き上がり、体が徐々に感覚を取り戻していくのが分かる。

 ヒカリを助け出してカッコいいところを見せるんだ。

 勇者として!


 フツフツと燃えるものが腹の底から湧き上がってくる。

 体全体が熱さを感じ始める。

 俺の魂の熱さがどんどん広がっているようだ。

 熱いぜ。

 肌までヒリヒリしてきた。この熱さは体温を遥かに超越しているようだ。


「熱っ!」


 体をビクッと震わせた。

 何だ? 熱すぎて自分で制御できないだと?

 いや、むしろ、この熱さは内から漏れているのか、外からも感じるぞ?


「痛っ!」

 

 痛みすら感じる温度が外から迫る。体をくねらせるが熱さから逃れられない。


「くんくん!?」


 熱さが匂いまで生み出したようで、煙たさが鼻をつく。


「ゲホッ!」


 咳をした所で、視界がやっと開かれた。

 赤い炎と立ちこめる煙が視界にはあった。

 自分の体の下には敷き詰められた薪を発見して飛び跳ねる。


「俺、燃やされてるじゃん!?」 

 

 緊急事態を察知して直ぐさま走り出した。


「わああああっ!!」


 途中で、踏み台を失って転落した。

 左側面から落ちて固い地面にぶつかる。


「熱っ! 熱ッ! 熱っ!」


 めっちゃ熱い! 火がついてるじゃんか! 自分の体にまとわりついた炎を地面に打ち付けることで消そうとするが、火はなかなか消えてくれない。

 いきなり何でこんなことに? 占い師はどこ行った?

 

 バシャッ

 不意に水がかけられた。安堵する間もなく、バケツ一杯ほどの量の水が立て続けに俺の体に打ちつけられる。何度目かで、火がようやく消えた。


「ふぅ……占い師。あんたなぁ……ん!?」

 

 占い師はもう傍にはいなかった。

 文句を言おうと向いた先には、青い髪に青白い肌をした若い男女が立っている。

 二人は目と口を大きく見開いて、こちらを向いている。


「あれ?」


 すぐに辺りを見回す。星一つ無い夜空の下、背後には積まれた薪と燃えさかる炎。周りには俺の背よりも高い草が生え茂っていた。

 さっきまでいた町の面影はどこにも無い。


「ひょっとして本当に異世界?」

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