10.樹炎
最後の爆風がデレクの背を打つ。紫音は小さな乳房を隠すでもなく男の後につく。中庭の果てで未だに結ばれている絶界へ男が触ると、小さくため息を漏らす。
「全く。本当に潔癖症だな。綻びらしい綻びが無い。アロセスの業がこれほどとは……アレは後でこの絶界を解呪出来たのか?」
「無理でしょうね。アレにはそんな力有りません」
己に柱を取り込んだ事によって彼の全てを手に入れた紫音は、主人の問に答えると共に、絶界に触れていたデレクの手に自分の小さな手を重ねる。
「同調してください。魔術を強引に解きます」
男は少し驚き、分かった。と小さく答えると目を閉じる。紫音はそれを確認した後に目を閉じ、盟約によって更に太くなった主人とのパスに己の意識を埋没させる。
「流石ご主人様。少しこちらで勝手に魔力を使わせて頂きますがよろしいですか」
「構わぬ。やれ」
意識下で交わされる会話。紫音はそれ以上何も言わずに己の意識を触れた絶界へと伸ばす。
完成している魔術を解くには綻びを見つけ、そこより崩すのが定石とされる。どんなモノにも綻びは存在する。魔術にも同じだ。
だが潔癖症を患う柱、アロセスによって紡がれた絶界は今この世界で唯一完璧な存在なのかもしれない。恐らく厳密には球体を生成し綻びを地面の下にまとめて形成することによって、露出部の完全性を演出しているのだろう。
それを彼らに識ることは出来なかった。紫音が魔術そのものに同調し干渉をしなければ。
大地に隠された綻びへと意識の手を伸ばし、それを見つけるとデレクより魔力を借り受け一直線に破壊の構成を鎖の様に連鎖させる。やがて構成の鎖が綻びへとたどり着いた瞬間、大きな音が中庭に響き渡ると同時に世界の壁が打ち崩される。
「流石だな。助かったよ紫音。それでは屋敷に火を放とう」
ありがとうございます。と紫音は小さく口に出し、少し服を探してまいります、とも続けた。デレクは二つ返事でそれを承諾しゆっくりと魔術の構成を編む。
デレク自身は魔術の才が有る訳ではない。むしろ彼はリスプとしては中の下だろう。だがその身体には柱が三つも取り込まれている。彼は柱の力を念密に組み合わせ、細分化し発現させることに力を注いだ。故に彼は彼自身の魔術と呼べるモノは極々僅かであったが、周囲のリスプはそれに気がつくことはなく英国の狂気とまで呼ばれる程、彼を敵視し畏怖していた。
紫音が柱を取り込み、既に実質5柱を手に入れた事による歓喜と愉悦がデレクを奮い立たせていた。それを鎮めるように己に内包されている柱の力を幾重にも構成として纏め上げていく。
「ご主人様。外で落ちあいましょう」
屋敷の中より女性の声が響き渡る。デレクはそれを聞き遂げ、構成を開放する。中庭にの中心に火炎が灯る。残った人の肉等を食らいながらその炎はだんだんと成長していった。彼はそれを確認することも振り返ることもなく出口へと向かう。
後には屋敷に燃え移る魔術の炎が残った。