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契約の血

 「俺は早く酒が飲みたいから、早速フォックスに向かうぜ!おまえらはどうするよ?」

 ゲイリー家を出て早々、チャーリーが言い出す。

「ソシタら僕も居酒屋に行こうカナ!」

「おう、キングもわかってるじゃないか。もうこんな時間さ。とりあえず酒酒!早く行こうぜ!」

 先に職場に行って、ボブの同僚から聞き取りをする手もあったのだが。言ってもチャーリーは意見を変えないだろうな。

「とりあえず居酒屋を捜査することにしようか」

「おう、みんなノリがいいじゃねえか!」

「Let's GO!」

「俺の車で送ってってやるぜ!」

 警官が、近くに駐めてあった車のボンネットをバンバンと叩く。パトカーだった。

「この車、5人は乗れないヨ!」

「フォックスはここから徒歩でいける範囲内だよ。というか、おい、警察官」

「あん?」

「どうせお前、これからアルコール飲むんだよな?」

「ああ」

「運転なんかしたらまずいんじゃないのか?」

「気付け薬を飲むだけさ」

「…この街は、もう少し飲酒運転に厳しくなるべきだと思う。事故でも起こして退場したらやっかいだ。徒歩で行くぞ」

「この車なら、検問にも引っかからないんだがなぁ」


 シティの中央、マンション地区からフォックスについた時には日が暮れ、あたりはかなり暗くなっていた。フォックスは、真ん中の扇形になっている公園、ハーローパークの正門横にあった。立て付けの悪いドアの奥は暗く、あまり柄の良い店には見えない。客は入りはまあまあのようだ。入り口の直ぐ側に女性店員と、奥のバーカウンターに店長とおぼしき人物がいた。こちらに気づいたウエイトレスが、テーブルに座った俺達の注文を取りに来た。

「酒場に来たんだ、とりあえず何か頼もうか。俺はアンカスティームを」

「なにそれ。カクテル?」

 ウエイトレスが、怪訝そうに言う。

「ビールなんだが」

「バドワイザーしかないわよ」

 皆がにやにやしている。くそ、ビールの種類も選べないのか、この酒場は。

「…じゃあバドワイザーで」

「俺もバドワイザーでいーよ。瓶でくれ。瓶一本」

「お二人はビールね。はーい。ほかの人は?」

「ミルクあるカイ?」

「ミルクゥ?ハァ、まあいいけど」

「Thank you!↑」

「俺もバドだ。とりあえずビールだ、ビール持ってきてくれ」

チャーリーが、机を叩きながら注文した。

「ところでお嬢さん、聞きたいことあるんだが」

「そちらのおじいさんの注文まだ聞いてないんだけど」

 この店員、私に冷たい気がするのだが。シャイロックが、一番安い酒を、と注文しているのを聞きながら、周りくどい聞き方は逆効果だと推測する。注文が揃ったところで、ストレートに質問した。

「ところでこの店では、レッド・スターは扱っているか?」

「レッド・スター?ごめんなさいそういうことは私じゃわからないから、店長に聞いて」

「…じゃあいい。とりあえず頼んだドリンクをお願いするよ」

「はーい」


 店員がカウンターに戻ったあと、周囲を見回してみる。レッド・スターを飲んでる客がいるかどうかを調べるつもりだったのだが、どうやら見当たらない。思いの外早く店員が戻ってきた。グラスを並べていきながら、店員が話しかけてきた。

「男5人で酒飲みに来るなんて、なかなか珍しいわね」

「まあいいじゃねぇか、たまにはこんな客が来たって。とりあえず酒だ酒、酒!酒早くくれよ!」

 チャーリーが、札を筒のように丸めて彼女に押し付ける。さっきのキャロラインからの借り入れは、このためだったか。

「はいはい、どうぞ」

「それじゃっ、訳もわかんねーが俺たちの出会いにカンパーイ!」

「Cheers!」

「とりあえずな。乾杯」


 一口のんで驚いた。かなりうまい。バドワイザーなのに。チャーリー、ピーター、シャイロックも同じように驚いている。

「うっっまいなアー!このビール!!」

「What's?ミルクは普通ダヨ」

 アニーだけが、不思議そうな顔をしている。

「おい、この酒めちゃくちゃうめぇじゃねーか!おい!ねーちゃんねーちゃん、これただのバドワイザーか?」

「ええ、そのはずだけど」

「バドワイザーがこんなにうまいなんて初めてだ!おいモールス、この酒どう思うよ?」

「俺が知ってるバドワイザーとは味が違う気がするな」

「シャイロックの爺さんの安酒も美味しいカイ?」

「ええ、この値段にしてこの味は破格だと思います」

「Ohh」

「ちょっとマスターに話を聞いてみるか」

 マスターは奥のカウンター奥にいたはずだ。話を聴きに立ち上がるが、他の面々は座ったまま。

「うん。じゃあ俺バドワイザーおかわり」

 何が”じゃあ”だ、この不良警官。何しに来たと思っている。あぁ、そういえばこれは、彼にとっては懇親会だったか。アニーは行かないだろうな。ピーターにも動く気配がない。既に調査班が瓦解している気がする。シャイロックだけが無言で立ち上がってついてきた。少しうつむき加減なのが気になるが。


 ピーター、アニー、チャーリーを残してカウンターへ向かう。

「チャーリーいかないノ?」

「チャーリーは酒を飲む!」

「つまみも頼もうぜ!」

「そうだな。俺フィッシュアンドチップス頼むわ」

「おいおい、ここはイギリスじゃねーぜ!Hahaha!」

 後ろからピーターとチャーリーの馬鹿笑いが聞こえてきた。あの二人の悪乗りは処理しきれん。アニーには気の毒だが、少しの間お守りをしてもらうことにしよう。

 歩きながら、店内の様子を探る。部屋は暗く、見通しがきかない。どたどた、と足音がした方向を見ると、男が一人、トイレに入って行った。ひどく酔っているようだ。他の酔っ払いたちは、口々に好きなことを言っていた。

「ついに悪の帝国ソ連を倒したぞー!アメリカばんざーい!」

「アメリカばんざーい」

「くっそー!日本車のせいで俺は失業したんだジャップ共め!」

「ほんと日本車は糞だよな!やっぱキャデラックが最高だぜ!」

「車はアメリカの発明なんです!」

 蒸気自動車はフランス、ガソリン自動車はドイツの発明なんだがな、突っ込むまい。


 カウンターに辿り着いた我々は、奥に声をかける。

「マスター」

「いらっしゃい。どうしたんだい?」

「いや、酒がなかなか美味くてな。ちょっと話を聞きに来たんだが。これ本当にバドワイザーなのか?」

「おお!まあそういう話はもう一杯飲んでからだな!何を飲むんだい?」

「ん、そうだな。ではマスターのオススメをひとつ頼もうか」

「安くて酔えるんだったら、ウォッカカクテルがおすすめだ」

「値段は特に気にしない。マスターの好みでいいよ」

 これでレッドスターを出してくるなら話が早いのだが。奥に引っ込んだ店主が、戻ってきてグラスを置いた。予告通り、ウォッカカクテルのようだ。グラスと交換にドル札を渡す。

「シャイロックの爺さん、とりあえず、乾杯だ」

「乾杯」

 すこし口をつけて、すぐにグラスを置く。それにしても、あいかわらずうまい。シャイロックがマスターに尋ねた。

「それにしてもマスター、こちらのお酒は安いのに随分と美味しい。何か秘密でもあるのか?」

「ん?そうだろ。なにせ特製だからなぁ!」

「是非うちの店で扱ってみたいと思ってましてね。どうでしょう、そのあたりのことをもっと詳しく教えてくれませんか」

 顔を上げたシャイロックの顔色は変わっていないものの、目がすわっていた。

 あれ?爺さん酔ってる?

「おいおいシャイロックさん、いきなり同業者に、そんな儲かる話を教えてくれるわけないだろ?」

「まあカクテルのレシピは秘伝だからな。そう簡単に教える訳にはいかねぇよ」

「だろうな。しかし、あれだけうまいんだ、材料も特別なのか」

「ん?ああ、普通の材料しか使ってないぞ」

 店主は少し言いよどむ。


 話しているうちに、いつの間にかシャイロックの前に空きグラスが並んでいることに気づく。かなり飲んでしまっているようだ。”ふぁんぶるが…”とかなんとかつぶやいていたが、呂律が回ってない。

「シャイロック、大丈夫か?こんなところで酔っぱらっちゃまずい」

「まだまらわかいひとにはまけましぇん」

「大丈夫じゃないじゃないか」

「そうだなぁ。マスター、俺もこんな美味い酒、毎日でも飲みたいって思うんだよ。一杯おごるからさ、美味しくなるコツを教えてくれないか」

「そうだな、まあちょっと特別なものをまぜてるのさ」

 マスターは気が良くなったようで、会話に乗ってきた。

「そうすればみんな、毎日でも来てくれるだろう?やっぱり酒場は、美味い酒を売ってなんぼだからな}

「それは?私の家でもそれを加えれば、一味違って美味しくなるということか?」

「さぁ、そいつはどうか知らねえなぁ」

 ヒントは出てきたが、切り崩すには時間がかかりそうだ。マスターが他の客に呼ばれて会話が切れた。情報を報告するために、一度テーブルに戻ることにする。


 テーブルでは、あいもかわらずチャーリーとピーターで酒を飲んでいた。アニーがニコニコと二人の会話を訊いている。

「うっぷ、ビール飲み過ぎた。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「チャーリー飲み過ぎだヨ…」

「おいおい大丈夫かよオッサン」。

「悪い、出そう。俺も歳かな」

「出る?吐くノ?下から出すノ?」

「下からに決まってんだろ!」

「おやおやアニー様も、なかなか汚い言葉を使うじゃないか」

「What?上からだったら介抱しようと思っただけダヨ!」

 私達の着席と入れ替わりで、チャーリーがよろよろとトイレへ向かった。目が据わっているシャイロックを座らせてから、アニーとピーターに情報を伝える。ふたりとも、やはり怪しいと感じたようだ。話をひと通り伝え終わったところで、チャーリーが千鳥足で戻ってきた。酒が抜けていないようだから、”下から”という宣言は嘘ではなかったようだ。


 着席して開口一番、チャーリーがとんでもないことをいい出した。

「おい、聞いてくれよ!今トイレ行ったんだけどよ、俺の前に入っていった爺さんがいたの見たか?」

「いたカナ?」

「いたかもしれんけど…それがどうした?」

「おうおう!摩訶不思議…Oh、プリンセス・テンコーみたいなやつだったぜ!」

「What?」

「俺がトイレに入った瞬間その爺さん、水になって消えちまったんだ!」

 チャーリーの話によると、トイレの個室のドアが一つ、開け放たれたままになっていたそうだ。瓶を抱えた酔っ払いが便座に腰かけていたという。酔っ払いがそのビンの残りを一息に飲み干すと、みるみるうちに透明な液体になって溶けていったらしい。老人だったモノは、そのまま便座の中へ落ち、後には何も残らなかったとか。。

「お前、そんな光景を見て、何も感じなかったのか」

「いや、最初は映画の撮影かなんかだと思ってな。尿意も止まらんかったし。飲みすぎて幻覚を見たのかとも思ってさ」

「それで、その便所には、何も残っていなかったのか」

「覗きこんだんだがな、誰もいなかった。便座の中も、普通の水だったぜ」

「普通の水ってなんでわかったんだよ?」

「舐めたから」

 全員がむせた。

「チェイサーだ、チェイサーだと思ってな」

 照れた顔で言うチャーリーの両隣、ピーターとアニーが少し椅子をずらし、チャーリーから距離をとった。

「チャーリー、冗談はやめてくれよー」

「飲み過ぎじゃないのカイ?」

 チャーリーも、言いながら自分で信じられなくなってきたらしい。

「はっはぁー!すまんすまん、ちょっとしたジョークだ」


 マスターがテーブルにつまみを運んできた。混んできたようで、さっきのウエイトレスは店の中を忙しく飛び回っている。ちょうどいい、このマスターのほうが話しやすい。

「マスター。ちょっと聞きたいことがあるんだけどな」

「なんだ」

「この警官とよく飲みにきてた、ボブってやつのこと、なんか知ってるか?」

「ボブか?よく来てくれていたな。ここ数日は見てないが」

「何か変なこと話してなかったか?今あいつと連絡がとれなくなってるんだ」

「失踪か?どっかでのたれ死んでないといいけどなぁ」

「いやいや、さすがにそんなことはないだろう」

「酔っ払いののたれ死にならそこら中であるぜ。見たきゃ、隣のハーローパークに行きな」

「いや実はな、失踪前にボブがレッド・スターをよく飲んでたって聞いたんだ」

 レッドスターの名前を聞いて、店主は少しバツは悪そうな顔をした。

「おお、レッド・スターか」

「この店でレッド・スターは出して無いか?」

「前は出してたんだがなぁ。あれは駄目だな、強すぎる。何せ客が片っ端からくたばっちまうからなぁ。今はやめたんだよ」

 そのくたばるって、酒で潰れるって意味だよな?

「レッド・スターを彼がどこから買っていたのか、全然わからなくてな。もしツテがあるのなら、教えてくれないか」

「レッド・スターか。んー、なんて言ったかなぁ。そうだ、最初はイワン・イワノヴィッチとかいうロシア人が売り込みに来てたんだよ。途中からバカ売れし始めてなぁ。そしたらマフィアが絡んできて、今じゃセイウチ・ファミリーから仕入れてるぜ」

「マフィアが売りさばいてる酒、か」

 きな臭くなってきたな。

「マスター申し訳ないな。あまり訊いてははいけないことを話させたようだ」

「いや、気にせんでくれ。ところでさっきから気になっているんだが、爺さん大丈夫か?黙りこくってるが。死んでないよな?」

 泥酔いしてるからな。

「おいシャイロックさん、大丈夫か、おい!」

 話しかけれられたシャイロックは、何か言おうとして口を開け、それからしゃがみ込む。  嫌な音とびちゃびちゃという音、饐えた胃酸の匂いが立ち上がった。

「おいおいおいおいオッサン!!」

 店主が、うんざりした顔で怒鳴る。

「おおおおい爺さん!マスター、なんか布巾みたいなの持ってないか?」

 店主に声をかけた途端、またテーブルの下から吐く音が聞こえた。

「おいおい、あんたがたなぁ…」

「すまん」

「メアリー、掃除」

 さっきの女性店員が、モップを持ってやってきた。

「チッ。これだからジジイは嫌なのよね」

「申し訳ないお嬢さん。爺さん、吐くんだったらトイレに行ってくれ」

 シャイロックは相変わらず顔色だけはそのまま、こくこくと頷いてからトイレに歩いて行った。

「さてマスター、特にここ最近何か変わった話はないか?噂話程度の話でいいんだが」

「うーん、噂話と言われてもなぁ」

 少しチップを渡すべきか、と財布に手を伸ばす。その手を、誰かが抑えた。驚いて顔をあげると、アニーだった。微笑んで、小声で囁く。

「イワンに会う方法を、具体的に聞いた方がいいんじゃないカナ」

 アニーは立ち上がると、足を全く持ち上げない不思議な歩き方でマスターに近寄った。

「ちょっといいカナマスター↑」

「おう、おめぇさん、なんかどっかで見たことある顔だなー」

「シィーー…Nonono」

「お、おうおう、わかったわかった。なんだよ」

「話を聞いてたんだけド?そのMrイワン・イワノヴィッチ↑とは、今でも交流があるのカナ?」

「いや、イワンの奴は、最近は顔を見てないな。なにせレッド・スターはセイウチの連中にまかせきりになってるから」

「Mr. セイウチがどこにいるか、知ってるカイ?」

「セイウチの事務所なら、ここから近いぜ」

「Wow、neighbor?」

「ウェストハーロー地区の中にあるよ」

「Oh チカイ!…Thank you!これ取っといてくれヨ!」

 アニーは、飲んでいたグラスを傾け、どこからとりだしたのか、サインペンでオートグラフを書く。マスターの前に滑らせてスマイル。

「あんがとよ!ああ、やっぱおめぇさん、アニー・ジャクソンだったんだな?」

「No, no、今はただのAnnyだヨ…」

 ふと思い出して、ボブの家で手に入れたレシートを見る。

「バトワイザー、各種ウォッカカクテル。ボブが飲んでいたものはだいたい試してみたことになるか」

「ミルクは入ってないけどネ。アニー的には聞きたいことは聞けたカナ」

「私も。あとは情報の共有かな」

 シャイロックがトイレから出てくるのを横目に、頭のなかで整理を始める。

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