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死にあずかるための洗礼を

 トイレ大の建物の入り口には鉄鎖が張られ、”水道局管理”と書かれたプレートがぶら下がっていた。どうやら下水道への入り口らしい。

「ここは水道局の施設なのカイ?」

「そう書いてあるな」

「じゃあ、ここにボブが入ったって可能性あるよネ?」

「出勤はしてないから、仕事じゃないだろうが」

「聴きこみが足りなかったんじゃねぇのか、モールスよう」

「自分の無能を棚に上げて良くも言えたもんだな、ピーター」

「まぁまぁいいじゃねえか。ボブがここに入っていったんだ。行こうぜ」

「そうだね、行くヨ!」

 私は近づいて、試しにドアを叩いてみる。遠くへ響く音がした。

「下に音が抜けていったネ。多分洞窟みたいになっているヨ」

「やはり下水道への入り口だな。行くしかないか」

 取っ手を回すと、鍵はかかっていなかった。その奥には、階段が足元に向かって続いている。その先は真っ暗で、見通すことが出来ない。強烈な悪臭が、下から吹き上げてきた。

 ふと思い出して、以前手に入れた地図を取り出す。案の定、ハーローパークの今いる辺りに入り口があった。ということは。

「この先まずは、T字路のようだな」

「どれどれ」

 ピーターが、青あざが残ったままの顔で覗きこんでくる。

「この空洞のところ、なんかあった気がするけどよー」

「水道局の施設じゃなかったか」

「あー、んじゃきっと目的地もここだよ、ここ」

「逃げまわる人間が、人がいるところに行くだろうか」

「じゃあどこに行ったってゆーんだよ」

「わからんが、痕跡を追いながら進めばいいさ」

 ピーターが、鼻を鳴らす。

「そんなんで大丈夫なのかよー」

「とりあえず時間が惜しいんだ。さっさと降りよう」


 下水路に、私達が歩く音が響き渡る。この辺りの下水道は細く、側道がついていない。時々降り注いでくる汚水を避けながらの探索だった。前からチャーリー、シャイロック、アニー、ピーター、私の順で進む。

「アニーさん、拳銃を持っておきませんか」

「No, 銃は持たない主義ナノ」

「そうですか。ラブ&ピースですねぇ」

 突如、ゴボゴボという音とともに、上から下水が降り注いだ。避けるまもなく、全員がそれをかぶる。

「クソがぁ!」

「これはさすがに」

「No!」

「うげー」

「ったく」

 下水には、骨や肉片が溶けたらしきものも混じっていた。皆悪態をつきながら、からだからそれを払いのけている。突然、チャーリーの動きが止まった。

「チャーリー、どうした?」

 こちらを向いたチャーリーの顔は、さっきまでの元気が嘘であるかのような無表情だった。その手に、何かが乗っている。ピンポン玉ととうもろこしの実のようだ。どちらも表面が粘液で覆われ、ぬるぬると光っている。ピンポン球には、黒い丸が描かれていた。いや、あれは。

「目と、歯か?」

 チャーリーがこくこくと頷く。


 先ほどまでとは打って変わって、静かな行軍となった。それでもチャーリーは、先頭を歩いてくれている。T字路も抜けて、黙々と先へ進む。

 やがて、十字路に行き当たった。汚水は、私達が来た方向から反対側に向かって流れ出ていた。左右からの水も、この十字路で合流して前方へ流れだしていた。十字路のそばには上り階段があったが、そこには汚水は付着していなかった。どうやら、ここ暫く出入りした人間はいなかったようだな。

「上には上がってねぇ、ってことか」

「どちらに進みましょうか」

「なぁ、この辺りで一回戻らねーか」

「だが、今ボブを見失ったら二度と会えない気がするんだよな」

 シャイロックが進んで、左右の通路を見渡す。

「あぁ、金網がはまってますよ。ゴミが溜まってますから、動かしたわけでもないようです」

「では、ここはまっすぐだな」


 下水道の冒険も中程まで来ただろうか。チャーリーが、せっかく額を汗だくにしている。歩いているからだけではなさそうだ。

「えらく暑いな」

「汚水が発酵してるんだよ」

 チャーリーは警棒で掌をパシパシ叩きながら、私は拳銃を取り出して弾を確認しながら会話する。湿度も相まって、まるで熱帯林にいるかのようだ。猛烈な異臭と熱気が、あたりを包んでいる。

 後ろで、何かが動く気配がした。嫌な予感がして振り向くと、水面下を白い何かがこちらに近づいてくる。丸太のようなそれは、大きな水音共に空中に身を踊らせた。


 それは、巨大な白いワニだった。

「クッ」

 ぬかるんで動きにくいが、なんとか体をねじって躱す。ワニはそのまま、私とピーターの間に着水、ぐるりと私の回りを旋回して列の最後尾についた。

 かわすと同時に拳銃を構える。幸いに水深が浅いため、そしてワニの色が白いために狙いを外すことはない。初撃がワニの首に当たる。が、止まらない。

「なんなんだ、こいつは!」

 言いながら、二撃目を尾に当てる。沈み込んで近寄ってくるワニからは、血の跡が見られない。ワニの血の色は赤のはず、。革が厚く弾かれたか。

「どうした、モールス!」

「みんな気をつけろ!ワニみたいな生き物がいる」

「みたい?」

「真っ白だったんだよ!」

「Wht’s?」

「どこかのセレブが、珍ペットでも逃したんじゃねーのか?!」

「チャーリー、ボクじゃないヨ!」

「そういう奴に限って、悪いことやってるもんなんだよ!」

「ええい、うるさいぞ、そこ!」

 振り向いて怒鳴ると、ピーターと目が合う。私のすぐ後ろで水しぶきを浴びたらしく、呆然と立っていた。

「ピーター!」

 大音声で話しかけると、怯えた顔で私を見る。厄介な。

「おい!これぞスクープだぞ!」

 途端、ピーターの目に活気が戻る。

「そ、そうだな!」

 拳銃代わりのポラロイドカメラを構え、走りながらワニにレンズを向けた。

 チャーリーが走った先、シャイロックが見慣れない銃を構えていた。

「避けて下さい!」

 ピーターがシャイロックの横を駆け抜けると同時、シャイロックが引き金を引く。だが、銃弾は発射されない。代わりに、、拳銃の後部から火炎が吹き出た。炎はシャイロックの頭髪を焼き焦がす。目になにか入ったようで、呻きながら拳銃を取り落とす。

「おいおいシャイロック!なーにやってんだよ!」

「すいません!やっぱり盗品は信頼できませんね」

「おい爺い!それダムダム弾じゃねぇか!」

「それってまずいノ、チャーリー?」

「一番えげつない弾だよ!万が一俺達にあたってみろ、一発でシェイクになっちまうぜ!」

「Oh!Anny、shakeになっちゃうノ?」

「ファン垂涎の逸品ですね」

「あの、私達、ピンチなんだが…」


 水音に振り向くと、ワニがもう一度飛びかかってくるところだった。シャイロックに気を取られたために、回避が間に合わない。体を捻って、かすりながら腕で払いのける。袖と皮を少し削られたが、射撃には問題ない。

「これは逃げるしかないヨ!」

「賛成だな、だが!」

 言いながら、チャーリーが片手で拳銃を構える。轟音とともに発射された弾丸が、浮かび上がってきたワニの目に吸い込まれる。弾は眼球を蹴散らし、内部に潜り込んだ。

「警察ナメんな!」

 ワニが奇声を上げてのた打ち回った。尾が振り回され、近くに刺さっていた鉄パイプをたわませる。

 そのすきに、シャイロックがアニーとチャーリーの横を走り抜けていった。走りこんだ先では、チャーリーがカメラを構えていた。バシャリ、と音がなり、同時にフラッシュがたかれる。ちょうど、怒り狂ったワニが飛び上がった瞬間だった。

「いい写真、取らせてもらったぜ!」

「てめぇ、こんなときに何やってやがる!」

 チャーリーは怒鳴るが、視線はワニに向けたままだ。


 飛びかかったワニは、しかし狙いを大きく外して私の頭上を飛び越えていく。チャーリーのすぐそばで着水し、尻尾が彼の腕をかすめる。

「ぐぁ!」

「チャーリー!平気か?!」

「俺はもう駄目だァ!ママ!最後にママの作ったミートパイが食べt」」

「良し!大丈夫そうだな!」

 そのまま拳銃を二連射、今度は距離が近づいた分、しっかり肉に食い込んだ。続いて後方で発砲音、別の拳銃に持ち替えたシャイロックがこちらを向いていた。口を開けていたワニの口内に銃弾が消え、ワニが一層大きくのたうつ。

 やがて、その動きも止まった。ワニは仰向けになって死んでいた。その口から何かが流れ出てきた。それは身をくねらせると、そのまま川下へ泳ぎ去っていく。チャーリーを見ると、彼も同じものを見たようだ。顔を見合わせる。

「ワニもゲロるんだなぁ」

 チャーリーが変なところに感心していた。いや、あれ吐瀉物じゃないだろう。

 ピーターが、それを追いかけて、後ろから走りこんできた。すぐとなりで立ち止まり、シャッターを押して写真を取り出す。カメラから吐き出されたまだ黒い写真を見つめ、満足げにポケットにしまう。


「えらい目にあったぜ」

 チャーリーが、消毒薬を取り出して傷口につけている。ガーゼをあて、その上から包帯を手早く巻いた。

「えらく手馴れているな」

「あぁ?おう、もう後悔はしたくないからな。必要なことはできるようにしてある」

「?」

「こっちの話だよ」

「私にもやってくれないか」

「野郎を治療する趣味はねぇ、自分でやれ」

 押し付けられた消毒便とガーゼ、包帯を受け取った俺は、しぶしぶ自分で応急手当をした。

「てめぇ、自分で治療できるんじゃねか」

「力加減がむずかしいんだよ」

 うん、うまく巻けた。痛みもそれほどないようだ。


 シャイロックは、下水に取り落とした拳銃を拾って動作確認を行っていた。

「ピーターさん、これ何とかなりませんかね」

「いや、俺カメラと電子機器専門だし」

「残念です」

 なおもカチャカチャと操作していたが、手元が暗かったのが災いしたのだろう、取り落として、再度水没させてしまった。悪いことに強い流れのあるところだったらしく、拳銃はそのまま流れていってしまう。

「…あの銃とはとことん相性が悪かったらしいです」

「大きな怪我がなかっただけマシじゃねーの?」

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