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こんにちは、世界①

「えーっと……ありがとう、ございます。不躾だとは思いますが、幾つか質問しても構いませんか?」


 僕は周囲の様子を確認しながら小さく手を上げ、件の幼女に目を向けた。何が楽しいのか、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて僕を見つめている。先程から一向に視線を外す気配がない。何故か。理由は分からないが、どうにも引っ掛かる……。


「うん? 構わないよぉ? 何かなー、可愛い勇者くん」


 幼女は、僕の声に対して花が咲いたように可愛らしい笑顔を見せた。外見に相応しい、無邪気な笑顔である。思わず緩みそうになる緊張の糸を張り直し、僕は静かに口を開く。


「ここ、何処ですか?」


 床に敷かれた赤い絨毯、球技が行えそうな程に広い室内、遠目に見える象牙色の壁に張り付くよう立ち並ぶ銀色の人影、見上げる天井には無数のシャンデリアがぶら下がっている。未だ記憶が曖昧なままの僕ではあるが、ここが自室と思えるほど間抜けではない。


「ここは“ウルファレオ城”といって……うふふ、私のお城。招いたのは、女王である私。あの憎たらしいゴミクソ……こほんっ、とっても悪い魔王さんをやっつけて貰おうと思って。どうかな、理解出来た?」

「……大体は、出来たかと思います」


そして、こんな可愛い子ぶった胡散臭い幼女……もとい、幼女王の言葉を鵜呑みにする様な間抜けでもない。あの憎たらしい……って言ってた時の顔面崩壊ぶりを見れば、疑いも確信に変わるというものだ。こいつは、限り無く黒に近い。しかし、全てが嘘かと言われると……首を傾げざるをえない。置かれたこの世界の情報が足りな過ぎるのだ……それに、自分自身に関しても。


「……簡潔に言うと、魔王って奴を殺しに行けって事ですか?」

「うふふ、そう、魔王が存在すると迷惑だから……話が早くて助かっちゃうなぁ。さて、可愛い勇者くん? 早速旅立っちゃおー!」


 だから、僕はあえて乗っかる事にした。この胡散臭い流れに。そうすれば自然と情報が集まるし、自分自身の事も思い出すかもしれない。逃げるかどうかは、それから決めても良いだろう。少なくとも、敵とも味方とも分からぬ者の胃袋にいる内に決めるよりは……。僕は軽く一礼し、彼女の指が指し示した自らの背後、出入口であろう大扉を正面に捉えて足を踏み出した。


「……ん?」


 数歩進んでから、僕はその違和感に気が付いてしまった……気が付かなければ、苦しまずに済んだかも知れないのに。


 カチリ。


 足元から何かの“スイッチ”が入った様な音と、続けざまに頭上より鳴る金属の軋む音を僕の耳が捉える。何事かと思い天井を見上げると、僕の目に“シャンデリア”が飛び込んできた。そう、文字通りに。


「アハハハハハハハハハハハッ! 油断大敵だよ、可愛い勇者くん!? もう可愛さの欠片もねぇ、グロテスクな肉の塊になっちまったけどさぁああ!? ギャヒハハハハハハッ! 安心しなよぉ、残さず綺麗に、床にこびりついた血ヘドまで舐め取ってあげるから!」


 酷い物だった。何がって、シャンデリアの感触が。半端に気が付いた故に、反射的に身体を逃がしてしまったのだ。だからまだ意識はある。それが最悪だった。自分の肉体が負った致命的な外傷を視認して、かつ狂ったように顔を歪めて大爆笑する幼女王の猟奇的台詞まで拝聴する羽目になったのだから。


『痛みが無いのが、幸いか』


 半ばシャンデリアと一体化している僕は、間違いなく助からない。痛みが無いのは、そういう意味だろう。彼女の言う通り、今の僕はグロテスクな肉塊。油断が、この結果を招いてしまったのだ。


『また、選択を誤ってしまったのか』


 徐々に薄れて行く意識の中、僕は何かを思い出しかける。それは一体何なのか、死に行く僕にはどうでもいい事柄だが……。駆け巡る映像と、幼女王の爆笑に包まれながら、僕の意識は真っ暗の世界に溶け、やがて消えた……。




 “ライフ”×98。




「うふふ、そう、魔王が存在すると迷惑だから……話が早くて助かっちゃうなぁ。さて、可愛い勇者くん? 早速旅立っちゃおー!」


 だから、僕はあえて乗っかる事にした。この胡散臭い流れに。そうすれば自然と情報が集まるし、自分自身の事も思い出すかも………………ちょっと待て。僕は、唐突に思い止まった。そして、周囲の状況を確認する。背後の大扉を指し示す幼女王、今にも歩き始めようとしていた僕自身、そしてその進路上、天井から不気味にぶら下がるシャンデリア……。


「どうしたのかなぁ、勇者くん? 魔王を殺しに旅立たないの?」


 どういう訳か分からないが、間違いない……時間が巻き戻っている。でなければ、頭上のシャンデリアに対して、これほどの恐怖を覚えるはずがない。僕は先程、間違いなくあのシャンデリアに押し潰されて死んだ。身体が、覚えている。


『僥倖……か』


 これに気付けたのは、紛れもない僥倖だ。あの忌々しい罠に掛かる道を回避できる。次は、恐らくもう無い。そう思った僕は、大きく深呼吸を開始する。呼気と吸気、それを繰り返す最中に感情を閉め出す。見抜けなかった自分に対する怒りと悔しさ、自らを罠に嵌めようとする幼女王に対する憎しみと恐怖……そして、生きていた事実に対する僅かな喜びを纏めて追い出し、思考を巡らせた。


「まだ質問、良いですか?」

「うぅん? キミは目的は理解したのでは……? いや、もしかしてプライベートな質問だったりするのかな……? 今日の下着の色なら黒だよ」

「いや、そういうのでなく……」


 黒なんだ、と何と無しに想像してみると、視界の端に立つ銀色の人影が一つ、音を立てて床に崩れ落ちた。一体何があったのやら。気になりはするがしかし、今は幼女王の下着も、銀色の人影も重要度は低いはず。今、優先すべき事項は……。


「これ、試験か何かですか?」


 幼女王の真意だ。僕は、数歩先に見える床の僅かな出っ張りへと歩みより、それを踏むと同時に飛び退いた。


 カチリ。


 聞き覚えのある音と共に、僕の目の前にシャンデリアが落ちてくる。破片の飛散を考慮して、両の腕を交差して顔の前に。僕の身体が床に転がるのとほぼ同時、シャンデリアが床へと激突し、破壊音と破片を辺りに撒き散らした。多少の負傷は覚悟したが、幸い今回は傷一つ負わずに済んだようだ。安全を確かめつつ立ち上がり、再度幼女王へと向き直る。


「これ、試験か何かですか?」


 その問い掛けに答えたのは不気味な静寂……否、静寂の先にあった幼女王の大爆笑だ。まるで静寂の反動とばかりに、彼女は声を大にして笑い散らす。可愛らしい声が紡ぎ出す下品な笑いは、静寂より更に気味が悪かった。


「ギャヒヒヒッ、アーハッハッハッハッ! 最高最高サイッ……コォ! 勇者くぅうん、キミ、やっぱり最高に可愛いよぉおお!? ダメ、ヤバい、苛めたい……いじめて、苛めて、虐め抜いて! ブッ殺してそのお肉をクチュクチュしたいよほぉおお!? ギャヒハハハハハハッ!!!」


 激しく感情を剥き出しにした幼女王は、持てる可愛さを全て台無しにする顔を晒し、裂けたように開いた口からは多量の涎を垂れ流している。しかし、狂気の眼は変わらず一点を……僕だけを見つめていた。それは宛ら、餌を見つけた肉食獣。猛る欲とは反対に、冷静に獲物を観察する眼だ。その紫色の美しい瞳は、僕を捕食する未来しか映していないだろう……。


「……餌になるのは真っ平ごめんです。魔王の件は嘘なんですか?」


 気合い負けしたら、それこそ一巻の終わりだ。無意識に震える身体を押さえつけ、震える喉より言葉を絞り出す。それが功を奏したのか、狂ってるとしか思えない彼女からマトモな言葉が返ってきた。


「嘘なんかじゃない、魔王は存在する。あのゴミクソ野郎をブッ殺す為に呼んだっていうのも本当だよぉ?」

「信用出来ないですね、さっきの今じゃ」

「ハッ、寧ろさっきの今だからこそ信用して欲しいなぁ!? その足りない頭回して考えてもみなよ! 苛めるつもりなら、ただ殺すつもりならさぁ、こんな回りくどい事をすると思う!? 勇者くんには、私がそんな姑息で矮小なモノに見えるのかなぁ!?」


 確かに、幼女王の言葉には一理ある。彼女が女王であるならば、回りにいる銀色の人影は武装した兵士。丸腰の僕など、兵士に捕まえさせてしまえば良いのだ。そうすれば彼女のお気に召すまま、煮るなり焼くなり好きに出来る。それをしない所を考えれば、彼女の言葉は真実、か……。


「……可愛らしく見えますが、そうですね……貴女なら、直接手を下しそうな気がします」

「ふっ、ふっ……ふぅー……うふふ。ごめんね、勇者くん……取り乱して。私、ちょっと熱くなりやすい性格でねぇ……感情を抑えるのが苦手なの」

「いえ……僕の方こそ少し熱くなって、言葉が過ぎました……すみません」

「その謝罪は、信用してくれた意思表示と捉えて良いのかなぁ?」

「えぇ、そう思ってくれて構いませんよ」


 お互い冷静さを取り戻し、一先ずの和解。だが勿論、まだ彼女を信用した訳じゃない。舌先三寸、物は言い様だ。何にせよ情報が足りないのだから、最悪を想定して動くに越した事は無い。彼女が人を陥れる事を好む嘘つき妖女ならそれで良し、分かっていれば対応も可能だ。もし逆に、感情制御が苦手なだけの素直な鬼畜幼女だったならば謝れば済む話。慎重に行こう……。


「うふふ、ありがとう勇者くん……嬉しいなぁ。信用されないのは悲しいからさ……好みの子からされないのは特に、ね」

「僕の何処をお気に召したかは分かりませんが、光栄です」

「小さくて華奢でぇ、男の子っぽくなくてぇ、小綺麗でぇ……その癖、妙にタフそうな所かなぁ。例えるなら、簡単に割れないガラス細工……苛め甲斐が有りそうで、素敵じゃない? 壊してみたくなるよぉ」


 その台詞に、思わず乾いた笑いが溢れた。妙な気に入られ方をしたものである。妙に色っぽい表情で舌舐めずりする幼女王を視線から外し、周囲に異常が無いか確かめつつ話を進めた。


「試験は、合格ですか?」

「うぅん? あぁ、まぁ、そうだねぇ……ちょっと不安だけど、及第点をあげるよ。一人で旅に出す訳じゃないし、ね」


 そう言った幼女王が手を叩くと、玉座付近に控えていた銀色の人影が動き始める。奥に見える扉を開き、その中より数人がかりで何かを運び出して来た。えっほえっほと声を上げ、幼女王の前に用意されたのは長方形の箱……赤いそれに金色の装飾が施された、素敵に憎いあん畜生。大きな宝箱である。


「丸腰で旅に出すのは、流石にねぇ……餞別だよ、ホラ」


 ぴょんと玉座から飛び降りて、かぱちょと開けた宝箱の中身を漁る幼女王は、一振りの刃を掲げて見せた。紫色の鞘に収められたそれは、幼女の身の丈を優に越す長刀……仕舞われたはずの刀身から滲み出る暗黒のオーラは、離れた僕すら恐れさせる程に力強い。


「妖刀、ミナゴロシ」

「なんて物騒な名前の物を……」

「これは業物なんだよ? どんな素人だろうが持つだけで強くなれるし、使いこなせてしまう。まぁ、見るもの全てが斬りたくなるって欠点があるけど。後、愛用すると7日も経たずに怪死するらしいねー……でも、私は平気だから勇者くんも平気、多分、はい!」

「いりません」


 可愛い笑顔で突き出されたそれを、素敵な笑顔で全力拒否。多分で渡すなよ、そんな危険物……魔王に辿り着く前に死ぬって、何かしらで。


「受け取って、くれないの……? 折角私が、勇者くんの為に心を込めて選んだのに……?」

「気持ちはありがたいですが、呪われてる物をチョイスしないでください」

「ちっ……キチガイになった勇者くんと、怪死体になった勇者くんとを見られて食べられて、私は一石三鳥なのに」


 前言撤回、有り難くも何とも無かった。おまけに舌打ちまで頂いて……涙を浮かべた彼女に対し、一瞬でも心を痛めた先の自分を殴りたい。しかし、過ぎた事をとやかく言っても仕方がない。折角だから、宝箱の中身を見せて貰う事にした。


「という訳で、僕が選びますね」

「本当はダメだと言いたいけど、勇者くんの為に用意した物だからねぇ……良いよ、勇者くん……私のそれ、好きにして」


 妙に艶っぽい声を出す幼女王を無視し、僕は宝箱に直進する。勿論床や天井等、他方向に警戒しながら。しかし、そんな警戒も虚しく目立った罠は無く、僕の身体は容易く宝箱の前に辿り着いた。


「何があるかなー」

「華麗に無視しやがったね、この野郎」


 宝箱にも、罠の類いは見受けられない。僕は嬉々として宝箱の中身を物色する。六芒星のブローチ、獣の牙らしき物を通したペンダント、装飾美しい小刀、透明感溢れるローブ……等々、心踊る品々が詰め込まれていた。先程見たときから感じていたのが、この異常な胸の高鳴り、沸き上がる高揚感……僕は宝箱が大好きらしい。


「ん、なんだ?」


 そんな中で、宝箱の底の方から鈍い光を捉える。豪奢な宝の山を掻き分け、それを掘り出し手に取った。鈍い光の正体は、使い込まれてボロボロになった鈍色の小盾だ。内側に革製の固定ベルトが取り付けられており、恐らく前腕に装着して使用する物だろう。


『気になるな……他の物は新品みたいに綺麗なのに、何でこの盾だけはボロボロなんだろう……?』


 そんな疑問から角度を変えて小盾を観察していると、裏の方の隅に掠れたカタカナの刻印を見つけた。……リィ、ウルファ……。目を凝らし、その刻印の解読を試みた所で大きな声が響く。彼女の声だ。


「私を無視する奴は……死ねぇええ!」


 高らかな宣言と共に、いつの間にか玉座まで戻っていた彼女の脚が床を踏みつける。その行動は、小さな身体に似合わぬ轟音と衝撃をもたらした。揺れる視界は、僕の足下の消失を意味する。床が、沈み始めたのだ……!


「ヤバ、い……!?」


 宝に現を抜かしていた僕も、流石に焦った。残る宝に見切りをつけて、崩れ落ちる床を駆け上がる。しかし、崩れ落ちる床と僕の走る速度……果たしてどちらが上か。それは、間違いなく前者である。


「……こ、ンのっ!」


 それを悟った僕は、早々に走るのを諦めた。変わりに、ただ一度の跳躍に全エネルギーを絞り出す。辛うじて残っていた足場を力強く踏み締め、そして蹴った。浮き上がる身体は幼女王目掛けて飛んでいく……しかし、残る足場に着地する程の力は無い。


「……一先ず、成功」


 だが、足場の端くらいには辿り着く事が出来た。咄嗟に宝箱から小刀を拝借しておいて正解だ。鋭い刃は玉座の奥まで続くカーペットを突き破り、一瞬の減速を与えてくれた。落下の勢いで裂けていくも、そこは高そうなだけあるカーペット……僕が掴む時間位は耐えてくれたのだ。


「けど、まだ助かった訳じゃないんだよなぁ……」


 そう、僕の身体は未だ宙ぶらりん……カーペットという命綱を掴んだだけに過ぎない。眼下に広がる暗黒の大穴に吸い込まれる運命を、ほんのちょっと先延ばしにしただけの状態だ。助かる為には、己の腕力を頼りによじ登るしかない……。


「やっぱり私の見立て通りだ……キミはタフだねぇ、勇者くぅん?」


 見上げたその先の足場、自らの城の床に大穴を開けて僕を転落死させようとする、ぶっ飛んだ思考の持ち主に見下ろされる中で……。僕にはもう、不可抗力で見えてしまった彼女の色っぽい下着の様に真っ黒、いや、真っ暗な未来しか見えない。登った瞬間蹴落とされたり、カーペットを切断なんかされたらもう終わりである。凡そ平常な思考など持ち合わせていないであろう幼女王なら、躊躇無くそれらを実行するはずだ。


「そんな状況で、私の下着を食い入る様に見つめるなんてねぇ……キミはその、アレかなぁ……? 所謂、ヘンタイさんなのかなぁ?」

「……はい?」


 しかし、彼女は僕の予想を良い意味で裏切った。徐に腰を折ったかと思うとカーペットを掴み、その細腕に似合わぬ腕力を発揮。カーペットごと、僕の身体を引き上げてしまったのだ。そうして引かれたカーペットは、勢い余って天地逆転、僕は宛ら一本釣りされた魚の様に空を舞う。


「わわわ、わっ……!?」

「フィーッシュ! なぁんてね、キャハハ!」


 余りの勢いに思わず手を離し、重力に引かれて落下する僕の身体は、まるで計算されたかの様にすっぽりと彼女の両腕に収まった。僕より少なくとも頭一つは低いであろう幼女王に、お姫様抱っこをされている……何とも恥ずかしい絵面である。


「気分はどうかなぁ、ヘンタイ勇者くん?」

「……あんまり良くないです、下ろしてください」

「へぇ……落とされたいんだぁ……」

「幼女王様の腕の中は最高です、一生このままでも良いくらいです」


 だが、恥など気にしている場合ではない。僕の命は彼女の匙加減一つで決まるのだ。それこそ、その腕力で穴に投げ込まれたら即終了……漏れ無く僕は、潰れたトマト。勿論、そうはなりたくない。舌先三寸、嘘八百……幼女王の御機嫌取りの為に言葉を並べ立てる。すると彼女は鼻を鳴らし、僕を支える腕を乱暴に下げた。


「ぐぇ……!」


 そうなれば当然、僕の身体は床に叩きつけられる。思わず声を上げてしまったが、この程度の痛みで済むなら安いものだ。声も出せぬ潰れたトマトになるよりは、数百倍マシというものだろう……。


「どうせ吐くなら、もっとマトモな嘘を吐いたらどうかなぁ? まぁでも、嘘でも自分の言葉には責任を持たなくちゃ……ねぇ?」

「う……?」


 と、思ったが、そうでもないらしい。嘘を吐いた代償は、死ぬより数百倍高かった。首根っこを掴まれて釣り上げられ、無理矢理視界に入れられた幼女王のいやらしい笑顔から、そう確信する。


「一生、私の腕の中にいても構わない……そう言ったよねぇ? 言質、取ったよぉ……!?」


 自ら愛玩物に立候補してしまった僕に待つ未来はただ一つ……死なない程度に可愛がられ続けるという物だ。僕が壊れてしまうか、彼女が飽きるまで……ずっと。


「すいません、嘘です……!?」

「うふふふふっ、全然聞こえなぁーい!」


 発言の撤回は、彼女の都合の良い耳には届かない。どうしたものかと思考を巡らせていた僕は、不意に身体の異常を感じた。


「……認めない認めない認めない……!」

「が、はっ……!?」


 無意識に動いた視線が捉えたのは銀色の人影。それが自らの直ぐ側にいた事を認識すると同時に、異常の正体が自らを刺し貫く銀色の刃のせいだと知る。狂ったように同じ言葉を呟き続けるそれは、先程床に崩れ落ちていた兵士であった。


「女王様は、俺の物だぁああ!?」


 咆哮と共に力を込められた刃は、いとも容易く僕の身体を引き裂いた。生命が溢れていくのが、実感として分かる。横っ腹を貫いた刃が、骨ごと背中から突き抜けたのだ。ドシャ、ボトリ、という嫌な音が僕の耳に届く。音の発信源を想像するだけで、意識が身体から飛び出して行きそうだった。


『まさか、本当に彼女の腕の中で一生を終えるなんて、ね』


 自分が死に行くというのに、妙に他人事の様に感じられる。何故だろうか、僕は今、奇妙な安息に包まれているのだ。理由など、死に行く者には理解出来なかったが。


「……グロいなぁ、勇者くん……キャハハ……」


 半ば抜け殻となった僕の上半身が、彼女に優しく包まれた様な気がした……。




 “ライフ”×97。

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