09.虚証
「お、お前たちは一体なんなんだ! なぜ、なぜ殺す!」
シオンが、デレクが同時に笑みを零す。
「欲望という言葉を知っているか」
一瞬、アシュリーは不可解な言葉を聞いたかの様に顔を上げ、確かに『欲望』という言葉を解釈した瞬間に気が狂ったように声を荒げる。
「お、お前たちは殺すことが! 喰らうことが望みだとでも言うのか!」
「私は殺す事が。輝ける命を美しく散る瞬間、その生命の爆発を」
デレクが答える。
「私は喰らう事が。輝ける命の甘美なる舌への刺激を」
シオンが答える。
「ならばこそ我らは殺し喰らう者なり。それが我らが共に在る契約」
二人の声が重なり、中庭の大気全体が震える。
「さあ、我が盟友アシュリーよ。君の命を輝かせてくれ」
シオンは一歩下がり、デレクが一歩前へ進む。更に一歩、少しずつ後退していくシオンとその代わりに前進していくデレク。
「く、来るな! 来るんじゃない! この気が狂った奴め! 貴様なぞをここに呼ぶのではなかった! 来るな!」
恐怖が絶望が怒りがあるとあらゆる感情が彼の中で爆発する。次々とアシュリーの口から紡がれる呪詛にも似た言葉は、デレクにとっては子守唄か、否、彼にとってはこの呪詛や悲鳴こそが最高のオーケストラなのだ。
「良い。良いぞアシュリー。お前は今「生きている」」
一歩進むごとにデレクの顔は笑みが溢れてくる。その感情はシオンにも流れ、彼女の身体を震わせる。
「かつてシオンがアレほど完成に近づいたことがあっただろうか。良い機会だ、君という観衆も居ることだし彼女がまた一つ業を背負う奇跡的瞬間を見ていきたまえ」
シオンの身体に描かれていた文様が一斉に彼女の身体を離れる。光り輝く魔力で編まれたその紋章は霧散することなく中空に漂う。デレクが右腕を天をつくように掲げる。
「――降りろ」
掌をその言葉と共に握りしめる。と、その輝く魔力の塊が串刺しのままだった柱の男へと纏わり付く。そこから体内へと侵食していく光。
デレクの腕に紡がれた魔術陣が幾重にも成り、超密度の構成を紡ぐ。男が編んでいた様な意味が無い構成ではなく、十重二十重に意味を持った莫大な契約構成。
「BGYYYYYYY」
異物が侵入する事による悲鳴か、男が声を上げる。やがて続いた悲鳴が止まると男を貫いていた刀の存在が四散し、そのまま中空に取り残された男の身体がゆっくりと上昇を始める。
「我が名はデレク・カウサリサ・ホーベル。世界との契約に従いて抑止を屠る者也。命に誓いを、命に願いを、命に全てを」
中空にある男の身体より光が産まれ、そのまま包みこむ。
「其の名はアサクラシオン。我との契約に従いて魔を喰らい払う者也。命に従い、命を貪り、命が全て」
シオンの閉じられていた両目が開かれ、血が止まる。何かを受け入れるかの様に両腕を広げた。
「我は契約し、其へとその盟約を継がん。契約の名はアロセス。ソロモン王が大いなる鍵に因る抑止の柱。ここに契約を結び、ここに盟約を果たさん――!」
そして中空にあった光は小さく小さく圧縮され、手に収まる程度にまでなる。そのまま紫音へと落下していき、彼女の胸へと沈む。
「――契約完了。盟約批准。どうだ紫音。己に柱を取り込んだ感覚は」
一糸まとわぬ姿で在ることに全く恥じらいを覚えることもなく、自分の両手を見つめる紫音。そのまま腕へ視線は上がりやがてデレクを見据える。
「頭が、割れそうです」
デレクはそれを心配するでもなく破顔する。
「良い。いずれそれも慣れよう。さて、最後だアシュリー。何か残す言葉は」
あまりのも神秘的な一連の流れに目を奪われていた。
「あぐ……き、お前ら悪魔にいずれ罰を与える者が現れよう! その時こそ今まで殺されてきた者たちの怨念と知れ!」
デレクは虚を衝かれたかのように活動を一瞬止めるが、一瞬考えて口を開く。
「罰だと? お前は何を言っているんだ。そんなもの既に受けている。なるほどやはりお前という人間はつまらない。ならばこそ――」
死ね。それだけ紡ぐとデレクは踵を返す。紫音の横を通るときに小さく何かを伝えるが残された一人の男に聞こえるはずなど無く、ただ残された自分を信じられない様子で見ていた。
「な……なぜ殺さぬ! なぜ――」
最後まで紡げなかった。自分の周りに発光する何かが発現したということを見た瞬間、全て悟り彼は天を仰いだ。