13.親形
翌日、俺は父親を説得する。そう、カウサリサ・ホーベル家四代目当主たるシベルア・カウサリサ・ホーベルを。
彼の部屋の扉を叩く。華美ではない装飾が施された廊下に扉、その奥より声がくぐもって響く。入れ、と。どうせ俺が戸を叩いていることはわかっているのだろう、苦い顔を隠そうとするがそれも無駄か。時間を浪費する訳もいかず扉を開ける。
「おまえかデレク。何か用か」
おまえかデレク、等と良く言えたものだ。彼は外の人間を誰か理解出来なければ、入れなどと言える寛大な心は持ち合わせていないはずなのだから。
「用が無ければこんなところに来るかよ。柱だ。明日にこの家の前に来るよう制約を結ばせた」
読んでいた本を勢いに任せて閉じる。目の前のシワが深い男は初めて俺の目を見る。青い双眸がこちらを刺すが、何も考えることはない。これには語弊があるな。反吐がでるといった考えは常に思考を満たす。
「真に?」
試すように男が低く声を出す。先ほどまでの屑の執政官が机に脚を大きく乗せているような、そんな状態から一変し、腕を組みながら言葉を吐くその姿は、相変わらず屑の執政官だった。
「あぁ。間違いなくシャックスの柱だ」
言葉を選択することもなく、ただ暴力のように紡ぐ。事実だけを報告するのが責務ではあるが情報を全て開示する義務は、負わない。
「良いだろう。おまえの働きが真に正しければ私はそれを評価しよう。だが無力な貴様が私に今こうして楯突いていることに関して、何か釈明はあるか」
下衆が。反抗している事実は無い。それをわかっている上でこの言い回しだ。こいつは物事を理解しようと急ぎすぎている。未来を、そして他者の深淵など覗けるはずもないのに、この男はそれを識ろうと力を尽くす。だから俺は言うのだ。下衆が。
「釈明? そういった事実など今此処に存在していない。事象として励起されていない物をさも在るように言うのは、盲者の言だぞシベルア」
「おいお前なんと言ったか」
目を細めながら、だが確かに怒りを宿したその眼が俺を認める。この勘違いした人間に教えてやろう。
「現実を見ろよご老体と言ったんだ」
目の前の男は立ち上がると、若干白が混じってきている髪をかきあげながら俺を指さし、口を開く。
「退け」
身体が横へ吹き飛ぶのを感じる。恐らく窓を突き破って中庭へ転げ落ちることになるだろう。事実そうなった。二階から芝に堕ちる。受身を必死に取りながら「貴族が芝好きで助かったかな」等と考える。理由は考えない。どうせ汚い理由しか残らないのだから。
着地、横に滑って芝を抉って勢いを殺す。
「座して爆ぜろ」
低い声が響き魔術構成が視界を埋め尽くす。流石我が父だな、カウサリサとしても一流であるし一人のリスプとしても、一流であろう。
「ダッ!」
この魔術を防衛する力は俺に無い。よって必死の回避行動を取らざるを得ない。空間圧搾が先まで居た地点を『抉る』
殺す気かよこのクソジジイが。なら俺だって――
「連鎖解呪、爆散せよ」
――意識が飛びかける、が、なんとか最後の綱を離さないようにする。地面からは離れているが、単純に考え人間の重量を横に吹き飛ばす程のエネルギー等を受けて生きているのもまた、面白い。
地面を転がりならが思考する。初手は身体を直接外へ引っ張っていく力だった。これは身体自体が動く為干渉するのは難しいはずだが、俺の対魔術と爺の侵食力に雲泥の差があったわけだ。よってこれは良いとする。だが問題は三手目だ。二手目での空間圧搾魔術に連鎖させ、構成を展開していたはずなのだが、全く見えなかった。
そも、空間圧搾魔術自体の構成が難解である。座標を固定して分割した座標間の距離を零へ急激に、且つ一瞬だけ変異させるなどと言った『よく解らない』魔術。それを一瞬で放つなど如何なる所業か。
「つあッ、護楯!」
なんとか踏ん張った先で装飾楯を形成する。楯とは言うが実際には断界の性能を兼ね備えた、対物対魔術兵装の一つだ。煩雑な構成を伴わない2つを組み合わせ、最低限の守衛を展開出来る構成は気に入っていた。
「破砕せよ」
が、一瞬にして瓦解する構成。何か魔術で攻撃したわけじゃない。『完成した魔術に干渉して』破壊したのだ。触れてすらいないのに。なんたる、力。
「よく解っただろうデレクよ。貴様程度の力で私に楯突く等と無為なことをするな、と」
悠々と一歩ずつ前進してくる。気に食わない。何もかもだ。この親の目も髪も仕草も、何もかもだ。
「だから……」
足を止める。あの人間が。
「だから?」
可能な限り、回路を一気に開放して構成を吐き出し魔術を発動させる。
「往ね!」
「遅い」
が、発動する前の構成に干渉して俺の魔術は崩壊する。外界と内界を接続した一瞬を狙って、打ち崩された魔術の反動が俺の思考を白濁させる。
「脆い、脆すぎる」
消え行く意識の中、最後に見えたのは男の靴の黒だった。が、腹を蹴られ意識を現実へ引き戻される。
「がはっ、こんの――」
脚が再び振り下ろされる、回避、出来ずに再び激痛が腹部へ広がる。追撃、これは、回避。何も考えずに身体を傾けて転がり逃げる。二回ほど回転した所でなんとか立ち上がろうと手で芝を叩くが、追って視界に写った靴の先が胸を穿つ。
「遅い、脆い、拙い、お前は本当にホーベル家を継ぐつもりか? 信じられん。養子を取ったほうがまだ救われるだろう」
前方から蹴られた衝撃で背から崩れ落ちるはずだったが、足を開きぎりぎりで持ちこたえる。
「だが、カウサリサは血筋で無ければならない」
息を吐き出す。ただそれだけなのに激痛が全身に広がる。
「なぜ貴様のような無能が産まれてきたのか。俺の妻を陵辱し尽くした貴様は何を為せるというのだ。何を殺せるというのだ!」
怒りと共に吐き出される構成が精神を侵食する。ありえない。発動していない魔術でさえこの男は他者を壊せるというのか……――