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72の高貴な下衆達の狂騒曲  作者: HaiTo
052 -Alloces-
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06.未知

「例えばだ、プロフェッサーの手を折ることが出来たのならどれほどの学生から英雄と讃えられ、どれだけの学生から卑劣漢を見る目で見られるか。それが重要なのだ」

 学外へ数名で出て、コーヒーの香りが空気を濁し天井に備え付けられたサーキュレーターが回ることで、葉巻やパイプの煙を切る、そんな喫茶店らしい喫茶店へと逃げていた。

 プロフェッサー、まぁつまり教授のことだがアイツらは例外なく頭がおかしいのではないかと思っていたよ。なにせ自分が識っていることは学生は殆ど識っている、として話すんだ。とてもじゃないがアイツらの言を理解できるなんて思わなかったね。

「だとしてもだ、シュリー。あいつらはたぶん腕をなくしても口でペンを持って論文を書き続けるぞ」

 友だった者の一人がそう言うのを、俺もアシュリーも笑っていたな。なるほど確かにそうだろう。アイツらの論文への狂気というか執着心は計り知れないものがあった。それは正しいのかもしれないが、一人の不良学生にとっては奇怪な衝動に思えたよ。

「おいデレク。何か案は無いのか」

 そうそう。この時期はまだ俺はカウサリサとしての継承はしていなかった。だから魔術を持て余してはいた。そんな時期だったからだろう、俺は妙なことを考えてしまった。

「そうだな。案が無いわけではないが……一つ、任せてみてはもらえないだろうか」

 師父から言われる度に自尊心が傷ついていた。お前の魔術の腕は五代続いたカウサリサ・ホーベルの中では貧弱も貧弱、何もなせないだろう。と。

 確かに俺の魔術は師父には遠く及ばず、同時期の他家のリスプと比べても誇れるようなものでもなった。むしろ彼らから卑下されていたのではないかとも思う。だがカウサリサとしての立場が俺を守っていた。もはや母は子を孕める身体ではなかったからな。俺を産む為に魔術的な改造を施し、柱との同調性に重きを置いた子を産むための装置と化した『アレ』は人間では無かったから。

 故、ホーベル家は俺しか跡取りは居なかったし、カウサリサは身内のみで受け継がれていかなくてはならない秘儀であった。

 柱を内に取り込み、内在する柱――悪魔――の力を行使するなど、リスプからしたら異端であり畏敬の存在だ。己と世界をつなげ万物を成そうとするリスプは、そういった世界以外との接続を嫌うし、何よりも悪魔は『門』を守護する害悪で打倒すべき存在だからだ。

「ほう。君が提示する案はいつも成功し最善手と思える結果をもたらしてきた。ならばこそ今回も君に任せよう。まあアイツらの伸びきった鼻を挫いてやるだけでいいんだ」

「ん、任された」

 残ったコーヒーを飲み、先に店を出ると大学へ向けて足をすすめることにしてな。どうせなら今すぐにでもやってやろうと。だからこそあんなことになったのだが。

 研究室へ向かう最中、長い廊下を響かせるのは俺の足音だけ。のはずだったが、プロフェッサーの部屋の区画へ踏み入れた時、別の音が混じった。

 なんだとね。肉と肉をすりあわせたような、聞いたこともないような音。音に導かれるように一歩ずつ前へ進む。あの頃の俺には分からなかったが、今なら解るね。あれは肉を咀嚼する音だ。しかも生きたモノをそのまま食いちぎる。

 訳もわからず進む。導かれる。そんな感覚。いよいよ音の震源地へと迫る。もはや明瞭に聞こえてくるその音は俺を奮い立たせていた。プロフェッサーが鎮座しているはずの部屋の中より聞こえてくる音は、初めて俺を満たしていた。

「あの、教授……?」

 小さく声をかける。が、返事はない。当たり前だ。既に俺にも理解できていた。食われているのはきっとあの男だろうと。だが誰に? どうして? そんなことばかり駆けめぐる。

 音を立てぬようにドアを引く。微かに音を上げるがそれよりも咀嚼する音のほうがはるかに大きい。ゆっくり、ゆっくりだ。そうして身体を部屋の中へとねじ込む。そこにはこの世の天国が広がっていた。

「ハッ……ンガッ、ンッ――」

 女が、何かを食べている。室内は天井にぶら下がった電球により本を読むことも出来るほどの明るさだ。しかし何故か室内は黒黒としたモノに覆われていた。

 血。そう理解できた。

 プロフェッサーの白髪まじりの金色の髪も。跡形もなく血で汚れていた。その身体の上で嬉々として人の体を貪る女。

「アグッ……ングッ。ハッハッ」

 服を着ることも無くただ目の前の肉を血を骨をしゃぶり、啜り、頬張る女の姿はとても人間には見えなかっただろう。だが俺はな。その姿に生まれてはじめて人間の姿を見た。

 生きている。教授は今まぎれもなく生きている。死にかけている。腕を食われている。喉を吐血したその液体でせき止めている。だらこそ、アレは生きている。そう感じたんだ。

 そうして人を食らう女もまた生を謳歌している。そうだ。誰も言わなかった。

 殺すな、奪うな。ただ2つ。人を喰らうななどと誰が説いただろうか。誰も説かなかったし誰も理解しようとしていなかったのだ。誰も教えたくなかったのだ。

 命が奪われる瞬間、それこそが命の最も輝く瞬間だと。

 命を奪う瞬間、それこそが命が最も燃え盛る瞬間だと。

 そうして俺はお前に巡りあった。アサクラシオン。序列四四柱。シャックスの柱を背負いし咎人よ。

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