両替商と鳩売り
俺はピーターのアパートの前に来ていた。住所はここで間違いねぇ、昨日確認済みだ。もちろん穏便な手段でだ。あざが見える場所は殴ってねぇしな。
ところが、何度ベルを鳴らしてもででこねぇ。居留守臭かったので、管理人に警察手帳を見せて、解錠させた。国家権力バンザイ。逃げようとしていたのだろう、外出着姿のピーターが窓に足をかけているところだった。開いたドアと、そこに立っている俺の姿を見て、奴は固まった。
「ほう、準備万端とは感心なことだな、ピーター」
ぎゃあぎゃあとうるさかったんで、絞めて眠らせておく。ピーターを引きずって警察署に向かうと、入り口すぐで顔見知りの署員に会った。アルファってアダ名のグリースボールだ。ちなみにもう一人、ブラボーってウォップもいて、俺を入れて3バカなんだそうだ。所長がややこしいからやめろって言うんで、あえて使い続けているらしい。おれのは本名なんだがな。
「おう、チャーリーどこ行ってたんだ?今、勤務時間中じゃなかったか?」
「おう、ちょっとな。パトロールだよ」
「あー、いつもの居酒屋めぐりな」
「情報収集って言ってくれよ!市民とのコミュニケーションも大切ってな」
「もちろんだ。実は俺も情報収集帰りだよ」
相変わらずくそったれで最高な署だぜ。
「そういやお前、”フォックス”って居酒屋知ってるか?」
「おお、まあまあ安くていい酒出すぞ」
「最近行ったことあるか?」
「いや、俺がいつも出入りしている店じゃないからな」
「一度行ってみろよ。昨日行ったんだがな、めっちゃ安くて美味い酒が飲めだぞ。俺ぁあんな美味いバドワイザー初めて飲んだぜ」
「ほぉ。そりゃあいいな」
アルファの口元がニヤける。今夜辺り行くつもりかもな。
「ところで、聞きたいことがあるんだが。イワン・イワノビッチってロシア人の情報を持ってたりしないか?
「イワン・イワノビッチか。ちょっと待ってな、照会してみる」
話していた階段の下、書庫に引っ込んで数分、すぐにアルファが出てきた。
「あったぜ。イワン・イワノビッチ。どうもソ連海軍の原子力潜水艦”K-218”の乗組員だったらしい。アメリカ近海の沈没事故により発狂、とあるな」
「ほう」
「その後ネイビーに救出されてアメリカに亡命したことになっている。警察の監視付きの生活を送っていたらしいが、まぁ利用価値が無かったんだろうな。もう監視は外れているぞ。現在は所在不明ってことだが。まあ浮浪者同然の生活を送っているんじゃないのか?いまどき多いぜ、元ソ連軍人の浮浪者なんて」
「そうか」
レッド・スターのことも聞いておくか。
「お前、レッド・スターって知ってるか?」
「ああ、最近アル中がよく持ってるやつだな」
「そのレッド・スターを回していたのが、どうもこいつらしいんだわ」
「そりゃ本当か?こいつもアル中だから持ってただけじゃねーのか?」
アルファは、仕事を増やしてくれるなよ、といった顔でこっちを見ていた。
「ああ、まあな。そこはわかんねーんだけどよ。なんか面倒な感じがするぜ。あと、セイウチなんだが」
「おう、あのマフィアな」
「ああ。セイウチに何か大きな変化はあったりするか?」
「最近熱心にレッド・スターを売り歩いているらしいけどな。奴らがどこから仕入れているのかイマイチわからん」
アルファがピーターに気づいたようで、しゃがみこんで顔を覗き込む。
「この兄ちゃんナニモンだ?」
「おう、こいつ下着ドロの現行犯なんだわ。俺が捕まえた」
「ああ、そんなことしそうな顔してるなコイツ!」
「でもコイツ馬鹿でな。ネーチャンのパンティーのつもりが旦那のブリーフ盗っちまったんだぜ!」
「そいつぁ自分で履いたら履きやすかったろうなぁ!」
二人でひとしきり馬鹿笑いしていると、ボソリとピーターがつぶやく。
「…ふざけんな糞警官」
こいつ、起きてやがったか。まぁそ糞なのもふざけてるのも間違っちゃいないがな。ケツを警棒で叩いて立ち上がらせる。
あと調べられることは、”レッド・スターを飲んだ奴が消えている”って噂についてか。
「そういやよぉ、レッド・スターって、俺も実物を見たことはあっても飲んだことはねーんだ。”レッド・スターを飲んだ奴が跡形もなく消えている”って噂が本当だとして、奴らどこに行っちまうんだろうな?」
「跡形なく消えてるぅ?お前何言ってんだ?」
アルファは呆れ顔だ。
「酔っ払いが飲んでるだけだろ?お前ココ来るまでに酒飲み過ぎてるんじゃねーのか?」
まぁ俺も、あのトイレでの出来事は半信半疑だしな。
「ああ悪い悪い。ちょっとな」
「酔っ払いだったらパークに掃いて捨てるほどいるからよ、そいつらに訊いてみたらどうだ?」
「そうだな、ありがとよ。そんじゃ、ちょっくらパトロールに行ってくるわ」
アルファに別れを告げ、入り口を出て大通りへ向かう。さて、次は新聞社だ。ぐずぐずしているチャーリーを警棒でつつきながら、俺は冷え込んだ歩道を歩き始めた。