07.闘争
「お前との出会いはこんなところか」
「あの、恥ずかしいのですが……」
デレクは口端に笑みを浮かべ、さもありなん。と軽く口を開くと続けざまに言葉を紡ぐ。
「だがな? 紛れも無くお前は俺を目覚めさせたし、その点においては本当に感謝しているのだ。っと、だが全く意味のない話になってしまったな。他に何か聞きたいことはあるか?」
そうですね、と紫音が思案していると部屋のドアが叩かれる。小気味良い音がデレクの鼓膜を揺らす。メイドが顔をあげすぐさまドアへと足を向けて扉を押し開ける。
「晩餐会の準備が整いました。まだ時間はありますがよろしければ一階エントランスへお越しください」
「はい。わざわざありがとうございます」
では、と伝言を伝えにきたメイドは伏目がちに退き、扉をゆっくりと閉めた。
「だ、そうですが、どうしますか?」
回れ右をして振り返った先にデレクがいるのを知っていたかのように紫音が問う。男は驚く様子もなく、行くぞ。と顎をあげて外に向かうようにメイドへ指示する。
「はい」
そう間髪いれずに返答をしたメイドは屋敷から持ってきていた長い鞄を再び両手で抱き、主人の後を追って部屋を出た。
後に残った紅茶がゆっくりと冷め、室内の香りを塗り替えていくのに時間はかからなかった。
「この度は我がアシュリー・インテグラルが二七へ成るに辺り、この様な晩餐会を開かせて頂いた。各人忙しい中の参加本当に嬉しく思う。それでは私に変わり我が友、デレク・ホーベルが乾杯の音頭を任せる」
屋敷の中庭を豪勢に飾る装飾や、有象無象が立ち並ぶ丸テーブルが立ち並ぶ事で見る者が見れば地獄とも取れる世界が埋めていた。
人間の大半はこの光景を美しいだとか豪華だとか妬ましいだとか思うのだろうな、そうデレクは思いながらアシュリーと変わり一段高い壇上へと上がる。
何十という人間の双眸が、金色の髪を持った静謐な雰囲気を携えた男へ向けられる。その中には妊婦も混じっているのを見るが、関係の無いことであった。
「大学時代の学友、アシュリーの生誕日へと巡り会えたことは誠に嬉しいことだ。これからも彼のますますの健闘を健康をここに折り付け――襲撃だ紫音!」
デレクは突然言葉を打ち切り、離れた所で佇んでいた紫音へと駆け寄る。他の人間は全く反応することは出来ずに突如とした彼の変異に驚くだけ。メイドは鞄を地面に叩きつけ、上蓋を蹴り上げていた。刹那、影が中庭の中央へ落ちる。
「GHYEEEEEEEEEE」
人ならざる声を影があげる。そして周囲の人間がその影を認める前に、一人の男の首が中空へ爆ぜていた。
影が無茶苦茶に編んだ魔術構成を『男の首』がある空間で創り上げたのだ。もちろんその魔術は発動することもなく無へと消え失せるが、その時に放たれた魔力によって首が飛んだのだ。
それを見たデレクは――他の人間はすぐ叫び逃げようとしたが――簡単な自己断界魔術を組み上げ展開する。
「紫音、貴様は自分で何とかしろ。飛ばされるぞ」
言われるまでもなく紫音は鞄から刀を取り出し、自分の手首を小さく切り上げて血を流す。中空へ鮮血を投げ、魔術陣を中空へ描くことによってデレクのような直接の魔術干渉を防ぐ魔術を発動させる。
「JWRRRRRRR」
影が再び叫びを上げる。意味を全く取れないその叫びが、逃げ惑う人々を一層恐怖に駆り立てる。が、人間たちは逃げようとして中庭の果てで、見えない壁にぶつかってしまう。
「どういうことだ。この広域に断界だと……柱だと思って間違いないだろうな」
「私が先行します。ご主人様は周囲の安全確保を」
既に手首の血は止まった紫音が、刀を両手にデレクの前へ歩み出る。アシュリーなどが腰を抜かしているのを男は見ると、仕方ないなと肩をすくめると彼らの下へ歩みを進める。それだけを確認して紫音は影へと向き直り睨む。
既に周囲の人間は「壁際」へと集まっており、目の前で繰り広げられるであろう事態へ恐怖していた。
影はよく見ると男の様な姿をしていたが、あまりにも醜い容姿であった。腕は捻れ曲がり、全身は裂傷に覆われ、肉体のありとあらゆる所が欠損、あるいは負傷している。
着衣は何も無かった。脚の付根から生殖器がだらりと垂れていることによって初めてその個体が男であることが、彼らには理解できた。
男は動くこと無く紫音と対峙する。その動きは全く乱れることもなく呼吸さえしてないのではと思わせる程であった。
「五二柱、アロセス……殺す!」
紫音が大地を踏み鳴らし神速の振り下ろしを男へと繰り出す。男は刀が振り下ろされる直線の軌道より、半身身体を引くことで回避する。
「シッ」
紫音は振り抜く刀を翻し、袈裟に切り上げようとする。回避は間に合わない一瞬の攻防であるが刃は男に届かずに、またもや出鱈目に編まれた魔術構成によって防がれる。
メイドは『刀を防げる程に超密度の魔力の塊』たる構成を一瞥すると、すぐさま飛び退く。次に一秒と経たず構成が爆散する。
爆発の破壊力は数メートル後退していた紫音の身体を打ち、更に後退を強いる。顔を覆った腕を下げる頃には彼女の胸の前に再び意味を持たない構成が編まれているのを見ることになる。
「――あ」
そして爆裂した魔力の塊は紫音の右胸を抉り、身体を吹き飛ばす。メイドの上半身の服は全て吹き飛び、残った箇所も黒黒とした血で塗り替えられていく。元あった小さな双丘は今や見る影もなく片方だけになり、抉られた肉より血とも内蔵ともとれるモノが永遠と流れ出していた。
「ぃ、や――」
さすがにシャックスの柱といえど、心臓を破られては蘇生することは出来ない。肺を片方潰され残った肺や内蔵も爆裂した衝撃で砕けた骨が全身を突き刺していた。自らの身体によって内部より串刺しにされ、それでもまだ息があること自体奇跡であった。
「まだ死ねぬよお前は」
だが走り寄ったデレクが息を引き取ろうとしていた紫音の右胸で手をかざし、その柱の名を告げる。
「我が柱フェイニクスへ告げる。朝倉紫音へ我が内包する命を与えよ」
小さく手より産まれた炎が、残った紫音の身体へと落ちると燃え盛る業火へと変貌を遂げる。デレクは気にすることはなく紫音へ腕を掲げたままの姿で炎へと身を投じる。
「GQUUUU」
炎へと魔術構成を展開しようと影が叫び声を上げるが、フェイニクスによって編まれた焔柱へ侵入することは叶わずに霧散する。変わって周囲へ構成を紡ぎ、解き放った爆裂もその豪炎の勢いを減衰することは出来なかった。
取り残された人々もいよいよ天へ貫こうかとするその火炎に見とれていたが、しかしそれが収束し始めるのを感じていた。
「起きろ。そして殺し殺されろ。それが貴様の成すべき事だ紫音」
焔が消え去った後には閉じた両目より血を流した全裸のメイドが、刀を手にし立っていた。全身には血によって描かれた文様が輝き、見るもの全てを魅了する様なその幼さの残る肉体に妖美な雰囲気を与えていた。
デレクが続ける。
「そして命令する――喰らえ」