第十六話 幼女、現る
オミナと目を合わせる。
ルカの先走りを抑えるには、彼女が真っ先に賛同してくれないと。
「ふんっ」
だが、オミナは唇を尖らせるとそっぽを向く。
ちょっと待って!
慌ててオミナの手を握る。
「何すんの!?」
「話聞いて下さい」
身をよじって逃げるオミナを引っ張った。
ルカの太ももに抱きつきながら、オミナの手を握るってヤバイ構図だな。
それは置いといて、確かめなきゃいけない。
「オミナ様、リオネスと戦った時は剣に変形しましたよね?」
オミナはそっぽを向いたまま答えない。
「オミナ様?」
何で不機嫌なんだ? ああ! 俺がルカを好きだって言ったからか? マジで好きだって言った俺に情が移ってるの? だとしたら、俺を見捨てて逃げなかった失態を犯したのにやるせないか。うーん、今はそんな状況じゃないけど、女性は何時でも大事なことなのかもしれない。
俺はオミナの耳に口を近づけて囁く。
「俺はオミナ様が一番好きですよ」
「はぁ!?」
オミナが飛び上がる。
「し、下っ端のくせに気安く言わないで!」
怒鳴りながらも目を泳がせるオミナの顔は若干、赤らいでいる。
本当にそう思うぜ。赤魔族とは絶対に釣り合いが取れないさ。それなのにこんな言葉程度でここまで取り乱すって、まるっきり子供じゃないか。ああ、実際に子供なのか。
「オミナ様、あまり時間がありません。ルカ様を一人で戦わせても勝てません。俺に作戦があります。聞いて下さい」
オミナの手を握る手にギュッと力を込める。
「う、うん」
目を逸らしながらオミナがしおらしく頷いた。
「昼間のモンスターとの戦いでは、オミナ様は剣に変形しましたが他の武器にもなれますか?」
「武器? できるよ。でも使ってくれる人がいないと動けないよ?」
「恐れ多いですが、武器は俺が使います。そこで変形して欲しいのは、これです」
俺は大型ブーメランをオミナに見せる。
「これ? いいけど、あいつに通用するの? ルカの魔剣の方がずっとすごいよ?」
「狙うのはあいつじゃありません。リオネスを両断できたんでイケると思うんですが、岩くらいは斬れますか?」
「当たり前じゃん。それぐらいなら」
「だったら問題ないと思います」
そこで俺は自分の足を見る。傷口は塞がったが、両足は生えてこない。オミナはあれだけ切断されたのに、傷口は塞がってるし、五体満足だ。これは種族の差なのだろう。
ま、歩けるかどうかの心配はここを乗り切ってからだな。
「おい! もういいか?」
ルカが今にも痺れを切らしそうだ。それでも待っててくれたことに感動すら覚える。
俺は着実にハーレムに近づいている。ここを絶対に生き残りたい。
白騎士を見る。あいつも俺達を待っててくれた。ここまでの石像とかの無機質とは違って、あいつはしゃべれた。魔剣を使えることから見ても生命体だ。だとしたら間違いない。俺達の実力を試すのがあいつの役目だ。そこに付け入る隙がある。
「ルカ様、あいつを崖ギリギリまで追い込んで下さい」
「崖だぁ? 落とすつもりかよ?」
「はい。退場させるにはそれしかないと思います」
「上手くいくかな?」
「大丈夫。いざとなったら俺には切り札がありますから」
ここまで意識しないできたけど、俺はやっちまったようだからな。
「とにかく、あたいは殺すつもりで行くぜ!」
ルカが真っ先に先陣を切った。
動くのを待っていた白騎士が白い閃光を放つ。
「うおおおおおっ!」
レーヴァティンを召喚したルカの全身が赤く燃える。炎の弾丸と化して白い閃光を呑み込んで突き進む。
大上段に大剣を構えた白騎士が光の刃の軌跡を残す。構えた時にはとっくに追撃は放たれていたのだ。鮮血が宙を舞う。赤黒い液体が炎と白い光に照らされる。ルカは相手に向けたレーヴァティンの切っ先を動かすこと無く斬られるままに任せた。
だがルカは両断されない。身に纏った炎の鎧がそれを許さない。
肉を切らせて骨を断つと言わんばかりに、咆哮する赤い鬼が白騎士に辿り着いて炎の剣を振るった。
スピードはあちらが上でも、出力はルカの方が上だ。
捉えた! と思った次の瞬間、白騎士が残像を残す。ルカから大きく横に離れた位置に移動していた。
速い。ルカと同じように自分の体にも魔剣と同じ効果を持たせられるのか。
直角に曲がった白騎士がルカに向かう。真横からルカの首目がけて一直線だ。
白い軌跡が宙に刻まれる。
「ム!?」
白騎士が狙いを外す。直前で首元に迫ったオレンジと褐色のブーメランを、躱さざるを得なかった。オミナが変形したブーメランが通り抜けた後、白い騎士の顔にルカの拳が力の限りぶつけられた。
白い騎士が崖に吹き飛ばされて地面を転がる。
「ヘルフレイム」
レーヴァティンが今度は相手を逃さない。炎の渦が白騎士を呑み込み、真夜空に火柱が昇っていく。
「何だよっ!?」
ルカの苛立たしい声が響く。炎の渦の中心で白騎士は、燃えることなく立ち上がって白い剣を構えていた。白い大剣から光が発せられて全身を覆っていく。
直接自分に向けられたわけではないのに、全身が総毛立つ。すぐに光の顔を思い浮かべた。気を強く持たないとまた気を失いそうだった。ヤバいのが来る。
「だけど、もう詰んでるぜ!」
旋回するオミナのブーメランを見て俺は拳をギュッと握った。
白騎士が立つ地面がグラリと傾く。
「ナニッ!?」
白い騎士とルカの間を戻って来たオミナのブーメランが切り裂いていた。
「やった!」
空中で変形を解いたオミナが喜びの声を上げる。
山から切り離された岩と一緒に落ちていく白騎士。
すぐに攻撃を解除して飛ぼうと身構える。
そこを俺の手作りブーメランが狙う。
今度も狙いは完璧だった。だが案の定、白騎士は最低限の動きだけで躱す。
ブーメランは、ね。
「ンン!?」
白騎士の顔に布が被さる。ブーメランの切っ先に取り付けた物だ。
なんてことはない、ただの布さ。ダメージなんて全くないだろう。
白い騎士は煩わしそうに布を手に取ろうとして、
「キャアアアッ!」
ひどく間抜けな声をあげた。
顔から布を引き剥がすとそこには茶色い塊がある。
俺の排泄物だ。うん、さっきビビりすぎて漏らしてたみたい。
「くっせえなっ!」
俺の下着を手に持つ白騎士をルカが見据える。
生じた一瞬の隙を彼女が逃すはずも無い。
黄金の瞳が輝き、獰猛な笑みが浮かぶ。
「お前もいつまでそれ手に持ってんだよ!」
ルカがレーヴァティンを大上段に構える、先ほどの白騎士と同じ構えだ。
「確か、こんな感じか?」
振り下ろされる赤い軌跡。炎の刃が白騎士へと飛ぶ。
文字通りの物まね。スピードは到底及ばない。それでも今までのルカに無い洗練された動きがあった。初めての技術にも関わらず、見事な戦闘センスで容易く形にした。
炎の刃に切り裂かれた白騎士は飛び跳ねるタイミングを失う。
落下して視界から消えていく白騎士。
「ざまあみろっ! うっ!?」
胸から体全体に衝撃が走る。
「ゲホッ!?」
喉から勢い良く吹き出した鮮血に、慌てて胸元に視線を落とす。
白い大剣が突き刺さっていた。
いつの間に?
「シアンッ!?」
「ちょ、ちょっと!」
血相を変えたルカとオミナが駆け寄ってくる。
あ、そんな顔してくれるんだ。優しいですね。
体から力が抜けて仰向けに倒れる。
空は真っ暗で何もない。
白騎士に腹が立つ。何で俺を狙ってんだよ。
そんなにウンコがむかついたのか?
「しっかりしろ!」
「バカ! 油断すんな!」
二人が俺を見下ろす。忌々しそうに俺の傷口を見るルカと、目に涙を浮かべているオミナ。そんな二人の顔が徐々にぼやけていく。真っ暗の夜が俺の視界にどんどん広がっていく。
「シアーー」
二人の声も聞こえなくなる。
今度こそ死ぬのか? こんな所で?
反省したつもりだったのに。一生懸命やれることをやったつもりだったのに。
はは、やっぱり現実は甘くないな。特別な主人公はそうそういないか。
俺は歴史に選ばれていなかったみたいだ。
最後には下半身真っ裸で可愛い女の子二人に看取られるって、どんだけ情けないんだ。
しかも、光を助けられなかった。悔しいなぁ。せめてルカ達が母親を助ける方法を発見して帰ってくれればいいな。
世界が真っ暗になっていく。内側までまっ暗に染まる。
音も匂いも何も感じられない。
世界から自分の存在が切り離されていく。
俺は本当に死ぬんだな。
ああ、死にたくない。
「おいら、待ちくたびれたぞ。シアン」
舌足らずな明るい声がした。
「すまんな。正直、本当にここに来れるのか疑ってた」
聞き覚えの無い声だ。
「彼女は太鼓判を押していたけど、おいらはシアンのことよく知らんし、不安で不安でしょうがなかったぞ?」
ため息が漏れる。
「何だよ〜おいらにはもうシアンしかいなかったんだから、気持ちぐらい察してよ。待ってるだけなのは辛いんだぞ?」
ようやくか。
「うん? そうだな。ようやく一歩目だ」
ようやく、会えたな。
視界が開ける。
最初に、白い柱が何本も見えた。それが神殿の柱だと気づくのに時間はかからない。
ただし、外側から見た時と違って、柱と柱の間が明るい。
続いて下を見ると、真っ白い大理石が敷かれている。
辺りを見回す。俺は神殿の中にいるようだ。
「おいらはこっちだ」
後ろから声がして振り返る。
神殿の奥にはあるはずの祭壇はなく、石でできた玉座があった。
幼い少女が足を組んで座っている。
肩まで伸びた艶やかな銀髪。卵のようにまん丸い顔に、少し垂れ目の赤い瞳。口元はニンマリと笑みを浮かべている。背丈も低く、見た目は完全に小学生だ。ギリギリ高学年か。子供の愛らしさよりも、近づきがたい高貴さが感じられた。幼い少女は、あまりに不釣り合いな、所々ほつれた古いローブを着ている。
「おいらのこの姿を見せるのは初めてだったな?」
祭壇の上で偉そうにふんぞり返った幼女。
無防備な姿勢でありながら、所作の一つ一つに隙が感じられない。
「おいらがサーファイス。七大悪魔の一角、『髑髏騎士』の異名を持つぞ」
そう言って幼女は目を細める。愛らしい笑顔。ロリコンでは無いが、父性というものが刺激されて頭を撫でたくなる。
けど、騙されてはいけない。
「サーファイスって頭も両手も両足もないはずじゃ……? ニセモノか!?」
「ニセモノなわけないだろっ!」
幼女が身を乗り出して否定した。
「いつもこうだ! こっちがせっかく場を設けて自己紹介してるのに、すぐ疑うのは良くないと思う。本人は傷つくんだぞ? あ〜あ、だから滅多に人前にこの姿を出さないんだよ〜他の七大悪魔には、『引きこもり』のサーファイス、なんて言われる始末だ。悲しいんだかんな?」
幼女は涙目で抗議してくる。完全に親の前で拗ねてる子供にしか見えない。
何だか癒やされた。そして改めて思う。
どこが髑髏騎士じゃい!
死んだと思ったら、七大悪魔登場!