律法学者
次の日、俺は下水道処理センターの前にいた。大きな建物だが、随分老朽化が進んでいるようだ。あちこちにひびが入っており、灰色の充填剤がそれをますます目立つものにしていた。
門をくぐってセンター内に入る。水道局の本庁に問い合わせて、ボブがこのセンターで働いていたことは確認済みだ。受付の女性が、ガラス窓から声をかけてくる。
「いらっしゃいませ、どちらに御用ですか?」
「俺の友人のボブ・ゲイリーって奴が、ここで働いてるって聞いてきたんだけど。所属は保守管理検部管路管理係」
「ボブ・ゲイリー、ですね?どういったご用件でしょう」
「ボブが最近仕事に出てるかってのを聞きたいんだが」
「かしこまりました。管理棟へどうぞ」
案内された管理棟では、建物の外見にそぐわず先進的な機械管理がなされているようだった。中央管理なのだろう、壁一面にゴッサム・シティの地図がディスプレイされ、埋め込まれたランプのいくつかが明滅している。
水道局の職員が、部屋を頻繁に出入りしている。立っていると、一人の職員がこちらに気付き、話しかけてきた。
「どうしました?」
「いや、ちょっと話を聞きたくてな。ここでボブが働いているっていう話を聞いてきたんだが」
「ボブ、というとボブ・ゲイリーのことですかね。ええ、ボブは私たちの同僚ですよ」
「最近仕事には出ていないと思うんだけど、どうかな?」
「ああー、ここ3日程出勤してないですね」
3日程?
「3日前まではここに来ていたということで間違いないか?失踪の可能性があるんだ」
「失踪ですか?」
「あぁ。何か休暇届出のようなものは出されてなかったか?」
「いやあ、そういうのは特段聞いてないですけどね」
「そうか。最近彼が働いているときに、気になることを言ってはいなかったか?」
「気になること、って何ですか?」
「私は探偵をやっているのだが、この事件について手がかりが欲しくてな。彼についての情報があれば何でもいいので提供して欲しい」
「あぁそういう。そうですね、すごく飲む人、ってぐらいかなぁ」
「仕事中も飲んだりするのかい?」
「いやあ、ささすがにそれは無かったですよ」
「失踪するような原因に心当たりとかは?」
「プライベートな付き合いはあんまりなかったですからねえ。これといって思いつかないなぁ」
ヒントぐらいは、出てくるかと思ったんだが。
「この保守管理部ってのはどういった仕事なんだ?」
「ああ、要は下水管の管理ですよ。下水が無ければ都市機能ってのは維持できないですからね。最近は中央管理が進んで、現地施設は全部閉鎖してここだけで管理ができるようになったんです。楽な時代になったもんですよ」
「ボブは、コンピューター関係の仕事をしていたってことか」
「いや、彼は現場担当ですね」
「現場?ってことはあちこちに移動していたのか」
「そうですね、基本外勤ばっかりでしたよ」
「いなくなった前日、彼が行った現場はわかるか?」
「どうでしょうねぇ。上長に許可を貰わないと調べられないかなあ。そもそも、仕事中に居なくなったわけじゃないんでしょ。失踪とは関係なくないですか」
「うん、だがどんな情報が役に立つかわからんからな。ボブのデスクとかはあるか?」
「あるけど、流石に外来の人に書類を見せる訳にはいきませんよ」
「彼についての情報が欲しいんだ、頼む」
「そういうのは警察通してやってくださいよ。警察通して」
…不良警察官でもよろしければ、今度連れてきますが?
さて、そろそろこの職員からの聴取は終わりか。といっても、これからあちこち歩きまわるのも面倒だ。そのとき、ドアの奥での会話が聞こえてきた。
「うーん、今月は詰まってることが多すぎやしないか」
「あぁ、やっぱり機械は信用ならんぜ。センター長はなんでもかんでもコンピュータ化って言ってるけど、IBMから金でも貰ってるんじゃないか?」
「一度総点検せにゃならんなぁ」
「ったくめんどくせえ!俺たちの知ったことじゃねーよ。センター長がやればいいんだ」
排水が詰まってる?ドアをくぐって、話している職員たちに尋ねる。
「失礼、排水がどこで詰まってるって?」
「ああ?何だアンタ!部外者が入っちゃ困るよ!」
「なに、怪しいものじゃない。どこにでもいるただの私立探偵さ」
「誰か!警備員!」
さて、これでもう少し事情に詳しい方にお集まりいただけるだろう。何を質問しようか、考えをまとめることにする。