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72の高貴な下衆達の狂騒曲  作者: HaiTo
044 -Shax-
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14.奇終

 目覚めは最悪、時計を確認すると午前十一時過ぎ。太陽が天高く輝く時、つまり正午まであと僅かだし、そも正午に天頂に輝くとはわからないだろう。くそが。

「お早うございますデレク様」

 侍っていたメイドが声を掛けてくる、が今はそれどころじゃない。というか部屋の中に居続けるメイドとは如何なるものか。これは確実に。

「今日はお部屋から出ないようにとのことです」

 ほらきた。そんなことで諦められるかよくそ親父が。こんな所で止まっていられるか、俺はこの日の為に生きてきた様なものなんだ。やらなくてはならない。為さなくてはならない事があるんだ。

「だから――爆散せよ!」

 世界に語りかける。思考たる魔術を世界へ侵食させる語り。世界を導く光。俺の世界を常世界法へと投影する!

 静止させようとするメイドを降り払い窓を粉々にする。二階から大きく飛び出し芝を削りながら勢いを殺す。ついで迫撃されるであろうメイドの術式を確認し、防壁を紡ぐ。

「楯よ!」

 発声する言葉に意味はない。ただイメージがしやすければいい。魔術とは外と内とを混ぜる事だ。常世界法へ投げかける意味は、超幾何学的構成に全て内包されている。それを世界へと認めさせるためのステップに発声は存在しない。ただトリガーとして扱いやすい、ただそれだけ。

 だから目の前から白雷と見紛う擬似妖精が、羽虫を潰したような音を立てながら楯に激突したとしても何ら不思議はない。このメイドもやはり俺より魔術の腕は長けている。つくずくこの家での俺の脆弱具合が解る話だ。

「紡ぎ紡がれ解き説かれ!」

 凛とした声が響く。魔術で吹き飛ばした窓から波紋が広がる。認識出来る程の魔力の波だ。だがこれは分かりやすい。つまり位相が反対の波をぶつけてやればイイ。が、悲しいかなここまで顕在化された魔力は俺には扱えない。よって正攻法は棄却。次、断界の防壁は? 波ということは座標点ごとの物質量の変異伝達、結果的に座標を極限まで圧縮した断界はエネルギーが限られている波であるならば良いが、魔力波である時点で断界を超えることは確定的。よって棄却。

 さて、今展開している防壁では勿論防げない。思案しよう。絶界であるならばこの波は防げるか否か。答えは是。断界と絶界では界面切断の方法が違いすぎる。断界は座標の偏差。絶界は座標間有利空間の変異。前者は要約するに空間圧縮。後者はつまり空間切断、しかも切断面は限りなく零に近く、その空間は擬似的に消失している事となる。『何もない』世界を超えて何かが伝わるはずがないのだ。

 問題はそこにあらず。なのだが……

「なんだ、簡単だ」

 つまり全力で正門まで駆け抜ける選択。これが最善手。

「逃げるか、この餓鬼!」

 メイドとは思えない声が聞こえる気もするが、ともかく波から逃れるように一目散に中庭を抜ける。間に合えば良いのだが。


 向かった正門には、見知った男が女の首を片手で締めあげていた。

「遅かったなデレク。どうする、こいつを犯すか?」

 前日とは違い、どこやってか衣類を見繕ったソレがそこにいた。一瞬だけそちらに注視すると、特別外傷があるようには感じない。だが目は虚空を見上げ、そこには何も写っていない様に思えた。まだ命は燃えている。でなければ柱の力は取り出すことはできない。だが悪魔としての意味を失った存在は、世界より消去される。即ち死ぬ。

「いや、遠慮しておこう。それよりも聞きたいことがある」

 一歩近寄る。後ろにゆっくりと波が詰め寄ってくるのを感じる。全てが始まる時は近い。そうだ。役者は完全に揃っている。

「良いだろう。お前が捕らえた様なものだ。許可する」

 ゲスらしい笑みを浮かべて男がこちらを一瞥する。繰り返そう。ゲスが。こちらを、視る。

「……触れても?」

「許可する」

 勝った。確信する。あとは淡々と存在を確認していけばいいだけだ。シャックスであるならば間違いはない。接触を許可すること。それが貴様の終わりだゲス。

 後ろに殺意の塊が立ち止まるのを感じる。が、意識の隅に追いやり今は目の前の女に集中する。一歩ずつ確かに踏みしめ、彼女へと近寄る。

「行くぞシャックス。俺へ――」

 介入しろ! 

 手を彼女の額へとあてがった瞬間、視界が白濁し刹那、暗転し収束し発散する。。

「意思を持って私へ介入を許すとは」

 自分を認識できない、そんな白光に満ちた黒黒とした空間で問いが響き発声する。

「必要だったからだ。私の目的を果たすために。問いを」

 私が誰かわからない。俺が私か分からない。私とは一体何か。さあ考えよう? 否。考えるべきは他の事象。さあ思い出せ。思考を走らせろ。自己を確立せねばならない。

「問いを、させろ。女」

 段々と黒が白へ、白が黒へなる。音が元に戻り声が元に戻る。思考が独立する。世界と自分とが乖離する。正常が異常へと。以上が正常へと回帰する。おかえり世界。

「何をだ」

 眼の前に『存在』が現れる。在るだけで何も分からない。そこに在るのは解るがさして全て意味が取れない存在。

「なぜ悪魔へと成った」

 なんとか問いを紡ぐ。口が動く。

「それに答える意味を」

 俺の口が言葉を紡ぐ。前の存在は何も為さない。何も出来ず何も感じずただそこに在る。

「俺が勝つためだ!」

 叫ぶ。叫ばなくてはやっていられない。さあ始めよう。勝つための勝利を!

「……私が悪魔を受け入れたのは――」

 だが一瞬後、奔流が情報の波が情報の時が情報のその全てに押され圧倒され淘汰され沈む。

 海。情報の。時の狭間へと投げ出される。事実だけを事象かされた世界で波動が収束し現実を形作る。具象化される。事実。現実。虚実。虚構。思考に直接情報を叩きこまれる。擁した自己が介入され瓦解していく。打ち崩された己の世界が溶ける。再び白濁した戦いへ引き戻される。

「――――――」

 悪魔たる理由。落ちる理由。堕ちた。堕ちる理由。彼女が在る理由。その全てが黒となって駆け抜け身体を抉り腕を吹き飛ばし、首を捻り、腹を奪っていく。言語化出来ない。

 形を持てない。真実という虚構に俺が打ち勝てない。俺? 俺が居る。身体がある。身体が奪われていく感覚がある。なら、まだ、死んでない。なら、まだ負けていない!

「ァ――――――」

 たとえ何があっても、たとえどんな苦しい世界が在ったとしても、たとえ君がどんなに汚れていようとも、関係がない。意味が無い。お前が俺に必要。ただその事実が必要なだけだ。汚れている? 知るか俺はそれを感じていない。満ちていない? 満ちていた人間など居るかよ。美しくあることが美ではない。ただらしく振舞え。お前が生きる事。それが必要だ。

「ァァ――――――」

 命らしく在れ。ただ悪魔らしく在れ。貴様は既に触れている。その勝利へと。危険はない。あるとしてもそれはただの絶望だ。絶望など鼻歌交じりに唾棄してしまえ。

「――起きろ」


 一歩下がる。現実世界に帰ってきた。と同時に暴力的な衝撃が俺とシベルアを吹き飛ばす。後ろで待機していたであろうメイドがその主人に駆け寄るのを視界の端で捕らえるが、それよりも目の前で湧き上がる魔力に目を奪われる。彼女は自らの手首を噛み千切り、おびただしい量の血流を大地へと落す。そうして血が白く光り、女の周囲で文様が描かれる。

「さあ、我が主を。答えを」

 柱たる悪魔が口を開く。誰に? 俺に。俺にだ! 

「奪え! その男の全てを!」

 命令が実行される。

 柱たる女の身体が大地を踏みしめ、驀進する。自らの血で描かれた文様を突破し術式を纏いながら。男は未だ立ち上がらず、衝撃で肺を圧迫されたのか咽ていた。メイドと俺だけが悪魔の突貫を目撃する。

「ご主人様! 危ない」

 メイドが声を上げる、展開していた波動を収束させ悪魔を穿とうとするが、しかし彼女の方が疾く駆け抜けた。メイドの魔術が悪魔を撃つ前に、女の腕が男の頭を掴む。瞬間男の全身の力が抜けたかのように五体をだらしなく投げ出す。人形のようになった男を女が持ち上げ、力の限りメイドの方向へと投げ出す。

 これにはメイドも魔術の展開を解除せざるおえず、魔力の波動は消え去る。その間隙をついて俺は立ち上がり、地面を蹴り出す。伝承の通りであるならば今、あの男は一切の驚異足り得ない。視覚と聴覚を完全に剥奪されたソレはもはや満足に生活することが出来ない、出来損ないになったのだ。

 黒い衣装を纏ったメイドは凶気に触れたように、顔色を変えて怒りを体現する。彼女が男をゆっくりと地面に下ろす間に、悪魔の横へと辿り着く。もはや策は成り、万事大成と言うまで残った障害はただ2つ。目の前の敵と、「大いなる三代目」だけだ。しかしそれらすべて超越しよう。いや、超越するのはこの悪魔の娘だ。

「人間じゃ足りない。欠陥がある。なら、すべての悪魔を従えるのは何か。即ち悪魔しかない!」

 精一杯の怒声を上げる。悪魔、彼女の中で見た事実が正しいのならば名を紫音と言う、紫音は前傾姿勢のまま前を見つめていた。敵対心等というものではない。その瞳はただ獲物を捕らえ命の糧とするための、悪意のない殺意。

「殺してやる。殺してやるぞ貴様!」

 メイドが咆哮する。もはや敵は居ない。俺には勿論このメイドを屠る力はないし、恐らく生涯を掛けても追いつけることはないだろう。だが彼女ならば、この悪魔の娘であれば俺が辿りつけない、いや、ただの人間であれば誰も到達することの出来ない高みへと、登ってくれるだろう。確信がある。そしていずれは極東の王家を超えるカウサリサへと。



一旦この話にてこのお話は終わります。72の悪魔のうち半分近く設定は決まっているのですが、如何せん書く気力が持たないことに気が付きました。

一つ一つのお話は完全に独立して書けるので、揃い次第投稿していきたいと想います。

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