サドカイ人とパリサイ人
わたくしとアニーさんは、ウェストハーロー地区の一角、ブリックズ街の雑居ビルにやってきました。この地区は、率直に申し上げて廃棄地域でございます。いわゆるスラム、インナーシティというものでございますね。目の前の建物も、ご多分に漏れず煤けてるというか。ずいぶん古い建物のようです。入り口には”William A. Ladd’s Road Utility Service”と書かれた看板が掲げられています。あぁ、それでセイウチですか。表向きは流通の会社を営んでいらっしゃるご様子。
看板の下、入口には目つきの悪い男共が二人いらっしゃいます。背の高いのと低いののコンビですね。以前見た双子の映画を思い出します。
「うーわー、あの人達の目つき怖いヨ」
「ですね」
「中に入れてもらえる、のかイ?」
「正面から入るのは厳しそうですねえ」
「デモ、話を聞くには正面から行くしかないのでナイかとボクは思いマース」
「うーむ。ここはアニーさんの手管でなんとか中に入れませんかねえ」
「Fuuuuu.OK!やってみまショウ!」
アニーさんが、イカツイ方々がいらっしゃる方に向かわれます。けしかけておいてなんですが、大丈夫でしょうか。
「お?なんぞ兄ちゃん」
マフィア(大)が、アニーさんに気づきます。
「Fu! Man in the Mirror , Po!(意訳:こんにちは!お兄さん!)」
「I'm asking him to change his ways,uh! Hey! Hey!Guys?(意訳:君はココのビルの関係者カナ?)」
黒服の方々はさすがに面食らったようです。というか、今の歌とダンスを会話と認識してくれるでしょうか。
「おうよ。ここは俺達セイウチの事務所だ」
通じるんですね。さすが、音楽は世界共通語です。
アニーさんが、サングラスをちらっと外して顔を見せます。彼の背中がおもむろに輝きだすのがわかります。カリスマ8割増です。
「お?なんか兄ちゃんどっかで見たことある顔だな」
マフィア(小)が、アニーさんの正体に気づいたようです。
「Shiiiiiii――――。ちょっとココの偉いヒトに会いたいんダケド、会えるカナ?」
「偉い人といってもたくさんいるんだがなぁ。誰に用事だい」
「一番偉いヒトに会いたいんダヨ」
「:まぁ、ボスもファンだって言ってたしな。いいよ、通りな」
「Thank you-!↑」
アニーさん、輝いていらっしゃいます。
「彼はトモダーチダヨ!」
付き人の体で、私も入れていただくことにいたします。
「:おう、まあいいだろう。ボディチェックはさせてもらうぞ」
「OK!」
アニーさんは、かぶっていらっしゃった白い帽子をマフィア(大)に渡しています。わたくしは、護身用に拳銃を持っているのですが、没収でしょうね。
言われる前に胸元から取り出し、銃把を向けてお渡しします。
「Oh、シャイロック物騒なモノ持ち歩いてるネ…」
「大事な相棒でございまして」
「悪いがこいつは回収させてもらうぞ」
マフィア(大)はアニーさんに帽子を返し、わたくしの拳銃を没収します。
建物の中に入りますと、女性が出ていらっしゃいました。案内の方らしく、複雑怪奇な道筋を通って目的地へ先導してくださいます。やがて目の前に、ひときわ重厚な扉が見えてきました。
ドアを開けた先は、開けたオフィスでございます。いわゆるステレオタイプなボスの部屋、というやつですね。中央のデスクには、恰幅の良い、長く反り返った髭の人物がいらっしゃいます。恐らくこの方がセイウチ氏なのでしょう。なるほど、セイウチの由来は、見た目にもあったのですね。
彼は書類から目を上げ、こちらをご覧になります。アニーさんに目を留め、嬉しそうな顔で立ち上がって、握手をなさりました。
「アニーさんか、一度あってみてぇと思ってたんだ。わざわざきてくれたのは嬉しいが、いったいどうしたんでぇ」
「Oh、実はアナタに折り入ってタノミゴトがあってネ!」
「ほう?頼みとはなんじゃい」
「単刀直入にイウヨ。レッド・スターを分けて欲しいネ」
セイウチ氏は、少し困った顔をなさいます。意外と愛嬌があります。
「レッド・スターか。あいにくと今は在庫がはけちまっててな」
「What!?アニーの家で今度Partyがあるんだケド、そこで振る舞いたいカラ、たくさんManyMany欲しくて。アナタ達に会えば直接買えるって聞いたンダヨ」
「おやおや?スターの家でそんな危険なパーティーを開いちまうっていうのかい?こいつはスキャンダルだな」
「危険?皆美味しいっていってるヨ?キット大丈夫ダヨ!↑」
「いいねぇ、アーティストってのはそうでなくちゃな」」
「Yeah!せめて、どこに行けば買えるのカ、教えてくれないカイ?」
「そうだなぁ。今は在庫が無いが、明日の晩、ハーローパークの横で仕入れがある。そうすりゃ分けてやることができるぜ」
「Oh,Wow.分けてくれる人たちから直接買うことはできないのカイ?」
「こらこら、そしたら俺達の上がりがなくなっちまうじゃねーか」
「確かにソウダ。SorrySorry」
「悪いなぁ、そういうわけで明後日まで待ってくれや。代わりといっちゃなんだが、なんか買っていかねぇか?そこので良ければ売るぜ」
セイウチ氏が指した先には、大きな木箱がいくつかありました。商品のサンプルと思しきものが乱雑につめ込まれています。
「シャイロックさん質屋ダヨネ?」
「そうですね。目利きはできるつもりですよ」
「何か買ってッタラいいんじゃナイカイ?」
アニーさんはあまりマフィアのの流通品にはお詳しくない様子。十中八九まともな品ではないんですよね、こういうの。ま、わけあり品ならそれなりの使いようもありますか。
「そうですねえ、主にどのようなものを扱っていらっしゃるのですか?」
「まあ俺らが扱っているモノは、だいたいどこのマフィアも扱ってるもんだからなぁ。サブマシンガンとか手りゅう弾とか…」
あら物騒。
「アニー的には武器は欲しくないケド、シャイロックが欲しければ買ッテもいいんじゃないカナ?」
「そうですね、ではお言葉に甘えて」
箱に近づいて開けてみると、本当に様々なものが雑多に積まれておりました。平積みの一番上は、大きな軍用拳銃。手にとって見ると、ずっしりとした重量を感じます。
「威力高メ?」
「高そうですね」
せっかくですので、他の皆さんのおみやげにも買って帰れないでしょうか。別に後で利ざやを抜くつもりはありませんよ。サンプルを見せて、在庫はないのかセイウチ氏にお尋ねします。
「予め言ってくれりゃぁいくつでも仕入れてやるけどなあ。とりあえず今手元にあるのは一丁だな」
「ではこの一丁、頂いてもよろしいですか?」
「かまわんよ。値段はこんなもんかな」
電卓を叩いてお見せ下さいます。払えない額ではないですが。今後のためにも、少し節約しておきたいところですね。
「少しお安くなりません?具体的にはこれくらい」
電卓を叩いてお返しすると、セイウチ氏の眉間にシワが寄ります。
「おいおい爺さん、盗品を値切るなんて大したタマだよあんた。まあ割り引いてはやらねーけどな」
セイウチ氏の表情が少々穏やかならないようです。意外と手堅い商売をされる方でしたか。
「すいません、ちょっと耄碌しておりました」
慌てて代金を置き、挨拶もそこそこに退出します。逃げるようにビルから離れ、1ブロックほど移動してから一息つきました。
「申し訳ありません、アニーさん。欲をかいて台無しにしてしまいましたね」
「Non. 気にしないでヨ」
アニーさんはそう言ってくださいますが、当初の予定より大幅に早く切り上げてしまいました。話を長引かせて、チャーリーさんやピーターさんの合流を待つつもりだったのですが。予定の変更は避けられないでしょう。
あぁ、商品の検品もせずに買ってしまいた。軽く触った感じでは、問題はなさそうですが。サンプル品で、盗品です。何が起こるか。家に帰って調べなくてはなりませんね。
本当に耄碌したものです。