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彼女たちは、今、  作者: 碧野 莵浬
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In The Sub Way

 電車が来るまでにあと2分ある。鋧蒼このみあおいは切符売り場横の階段を駆け下りていた。間に合いそうだ。ふと横を向くと、いつもの赤いランドセルを背負った女の子が改札を通ろうとしていた。そのすぐ後ろには父親と見られる男がいる。

 今日はパパが見送りか。いつもは母親が肩に高級な鞄をぶら下げて女の子と一緒に手をつないで歩いている。以前、女の子が「ママ」と言っていたのを聞いたので母親に間違いないだろう。今日みたいな日は初めてかもしれない。「ママ」は風邪なのかしら。そう言えばこの頃冷え込む様になった。

 ホームの階段を降り終えると同時に電車が滑り込んできた。近くの列に半ば割り込みで並ぶと扉が開いた。そして乗客が傾れ込む。そして緑が見える席は瞬く間に埋まって行く。空いているのは灰色の席のみだ。高いヒールを履いている時は30分も経たないうちに足の淵が赤くなって行く。この電車に乗るまででもすでに小指は赤く、豆になりかけていた。この際、と思いつつもポケットの中の携帯がさっき震えていたのを思い出し、吊り革につかまる。灰色の席も小太りな中年の男性が座り埋まった。少し窮屈になったその座席は端に座る若い女性が少し忌々しそうに横に座る中年男を見ている。男は何も気付かずにイヤホンで何か曲を聞いていて楽しそうだ。

 蒼はポケットから携帯を取り出した。思った通り白のディスプレーには青いランプが点滅している。メールが来ていた。『From:臼井紅』となっている。

 何回目だ。紅からの催促メールは今週でもう20通は超えているであろう。返事をしていたのは始めの2・3通で、それ以降は無視を徹する事にしている。葵は題名を見ただけでメールボックスを開けずに削除した。拒否リストに入れないのは、たまに来る部活の回しメールのためだ。いいかげん私が無視していることでの意味を理解してほしいものだ。教授に何を吹き込まれたのかは分からないが、いつからか雑草魂と称してしつこくこの様に私にまとわりつくのは本当に鬱陶しい。

『次は竹田ー、竹田ー』

 真っ暗だった風景が俄に光を差す。この駅からは近鉄になる。暗いが酔わない地下鉄はここまでだ。ドアが開き、乗客が目の前のホームに停車中の普通大和西大寺行きに小走りで駆け込んで行く。葵はゆっくりと電車を降り、すぐ近くにある緑のベンチに腰掛けた。

 今日は平日、学校のある日だ。しかし行ってしまった普通に乗らなければ朝のホームルームには間に合わない。今の気分的には間に合ってもほしくもない。一時間目は持久走だ。あの坂の急勾配ぶりには毎年うんざりさせられる――。

 ふと気が付くと奈良行き急行が目の前に停まっていた。ドアは既に開いている。

 乗りたくないな。

 そう思うと同時に目の前でドアが閉じられた。ゆっくりとホームから滑り出して行く。蒼は左手に持っていた携帯を右手に持ち替え、メニューを開いた。

 本当は持久走もそこまで嫌いな訳じゃない。この頃気になる体重を減らすための一環としてのダイエットと思えばいくらでも走れるような気がするからだ。学校も嫌いじゃない。むしろ大好きな部類に入るかもしれない。

 でも。と蒼は手袋をリュックのサイドポケットから出した。指の先が寒さで麻痺しかけている。白のリボンの付いたその灰色の手袋はしっくりとすぐに蒼の手に馴染んだ。

 紅さえ居なかったら。いや紅がいてもこんなにまで代わり映えはしなかったであろう。

 開けたデータボックスの一番下のフォルダへと指を動かす。手袋をしているせいか上手くボタンを押す事ができない。ヒューという音を立てて背後にまた電車が滑り込んできた。場所的に地下鉄から上がってきた電車であることが分かる。バンと扉が開くと人がわらわらとホームに溢れ出した。その後すぐにまた向かい側に急行が滑り込んでくる。今度は宮津行き急行だ。

 このまま一日中ここに居ようかな。でもこの携帯の充電に限りがある事、そして切れてしまったら家にも帰り着けない事は判っている。ましてや無断欠席など、蒼の学校では言語道断だ。脳内では躊躇しつつも、足は電車へと走り出していた。蒼が乗った瞬間扉がしまった。

 学校に行くしかない。遅刻をするとしても学生である私の義務は果たさなければならない。

 一つだけ空いていたワインカラーの座席に腰を下ろすと、電車はとっくに竹田駅からは離れていた。


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