脱出! 狂気のウルファレオ城①
「おっはよぉー、ツ、ク、モ!」
その声に目を開くと、僕を見下ろすネイリィが一番に飛び込んだ。人の胸の上に馬乗りになり、ニヤニヤといやらしい笑顔を浮かべている。案の定というか何というか、僕は生き返ったらしい……最悪な気分だった。
「ギャハハ! 今回ばかりはそのまま死んだ方が良かった、みたいな顔してるよぉ? んー?」
「……その通りですよ、我が御主人……」
何が最悪かって、前のステージの時みたいに時間が巻き戻っていない事がだ。私は全てを知っている、と言わんばかりの彼女のニヤニヤ顔が何よりの証拠である。諦めきれずに視線を巡らせたが……。
「ふかふかの布団、テーブルを埋め尽くす肉、そして床に落ちてる割れたティーポット……うぁー……御主人様、いっそ一思いに殺してくれませんか……?」
用意された現実は、紛れもない事後であった。つまり今の僕は、テクトの心を傷付けた挙げ句、彼女の風呂上がりを覗いた上に、投げ付けられた使用済バスタオルの匂いを嗅いだ最低の男である。僕にだって良心ってのはあるし、良識ってのも多少は持ち合わせている……つもりだ。罪の意識に苛まれないはずもない……。
「だぁーめ! 私の待てを無視した罰だよ、殺してあーげない。うーんと苦しむ姿を見せてぇ、私を満足させて欲しいなぁ……ふふっ」
だが、現実は罪人に厳しいものである。我が御主人様には、良心や良識の欠片も無かったのだ。漏れ無く僕は、生き地獄の刑を言い渡されたのであった。何だか疲れてしまったし、このまま寝てしまおうか。そう思った僕は、深いため息と共に目を閉じて、意識を布団に沈めていく。
「……ねぇ、ツクモ」
しかし、ネイリィが僕を眠らせてはくれなかった。僕の名を呼ぶ声に先の甘ったるさは無く、低めのトーンから真剣さが感じられる。気怠さは抜けないものの、何か重要な話かと思って反応を返す事にした。
「……なんです?」
「………………テクトみたいなのが好みなの?」
そうして返ってきた言葉に、僕は全身が粟立つのを感じた。何故だか恐ろしくて、目が開けない。そんな僕に向け、ネイリィの言葉は続く。
「……あの子の裸で興奮した……? 匂いに欲を掻き立てられた……?」
視界が失われているから、他が鋭敏に働く。胴の上でずり動いたネイリィの身体が、僕の身体にぴとりと張り付いた。服の隙間より差し入れられた何かが、肌の上を蛇の様に這い回る。
「……あの子に食われて、どんな気分だった?」
彼女の温かい息を眼前に感じる。這い回っていた蛇の様なそれは、まるで獲物を絞め殺すように僕の首へと巻き付いた。
「『キミの心に、まだ私はいるのかな……? ねぇ、答えてよ……見てよ、私を……!』」
ギリギリと締め上げられる首に、フラッシュバックする記憶の一部。乱れる映像の中の女神と、ネイリィの声が重なった。息が詰まる中で、込み上げる吐き気と激しい頭痛に襲われる。混乱する思考回路は、僕に暴れる事を推奨した。害意を弾き、酸素を確保しろ、と。しかし、何故だか僕には、それが間違いな気がしてならない。かといって、このまま何もせず死ぬのは真っ平御免だ。どうするか、どうすればいいのか。思考より先に、身体が動いた。
「………………えっ?」
以前と違い、体格が近かったから、腕の長さもそれほど差が無かったから出来た。悲しいほど簡単に、彼女の身体を抱き寄せる事が。緩んだ首の拘束に、僕の喉は言葉を発する。あの時言えなかった、思いの丈を。
「僕の心は貴女で満ちています、貴女だけなんです……! お願いします信じてください、行かないでください、側に居てください……! 貴女が居なくなったら、僕は、どう歩けば良いかも分からない……壊れて、しまう……!」
「……ツ、クモ」
「離れたら壊れてしまうんです、僕は、そして貴女も……! 気が付けなくてごめんなさい、貴女の弱さに……! 好きです、大好きです、愛しています、この世の何よりも貴女を愛しています……! 僕が貴女の心を埋め固めます、だから、だから……! ずっと一緒に、居てください……!」
思い出してしまった、気が付いてしまった。胸にぽっかりと開いた穴の意味に。自然と涙が溢れ出し、抱き締める腕に力が入る。その温もりを噛み締める様に、もう二度と離れ離れにならないように、強く、強く。現実それが、求めていた彼女ではないと分かっていても、僕は抱き締めずにいられなかった……。
「……うん、うん、良いよ……ずっと一緒に居て上げるよ、私の可愛いツクモ……ふふっ」
腕の中のネイリィは、擽ったそうに身を捩る。嬉しそうなその声には、僅かな甘さを含んでいた。それが彼女の本心からくる好意の表れな気がして、狡い僕の胸を深く抉る。痛みは、更なる涙を呼んだ。しかし、ネイリィの温もりを覚えてしまった僕の身体は、身勝手にも彼女の拘束を強めた。
「……ちょっと意地悪が過ぎた、ごめんね。私の可愛いツクモ、もう泣かないで。私は側に居るよ」
「……はい」
「本当は、テクトの件なんてどうでも良かったのだけれど……うふっ、キミの心に触れられたし、結果的には意地悪して良かったかな」
その直後、胸の痛みが八割程吹き飛んだ。どうでも良かったのかよ。途端に涙は鳴りを潜め、あれだけ離したくなかった彼女を抱き締める腕から、みるみる内に力が抜けていった。まるでその時を待っていたかの様に、ネイリィは僕の拘束からするりと抜け出す。あっ、と思わず出てしまった声に、ベッドの脇に降り立ったネイリィが、ニタニタと笑みを浮かべて振り返る。
「おやおや、そんなに名残惜しいのかなぁ? あわよくば……小さくて可愛い幼い容姿で! 獣耳の生えた明らかな人外! そして、甘々ロリータボイスがチャーミングな私と!? ……一つになりたかったのかなぁ?」
「………………いえ」
「今の間! 図星でしょ、図星なんだねぇ、ツクモ? 本当、キミはどうしようもない変態さんだねぇ。お嫁さんなんて一生来ないよぉ?」
「……もう変態で良いですよ、疲れました」
「ギャハハ! 拗ねたね、ツクモ! 大丈夫だよぉ、そんな変態さんは私が貰って上げるから……」
すっと手を伸ばしたネイリィは、僕の頬に手を触れた。小さな手の温もりに、少しだけ荒んだ心が和らぐ。彼女へ視線を移すと、愛し子を前にする母親の様な……とても柔らかな笑顔を浮かべていた。その表情に見とれていると、ネイリィは腰を折り、僕へと顔を近付けてくる。直後、柔らかな薄紅色が、優しく触れた。
「……ね?」
静かにその唇を離し、息の掛かる距離で微笑むネイリィに、僕の身体は劇的な変化を見せる。何時もは静かな心臓が、目覚まし時計の様に喧しく鳴り響き、皮膚の下では灼熱業火が燃え盛る。頭から爪先まで、全身が炭になってしまう錯覚さえ覚えた。熱い。脳髄は彼女に侵略され、正常な思考は不可能だ。身体が彼女を、ネイリィを求めたが、何故だか指先一つ動かせない。まるで鎖で繋がれた犬の様に、その先に進めないのだ。
「……熱い、熱いね……私で興奮しているのかな……? だとしたら嬉しいよぉ、ツクモ……でも、だぁめ……今の私は、キミには刺激が強すぎるから……求められるのは嬉しいけど、旅立つ気が失せられても困るしねぇ!? ギャハハ!」
跳ねる様に僕から身を離すと、ネイリィは踵を返して部屋の出入口である扉へと向かう。その様を目で追っていると、扉の前でネイリィが振り返った。
「お風呂、一緒に入るぅ?」
「……い、え、遠慮して、おきます」
主張の薄い胸を包む布を僅かに下げてニヤつくネイリィに、緩く首を振って答える。すると彼女は汚く笑い、愉快そうに扉を開け放って部屋を出た。開け放たれた鉄扉を閉めようかどうかを暫し考え、眺めに眺めた僕は小さく息を吐く。閉めに行くのも億劫だ。ベッドに預けた身体から、途端に熱が引けていくのが分かった。脳髄を侵略していたネイリィ軍団も撤退し、僕の思考は正常化。漸く回る様になった頭に浮かぶのは、朧気な女神の姿。まだ痛む胸を押さえ、僕は深いため息を吐いた。
「……貴女に会いたいです、“九十九”先輩……会って、謝りたい……そして、出来ることならまた一緒に……生きたい……」
目を閉じて、その上を腕で覆う。そうして生まれた深い暗闇の中で、僕は女神の姿を見た。彼女の名は、百神 九十九。長い黒髪、均整の取れた身体、美術品すら平伏す様な美貌の持ち主だ。その上、頭脳明晰でスポーツ万能、格闘技にも精通しており、正しく文武両道。人当たりも良く、人望も厚い、非の打ち所が無い完璧超人……それが僕の先輩、僕の女神、百神 九十九である。その優しげな微笑みが、何故かネイリィと重なった。
「……貴女は一体、何なんですか……ネイリィ=ウルファレオ……僕を、何処まで知っていて……僕を、どうしたいんです……?」
僕の問いには、当然答えなど返ってくるはずもなく。独り言は、虚しく部屋に響く。暫し静寂に身を委ね、僕は身体を跳ね起こした。
「……動こう」
孤独と不安に淀む頭を大きく振って、脳内デスクを整理整頓。明瞭な思考を取り戻した僕は、居心地の良すぎるベッドから飛び降りる。
「……僕は帰るんだ、先輩の元に。僕の居場所に」
今一度、自らの目的を心に据えて、僕は動き出した。
「……攻略してやるよ、こんな世界」
意気込みを静かに口にして、僕は手狭な部屋の中を探索する。先程は不用意に飛び出し過ぎた。戻ってこれるなんて、考えが甘かったのだ。ならば安全な部屋の中、外の脅威に対する備えをしてから飛び出そう。と、言っても、この部屋にそんな物が有るだろうか?
「クローゼットに、化粧台か……」
手狭な室内、そんな物があるとは思えなかった。ましてここは他人の、しかも御主人様の部屋。勝手に漁った日には、何をされるか分かった物じゃない。勇者扱いされた割に、全然勇者感の無い僕。こういう時にゲームの勇者なら臆面も無く、他人のタンスやツボを覗いて行くのだろうなぁ……本当に凄いと思う。正しく、恐れを知らぬ勇者だ。まぁ、そんな風になりたいとも思わないが……。
「困ったななぁ……手詰まり、か……?」
ため息混じりに、手近な椅子へと腰掛ける。その時、僕の目に止まったのはテーブルの肉。そう、テクト特製の美味しいお肉だ。瞬間、僕の脳髄を電撃が走り抜ける。
「これだ……!」
廊下を彷徨いていた闇色の怪物。奴は確か、メイドを食べていた。つまりは、肉を食べるという事だ。今の僕には奴を倒す武器も、力も無い。追いかけっこで勝てる見込みも無い。ならば、相手に止まって貰えば良いのだ。上手くいくかは正直賭けだが、今の僕にはこれしか手がない。作ってくれたテクトには申し訳無いが、試してみる価値はある。
「……けど、こんな物をどうやって持ち歩けって話だよ」
と、思い付いた素晴らしい計画は、即座に壁へとぶち当たった。試しにトレイの両端を掴んで持ち上げようと試みたが、相当な重量がある。仮に持って歩けたとしても、怪物に出会う前に僕の体力が先に尽きそうだ。こんな物を片手で、しかも二つも同時に運んできたテクトの筋力に感心しつつ、計画倒れを実感した僕は目を閉じ、椅子の背もたれに身を預ける。
―― メニュー ――
[NEW]“ブラックボックス”
[NEW]“セーブ”
――――――――――
「………………ん?」
暗闇に浮かんだ白色の文字列に、僕は思わず目を開いた。辺りを見回せど、そんな文字列は何処にも無い。気のせいか、とも思ったが、僕はふと思い出した。ステージの始まりに表示されていたメッセージの事を。
「セーブと、ブラックボックスの使用可能……!」
ライフに続き現れた、僕が持つ謎の力。説明も何も無いが、あのタイミングで付与されたのには、何らかの意味があるはずだ。倒れたはずの計画が、少しばかり起き上がった気がした。僅かに生えた希望の芽、枯らせる訳にはいかない。水に肥料に良い環境、それらは纏めて僕の思考だ。 思考で満たせ、最良を選べ、そして練り上げろ……。希望の花を咲かせるのだ……!
「セーブは分かる……ゲームと一緒であれば、現状の記録だ……だとするならば、非常に有り難い」
思えば、ここに来るまで即死の連続である。これからも、きっと即死の連続だ。そんな僕にとってセーブは、正に天からの恵み。これで、城の探索がグッと楽になる。限りあるライフ、自らの力を温存するに越したことはない。となれば、一先ずセーブして、安全を確保してからブラックボックスとやらの確認を……って、ちょっと待てよ。
「この世界は、そんなに優しく出来ているのか……?」
僕は、目先の希望に飛び付く寸前で思い止まる事が出来た。馬鹿者め、だから浅慮だというのだ。心の中で自らを叱責し、より広く、そして深く思案する。
『考えてもみろ……仮に、従来通りのセーブが出来たとして……どうやって“ロード”する?』
そう、現状の記録が出来た所で、それを引き出す手段が無いのでは話にならないのだ。死んだ後、セーブした地点から復活では今までと変わらない……いや、寧ろ悪いかもしれない。前ステージでは自動的に、都合の良い時と場所に戻れたのだから……。
『セーブが可能になったということは、つまり今後は自分で見極めなければならないんだ。もし仮に、誤った選択の後にセーブしてみろ……もうクリア何て出来ないぞ。ゲームみたいだが、これは紛れもない現実で、リセットボタンなんて無いのだから』
考えれば考えるほど、希望の芽が元気を失っていく。与えられた力にそれほどの意味も、現状を覆す程の価値も無かったとすれば、それは当然だ。残る希望は、不穏な空気を漂わせるブラックボックスだけなのだから。
「……待てよ。待て待て待て、僕。決めつけるな、落ち着け、柔軟になれ。僕に与えられた“セーブ”が、僕の知るセーブと同じなんて誰が言った?」
「………………ふぅむ」
ここは異世界、僕の常識が通じないのは当たり前だ。とすれば、セーブですら僕にとっては不確定要素である。こうなってしまうと、危険を覚悟で茨の道を進む以外に方法は無い、か……もしくは。
「……僕の御主人様が、何か知っていれば良いのだけど」
「……成る程ねぇ、キミか」
「……はい?」
不意に香る清潔な匂いに振り向くと、僕の横には泡で身を包んだネイリィが立っていた。サイドテールを解いた長い髪の毛はしっとりと濡れ、その手にはスポンジが握られている。どう見たって、お風呂の真っ最中であった。
「……何してるんです?」
「それは私の台詞だよぉ、この駄犬。見れば分かるでしょう?」
ニコニコ笑顔に殺意を孕ませ、彼女はスポンジを握り締めて見せた。じゅわりと滲み出た白い泡が、小さな手の隙間より溢れて床へと滴る。視線を移した床に足跡は無く、自身の意思で来ていない事は明らかだ。何らかの力が、ネイリィをこの場に呼び寄せたのだろう……何らかの力?
「……もしかして、もしかする?」
「そうだよぉ、良く気が付きましたぁ! 御褒美に、私の使用済みスポンジを口に突っ込んであげるぅー! はい、あーん!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、それは許してください……!」
突き付けられるスポンジを握る手を、寸での所で両手が止めた。しかし、細腕に似合わぬ馬鹿力が、僕の微力な抵抗をじわじわ押し返す。
「オラオラオラァ、私味のスポンジだぞぉ!? セーブなんか使いやがる甘ったれめぇ! そんなキミには私の爪の垢と言わず、取れたての身体の垢を食らわしてやるよぉ……!?」
「い、いりませんっ、いりませんっ! それより、その、セーブとやらを詳しく聞かせてっ……!?」
僕の言葉に、迫るスポンジは動きを止めた。ホッと一息吐いて力を抜くと、ギラリと瞳を光らせたネイリィにスポンジを押し込まれる。油断した僕の頬に、スポンジパンチが叩き込まれるのであった。
「チッ……口が滑ってしまったね」
「ついでに、手も滑った様で何よりです……」
再度の舌打ちの後、ネイリィはスポンジを引っ込めて腕を組む。先程の激しい動きが、濃密な泡を大分吹き飛ばしたらしく、今や彼女は裸も同然だ。いけないものが見える前に、あらぬ思いが沸く前に、僕は身体を反転させた。
「ん、別に見ても構わないのに……」
「僕が構います、それより、セーブの事を」
「全く、つまらない雄だねぇ、キミは……」
まぁ良いけど、と嘆息したネイリィは、暫しの沈黙の後に言葉を紡ぐ。その声は、まるで悪戯を思い付いた子供の様に弾んでいた。
「ふふっ、確かに口を滑らせたのは私の失態だ、教える義務があるかもしれない……でも、タダで教えるのも面白味に欠けるよ……ねぇ、ツクモ?」
「……スポンジ食えってのならお断りですよ」
「あぁ、そんなのもう良いよ、もっと面白い事があるから……うふふっ!」
突如、首の横から僕の視界に差し込んだのはネイリィの手。泡にまみれたそれを僕の顔に、べちゃりと張り付ける。遅れて背後より伸びたスポンジを持つ手も、僕の身体を縛るように巻き付いた。椅子越しに背後から抱かれる形となった僕は、これから起こる何かを恐る恐る尋ねる。
「あの、何をさせるつもりですか?」
「ここまで来たらさぁ……お風呂、入り直したいなぁって。はーい、一緒に入ろー!」
「え、何かもう拒否権無い感じですよね?」
「当たり前でしょう、私のお風呂を邪魔した上に、柔肌まで触ったんだよぉ? 喜んで私の背中を流す位の“せーい”ってのを見せて貰わないと……ねぇ?」
「いや、ちょっと待っ」
「テクトー! 片付けよろしくねぇー! はい、セーブはキャンセル!」
彼女の叫びと共に、僕の視界は暗転……からの、白色へ。湯気満ちる空間に移ったと思った矢先、僕の身体は宙を舞い、眼下に飛び込む水面に叩き付けられた。直後、沈む全身を包むはお湯だ。湯壺と思われるそこは、思った以上に深い。痛みに耐えて薄目を開け、光の見える上方へと向かう。慣れない泳ぎで、何とか水面から顔を出す事が出来た僕は、足りない酸素を求めて呼吸をする。
「ギャハハハ! 溺れなくて何よりだよぉ、ツ、ク、モ。取り敢えずそのビショビショの服、脱いで来たら? 仲良くお風呂としけ込もうよぉ!」
声の方向を睨むと、そこには案の定ネイリィの姿が在った。ゲラゲラと汚く笑う彼女に嘆息し、僕は犬掻きで湯壺の縁へ。身体をお湯から抜け出させ、ブルブルと全身を振るう。
「キャハハ! ツクモ、本当に犬みたい!」
「……キチンと訊かせて貰いますからね、セーブの事」
「はいはい、脱衣場はアッチだからね? 早く来てよぉ? 私、湯中りしちゃうかもだからさぁ」
妙に楽しそうなネイリィに苛立ちを覚えつつ、僕は上着を脱ぎつつ脱衣場へと歩みを進めた……。