こんにちは、世界②
『キミはアレだね、私が居ないとダメになるわ』
三度目となる真っ黒な世界、その中央に浮かぶ光の文字列。特に意識しなかったが、二度目も同じ光を見た気がする。
『……そうですかね?』
『そうなの。キミは言うなら……そう、飼い主の無い忠犬だ。放っておけば、何処ぞの駅前で待ち続けるだろうねぇ……迎える相手も居ないのに、ね』
いや、正確には同じではない。数字が減っている……98から97へ、マイナス1だ。その数字が何を意味するかまでは分からないが、それの減少は記憶の復活を意味していた。
『……そんな事はしませんよ、基本自宅でゲームですし……ボッチの僕に言わせれば、駅前で誰かを待つなんて都市伝説です』
『比喩だよ、比喩。例えばの話。もう少し脳みそを使いたまえよ、キミは。その頭は飾りか何かなのかな?』
僕は、学生だった。高校一年生に成り立ての、取り立てて優秀でもない……寧ろ、最底辺を徘徊する様な劣等組。未来への夢も希望も無い、日がなゲームで暇を潰しているその他大勢……それが僕である。“レッサーダンシ”とは、誰が付けた渾名だったろうか……。
『……先輩が居なきゃ、僕は無意味な事をし続けると?』
『その通り、良く出来たね。お姉さんが褒めてあげるよ』
『頭、撫でないでくださいよ……人に触られるの苦手だって、前にも言いませんでした……?』
向こうの世界は、光の無い真っ黒な場所だと……そう思っていた。しかし、こんな僕にも光が差したのだ。激しく輝く太陽が、日陰の雑草に手を差し伸べてくれた。
『だから私が、キミを導く主になってあげるよ』
『話、聞いてください……撫でるのやめ』
『私が、キミの光になるから……だから、生きるのを止めないで欲しい……×××』
酷く昔の様に感じられるその言葉は、今でも僕の胸を温かくさせる。彼女のお陰で、僕は生きる事を始められた。大切な恩人であり、唯一無二の友人であり……信仰すべき女神だ。大袈裟かも知れないが、彼女は僕にとっての全てだったと思う。彼女の言葉を思い出しただけで、こんなふざけた世界を生き抜いてやろうという気が湧いてくるのだから。
「私を無視する奴は……死ねぇええ!」
そんな大切な彼女の姿を思い出せない事と、再び起こる同じ出来事に、僕は思わず苦笑を漏らした。どうやら、また“生き返った”らしい。
「……今度は、間違えない」
手早く宝箱の中身を拝借し、口に咥えて蓋を閉める。そのまま跳び箱の要領で、宝箱の上部へと体移動。そのタイミングで幼女王のスタンプが床を直撃、足場を揺るがす。しかし、僕は既に直線上に彼女を捉えていた。最短距離、行ける。決意を固めた僕は、乗っかった宝箱を思い切り蹴った。
「なっ……!?」
僕の迅速な行動に、さしもの幼女王も目を見開いた。崩落の速度が早い宝箱の地点から、反動を利用したスピードスタート。一気に幼女王との距離を詰める。辛うじて残る足場を蹴り続け、頃合いを見計らって全力跳躍。崩れ方を一度見たからこそ出来る芸当だが、反則なんて言わせない。放物線を描いて跳ぶ我が身体は、残る足場の上で驚愕する小さな身体へと向かっていく。
「ぐふっ!?」
そして、激突。僕の身体は足場へと辿り着いた。問題が有るとすれば……。
「くっ、うふふ……積極的なアプローチだね、驚いたよ勇者くん。生まれて初めて、押し倒されたなぁ……」
僕の下で甘ったるい声を上げる幼女王だ。犬のごとく飛んで来た僕を、彼女は何故か受け止めた。そしてそのまま床へと倒れ込み……今に至る。避けなかったのも驚きだが、あらぬ事実を捏造された方が衝撃が大きい。
「うぅん……良いなぁ、良いなぁ、勇者くんの感触……このまま抱き締め殺したいよぉ……でもその前に、色々楽しんだ方が良いよねぇ……? 勇者くぅん、交尾の経験はあるぅ……? 無いよねぇ、多分……うふふふふ」
その上、こんな物騒な事を口にして、背中に腕を回されたのだから堪ったものではない。次に待つ未来に備え、僕は彼女の拘束を振り解いて立ち上がる。拘束は、驚くほど緩かった。
「聞きたいんですが」
「……質問好きだねぇ、キミも。なにかな……?」
床に寝たまま嘆息する彼女を見下ろしたまま、勢い良く向き直る。刃を抜いて迫る銀色の人影へと。
「はぁああああ!」
「なっ……!?」
響くは咆哮、金属音。驚いたのは銀色の人影、嫉妬に狂った彼女の兵士だ。音も無く近付いて放たれる刺突を防ぎ受け流したのは、僕の腕に装備されたボロボロの小盾。先程拝借した宝はコレだ。甲高い音と火花を散らし、滑るようにして兵士へと肉薄。全身を武装した兵士に攻撃するのは効果が薄い……ならば受け流す際に生じた回転エネルギーをそのままに身を沈め、踏み込んだ足へと水面蹴りを打ち込むべし。
「ぐわっ!?」
呆気に取られる兵士の足元は、放たれた滑らかな蹴り足によって容易く掬われる。具足相手に打ち込んだせいで蹴り足に僅かな痛みが走るが、その痛みに見合った成果は得る事が出来た。重い装備が仇となり、兵士は派手な音を立てて床へと転んだ。
「全てが終わったら、帰してくれますか!? 元の世界に!」
兵士が取り落とした剣を奪おうと手にしたが、重さが僕の許容範囲を超えていた。使えないなら仕方無い……引き摺って歩き、空いた大穴に放り込んでおく。コレで一先ず驚異は去っただろう。
「……ふふっ、あはは、アハハハハハハハハッ!?」
……と、思った矢先の大爆笑。何事かと思い振り返ると、いつの間にか立ち上がっていた幼女王が、倒れた兵士を足蹴にしていた。
「召喚のショックで飛んだ記憶が、死んでトんだら戻ったっていうの!? 勇者くん、本当、どうしてそんな面白いの!?」
顔は此方に向けながら、その足を躊躇無く沈めていく。拉げる銀色の装甲、上がる苦痛と歓喜が入り交じる悲鳴……そんな中彼女は、それにまるで興味を示さずに言葉を続ける。
「色々呼んだ甲斐があったよ……! キミなら本当に、私の切札になってくれそう!」
狂気の混ざる眩しい笑顔を浮かべた幼女王は、地響きすら起こす怒涛の踏みつけで兵士を、銀色と赤色の混ざりあう兵士だった物へと変えて向き直った。
「気に入った、いや、惚れ直したといった所かな!? 改めまして、ようこそ勇者くん! 私はこの世界に数多いる王が一人、“獣王”ネイリィ=ウルファレオ! 歓迎しよう、新たな同志! その名を聞こう!」
高らかな挨拶と共に指を差された僕は、視界の端にグロテスクな物体を捉えながら頬を掻く。名前……そう、名前だ。僕は記憶を取り戻したが、まだ完全ではない。自分の事さえ、きちんと把握しきれていないのだ。そんな僕のもたつきから察したのか、幼女王改めネイリィは、邪な笑みを浮かべてみせる。
「思い出せないなら付けて上げるよ。そうだねぇ……キミは私のお気に入り、従僕九十九号だから……ツクモ! キミは今からツクモと名乗ると良いよ!」
ツクモ、ツクモ……僕の新しい名前を反芻してみる。由来は最悪だが、語感が好みだ。それに、自分の身体に良く馴染む名前である。もしかしたら僕の名前はそれと同じ、若しくは近しい物だったのかも知れない……何て、それは無駄な推測か。この新しい世界で得た、新しい名前。今はそれを受け入れて進もう。
「……そうさせて貰います。で、さっきの答えを聞きたいんですが」
「元の世界に帰せ、ってアレかな? 君は、そんなに帰りたいの? 最初はそんな素振りも無かったのに……戻った記憶の中に、好みの雌でも見たのかなぁ……?」
ニタニタといやらしい笑みを貼り付けるネイリィを暫し見詰めた我が瞳、それを閉じて静かに調息。一定のリズムで行われる呼吸法は肉体を癒し、そして心を落ち着かせる。
『物事にはね、順序って物があるのよ』
『……順序、ですか』
『そう、順序。言わば、通るべき道だね。無数に広がる道、そこかしこに立てられた看板……目移りしていたら、何時まで経っても進めない。宿題、ゲーム、スポーツ他……人生に対してもこれは言えるね』
『……結局、何が言いたいんです?』
『一度止まって深呼吸しなさい、って事。進むより先に、正解の道を見付けられる自分を作る所から始めて、ね? はい、ここ間違ってるよ』
『また、か……いい加減、答えを聞きたいんですが』
『宿題は、自分でやるものだよ? 解けたらご褒美あげるから、頑張ってね』
『……はぁ、頑張ります……』
叩き込まれた教訓が、記憶として甦った。あの時は山積みの宿題だったが、要領は変わらない。先ずは落ち着き、順序を見出だす。後は自分を乱さず、道を歩くだけ。順序が分かれば、答えは自ずと出てくるのだから。
「……大切な人が待ってるんです。一緒に生きる約束をした、大切な人が」
「……真っ直ぐな目……ふふっ、キミにそんな目をさせる雌がいるんだねぇ……だとしたら、妬けちゃうなぁソイツ……」
「それで、帰して貰えるんですか?」
「……用が済んだらね」
面白くなさそうに鼻を鳴らしたネイリィは、足元の肉塊を軽く蹴飛ばして玉座へと戻る。可愛らしく膨れた頬は、機嫌を損ねてしまった事を示した。しかし、僕は焦る事無く彼女へと歩み寄る。
「なら、僕は貴女に従います。お役に立つかは、甚だ疑問なのですが」
「立つよ、君は魔王に対抗出来る勇者なんだからね。私が呼び出したんだ、間違いない」
「何処から来るんですかね、その自信は……まぁ、良いです」
そうして、彼女を目の前に捉えた僕は床に膝をつき、わざとらしいほど恭しく言葉を紡いだ。
「この愚かな犬を、どうか導いて下さい新たな主人。呼び出した責任は、取って貰いますよ?」
努めて嫌味な笑顔を作った僕には、現状、これが最良の道だと思う。この世界の右も左も分からぬ僕が、今頼れるのはネイリィのみ。それに、彼女は僕の事を良く“理解している”みたいだ。僕の知らない僕の何かを、彼女は知っている。そんな彼女を無視するのは、正しい道では無いはずだ。
「ふぅん……ふふっ、そう。そうだね、飼ったからには、責任を持って面倒を見てあげないと……ねっ!?」
僕の打算的な台詞を受け、座っていたネイリィは膨れっ面を解き、とても邪な笑顔を浮かべてその腕を素早く突き出す。動きを捉えた僕の目は、思わずカッと見開かれた。何故なら、幼い彼女の華奢な腕が瞬間的にその形を変え、体毛に覆われる獣の如き巨腕となりて、僕の顔面へと迫ったからだ。
「う、ぐっ!?」
「アハハハハハ! 驚いた!? 驚いたよねぇ、勇者くん!? これが私、獣王の力の一端! 御主人様を相手に駆け引きをしようなんて身の程を弁えな、この小賢しい駄犬がァ!」
危険をその目で捉えても、身体が着いていかなければ意味がない。僕の頭は、変化したネイリィの手によって丸ごと掴まれ、身体と一緒に釣り上げられた。視界が奪われたせいか、ネイリィの罵声が嫌に耳につく。何とかして脱出しようと藻掻き、彼女の手に自らの手を掛けた所で僕は動きを止めた。
「……どうしたの、抵抗しないのかなぁ? 私が少し力を込めれば、君の頭はトマトジュースに早変わりだよぉ……?」
ネイリィの言葉は真実だろう。それを容易にやってのける力が有るのは、掴まれて釣り上げられた僕には直感的に理解できた。しかし、だからこそ僕は肉体的な抵抗ではなく、言葉による抵抗を試みる。
「……貴女は、僕を殺さない」
「ふぅん、何故そう言い切れるの?」
「……今までの、事を、考えれば……!」
そう、彼女はここまで、僕を直接的に殺そうとはしなかった。シャンデリアの罠も、床を壊して落とそうとしたのも、全て間接的な上に回避可能の事象だ。前者は注意深さが有れば、後者は身体能力が有れば回避可能であった。事実、僕は突破した……二回死んだ気がするが、それは気にしないでおく。
「今まで……?」
「そう、です! 貴女は、僕を、試しているだけ! シャンデリアも、床を壊したのも、全ては僕が、切札になるかどうか、見極めたかった……!」
「だとしたら、だよ? 今現在、私の力の一端にすら抵抗出来ない君を、殺さない理由が私にあるのかな? 不合格って事で君を殺して美味しく頂いて、それからまた次を呼べば良い……君の代わりなんて幾らでもいる、とは考えないのかなぁ?」
彼女の言葉に、僕は掴まれて苦しい中で必死に声を絞り出した。
「だったら……! 何であの時、僕なんかを受け止めたんですか……!? 僕なんかに、名前を付けたんですか……!? それは、つまり、僕は選ばれたって事なんじゃ無いんですか……? そうでしょ、御主人様!」
途端、頭を痛めていた拘束が緩み、僕の身体は重力に引かれるまま床へと崩れ落ちる。咄嗟で着地も出来ず、みっともなく尻餅を突いてしまった。恥ずかしい痛みを堪えて顔を上げると、口が裂けたように笑うネイリィの顔が飛び込んだ。ニタァ、という音が聞こえてきそうなその笑みに、僕の血の気は一気に引いた。
『また、間違えたかな……?』
食われる獲物の気分はこんな感じなのだろうか、なんて他人行儀に考えていると、眼前のネイリィは何時の間にか元に戻したその小さな手で、僕の顎を持ち上げる。そこで真顔に戻ったネイリィは、固まる僕に顔を近付け、ピクピクと鼻を動かし始めた。クンクンと音を立て、何かを嗅いでいる。もしかして、今の僕は酷い臭いなのだろうか。真剣に悩む僕を他所に、ネイリィは花が咲いたように可憐な笑顔を浮かべて口を開いた。
「うん、良いね」
「な、何が……」
ですか、と言い切る前に、彼女の“いただきます”が紡がれる。それから間髪入れずに迫るはネイリィの顔。息が掛かる程近かった距離が、次の瞬間には無くなっていた。
「……?」
聞こえるのは荒い息遣いと、小さな水音。理解が追い付かなかったが、今、僕は理解する。ぷはぁ、と息を吐いて離れたネイリィの口元に架かる透明な橋は、僕と繋がっていた。何をされたかなど、推して知るべきだ。
「これだけ唾付けとけば大丈夫かなぁ……?」
「……何て事してくれるんですか」
「あははっ、嫌じゃなかったんでしょ? 抵抗する気配なんて、まるで無かったもん」
そう言うネイリィは妖艶な笑みを浮かべて、その細指を僕の口許に持ってきた。指は透明な橋の根元を捉え、いとも容易く決壊させる。そうして絡め取られた橋だったものを、彼女は躊躇なく出した可愛らしい舌で舐め取った。まるで見せ付けるかの様なその動作を前に、僕は異様な倦怠感を覚える。
「……チェンジで」
「ギャハハハッ! 面白い事を言うねぇ、飼い犬くん! 今更クーリングオフなんざ効かねぇんだよ! ………………ねぇ、お前ら?」
その一言が、僕の倦怠感を吹き飛ばした。いや、正確にはその直後に感じた強烈な冷気に、だ。
「……ネイリィ様を汚した」
「……我々の女王様を」
「……許さん」
「……殺す」
口々に吐き出される言葉は、何時の間にか僕を包囲していた兵士達によるもの。それらは明確な殺意を宿して僕に突き刺さる。既に彼等の剣は抜かれた。後は獲物の肉を、即ち僕の肉を刻むだけ。
「……話を聞いて、くれる訳ないか」
僕の諦め混じりの言葉が終わるかどうかの所で、一斉に上がった「死ね」の大合唱。真っ暗になった世界で、僕は再び数字の減少を確認する……。
「アハハハハハハハハッ!?」
はずだった。しかし、僕が確認したのは高度の上昇であった。ミンチにされるより先に、狂った笑いを上げるネイリィが僕の身体を抱え上げ、軽々と跳躍。死亡確定の未来を回避させてくれたのだ。
「……何故?」
「言ったでしょー? キミはもう、私の飼い犬だからねぇ……所でキミ、“シューティング”は得意かな?」
ネイリィの浮かべた優しげな笑みに見とれている間に、僕を包む浮遊感は終わりを告げる。放物線を描いて宙を舞ったネイリィが、彼女自身の空けた大穴の向こう側へと着地したからだ。そこで乱暴に床へと降ろされた僕が、シューティングの意味を考えるより先に、彼女の手で答えが差し出された。
「ここがキミにとって、最初で最後の分かれ道だよ。これは、キミ自身の手で選んで」
差し出されたのは、見慣れぬ黒色の金属塊。目測300mm以上はある異様に長い砲身、握りやすいように数個の窪みが設けられたグリップには、狼と思しき紋章が彫られている。形こそ違えど、それは記憶の片隅にある“銃器”そのものであった。人が、人を効率良く殺害する為の兵器だ。
「選ぶ……?」
「そう、選択。キミはまだ、引き返せるんだよ」
小さな手で砲身を握り、その大型銃のグリップを僕の眼前に突き出すネイリィ。その顔には、寂しげな笑みが浮かんでいる。どうしてそんな顔をするのだろうか。疑問を抱えた僕の視界の端で、銀色の軍勢が蠢いた。
「ここで私と共に殺されれば、キミは元の世界に帰る事が出来るんだよ。少し痛いけど、ね」
「帰れる……? 元の、世界に……?」
大穴を飛び越える事が出来ないらしい軍勢は二つに分散、僅かに残った足場を使って、こちらへと進軍を開始する。僕がミンチにされるのは時間の問題だ……選択を、急がねばならない。
「もし仮に、僕が帰る事を選べば……御主人様、貴女はどうなるんですか?」
「………………人の事なんて気にしなくて良い。選んで、殺されて終わるか、それとも……」
「僕は貴女の犬なんでしょう!? 命令すれば良いのに、どうして貴女は僕に選択を迫るんです!?」
「指示を頼るな馬鹿犬! 人生には自分で考え、選択しなくちゃいけない時があるんだよ!? 今がその時! さぁ、早く決めなさい!」
焦り、慌てる僕に、ネイリィは真剣そのもので叱咤する。先程の悲しげな笑みなど、最早何処にも見られない。軍勢の中の数名は、既に目と鼻の先まで来ている。ネイリィ、銃、そして兵士。それらを忙しなく見比べた僕は、一つの結論に達した。そう、何もわざわざ苦労して帰る必要なんてない。帰してくれるなら、帰るまでだ。その為に、大して親しくもない女の子がどうなろうが、僕の知った事ではない。少し痛いのを我慢すれば、また真っ暗な世界を通って彼女の元へ………………。
「戻れる訳ないだろぉおお!」
引ったくる様に差し出された銃を取った僕は、迫り来る脅威に向かって照準を合わせ、構えた銃の引き金を引いた。生きる事を止めない為に、他者を殺す事を選択したのだ。これが果たして正しい道なのか、僕には分からないが……。
「……やはりキミは、忠犬だね……」
迸る赤色の閃光、砕け散る銀色。黒色深い大穴に生命が落ちていくのを捉える最中、ふと感じた背中越しの小さな温もり。何時の間にか僕の後ろから腰に腕を回す御主人様、ネイリィ。
「……キミは、私だけの勇者……もう、誰にも渡さない……」
小さく歌う、小さな温もり。それを守れただけで、自らの選んだ道は正しかった様に思えた。尚も銃は吠え続ける。引き金を引く僕の叫びを代弁し、迷いを掻き消すように……一心不乱に。