表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

イテレーション

てきとうに作りました。

2025年7月15日、午後12時45分。

福山駅南口のバスロータリー。照り返すアスファルトの熱気が、視界を陽炎のように歪ませている。


羽衣ういカイは、隣で楽しそうにバスを待つナツミを横目に、自身の脳内に展開された「コンソール」を凝視していた。


(……このエリア、オブジェクトの密度が高すぎる)


カイには、一般人には見えないものが見える。

駅前のバラの花壇。そこには「Rose_Object_001」から「500」までのラベルが貼られ、風による揺れの演算(Physics)が共通のシード値で簡略化されている。

カイは、この世界の「裏側」を読み解き、書き換えることができる唯一の天才、**「セゲライダ」**だった。


「カイくん、何ボーッとしてるの? ほら、とも行きのバス来たよ!」


ナツミがカイの腕を引っ張る。

やってきたのは、エンジ色と白のラインが入った「鞆鉄ともてつバス」だ。

冷房の効いた車内に逃げ込むと、エンジンの振動と共に、バスはゆっくりと福山の中心市街地を南へと走り出した。



バスは葛城かつらぎのあたりを過ぎ、緩やかな坂道を上っていく。

窓の外には、並木道と古びた住宅街が交互に現れる。

カイは、バスの車内という「閉鎖空間」の演算データに違和感を感じていた。

シートのモケットの擦れ具合、つり革の揺れる周期。すべてが「完璧すぎる」のだ。


「ねえ、カイくん」


ナツミが、窓の外を流れる景色を見つめたまま、ぽつりと呟いた。

その声は、いつもの明るい彼女のものとは思えないほど、低く、透き通っていた。


「……この景色、なんだか『書きかけの絵』みたいに見えるね」


カイの心臓が、ドクリと跳ねた。

「書きかけ……? どういう意味だ?」


「うーん、うまく言えないんだけど。あの雲も、あの木も、すごく綺麗なんだけど……誰かが『ここを見てほしい』と思って、一生懸命描いたみたいな。でも、私たちが通り過ぎた瞬間に、消えちゃうんじゃないかって」


ナツミは未来を知らない。彼女は、自分が数時間後に死ぬ運命にあることも、この世界がシミュレーションであることも知らないはずだ。

だが、システムの中心人物メイン・コンテンツである彼女の意識は、時折、世界の「境界線」に触れてしまうことがある。


「……消えたりしないよ。俺が、消させない」


「ふふ、大げさだなぁ。でもね、カイくん。私、思うんだ。もしも世界が明日終わるとしても、今のこの瞬間の『解像度』が一番高ければ、それでいいんじゃないかなって」


解像度レゾリューション

彼女が口にするはずのない単語が、カイの耳を打つ。

彼女の無意識が、この世界を管理する**「セゲライド」**の意思と共鳴している。

カイは拳を握りしめた。彼女は「壊れゆく世界」を本能で感じ取っている。


バスは終点の鞆の浦に到着した。

潮の香りと、江戸時代から続く古い街並み。

二人は「平成いろは丸」に乗り込み、対岸にある**仙酔島せんすいじま**へと渡った。

「仙人が酔うほどに美しい」と言われるその島は、静寂に包まれていた。


海沿いの遊歩道を歩き、五色岩ごしきいわと呼ばれるパワースポットへ向かう。

だが、そこでカイは「それ」を目撃した。


「……っ!」


遊歩道の脇にある古い松の木。

その幹の一部が、不自然に白く、のっぺりとしている。

近づいてよく見ると、樹皮の質感が消え、代わりに**「Missing Texture」**を示す、紫と黒の格子模様がわずかに透けて見えた。


「カイくん、どうしたの?」


ナツミが歩み寄ろうとする。

「来るな、ナツミ!」


カイは叫び、ナツミを制止した。

その瞬間、周囲の「音」が不自然にカットされた。

波の音も、鳥の声も、風の音も。まるで無響室に放り込まれたような、暴力的な静寂。


カイが足元の地面アセットを凝視すると、砂浜の境界線がギザギザのドット状に崩れ、その下にある「虚空(Void)」が見え始めていた。


「デフラグが追いついていない……。俺が運命を変えたせいで、このセグメントの整合性が崩壊し始めているんだ」



突然、空の色が変わった。

つい先ほどまでの瀬戸内ブルーはどこへ行ったのか。

空は、まるで壊れたディスプレイのように、赤黒いノイズ混じりの色に変色し、太陽の光が「点滅」を始めた。


「……何、これ。カイくん、怖いよ」


ナツミの声が震える。

彼女の目にも、この「世界の終わり」は見えている。

システムは、本来の「ナツミの死」というシナリオを完遂できなかったカイに対し、世界そのものを破壊することで「エラーの強制終了」を図ろうとしていた。


その時、遊歩道の向こうから、数人の観光客がこちらへ歩いてくるのが見えた。

だが、彼らの歩き方は異常だった。

膝の関節が逆に曲がり、首が不自然な角度で固定されている。

彼らの頭上には、共通のメッセージボックスが浮かんでいた。


`FATAL ERROR: Illegal branch detected.`

`Action: Delete unauthorized user "KAI" and target "NATSUMI".`


「NPCが……防衛プログラム(ガード)に書き換えられたのか」


観光客だったはずのモノたちが、無表情のまま、凄まじい速度で二人に向かって走り出した。

その背後では、仙酔島の山々が文字通り「データ化」して、空中に霧散していく。


「ナツミ、俺から離れるな!」


カイは懐から、スマホ型の自作デバイスを取り出した。

彼は天才セゲライダだ。世界がプログラムであるなら、自分もまた、そのプログラムに干渉できる唯一の権利を持っている。


「読み込め……! 『Fukuyama_Symmetry_Shield.sh』!」


カイが画面上のコードを実行した瞬間、彼の周囲に、青い幾何学模様の壁が展開された。

襲いかかるNPCたちが壁に激突し、火花を散らして消失する。


だが、空の変容は止まらない。

太陽が黒く塗りつぶされ、その周囲から、巨大な「ソースコードの断片」が雨のように降り注いできた。


「俺たちが生きているのは、誰かのための娯楽じゃない。俺とナツミの、現実リアルだ!」


カイは空に向かって咆哮した。

だが、その視界の端で、ナツミの体が微かに透け始めていることに、彼はまだ気づいていなかった。



「……っ、カイくん、手が……!」


ナツミの悲鳴に近い声に、カイは我に返った。

彼女の細い指先を握りしめていたはずの感覚が、急速に希薄になっていた。見れば、ナツミの手首から先が、まるで古いフィルムが感光したように白く透け、背景にある赤紫の空が透けて見えている。


「そんな……消えちゃうの? 私、死ぬの……?」


ナツミの瞳に、生々しい「死」への恐怖が浮かぶ。彼女にとって、これはプログラムのバグではなく、自身の存在が根源から否定される生理的な恐怖だった。


カイの脳内で、凄まじい速度の演算が走る。


(因果律の不整合プロット・ミスマッチだ。システムはナツミを『既に削除されたオブジェクト』として処理し始めている。今の彼女は、実体のない残像ゴーストデータに過ぎない!)


「死なせない……絶対に死なせない!」


カイは叫び、スマホ型デバイスの画面に指を叩きつけた。

彼は天才セゲライダだ。未来の自分が作り上げたこの巨大な揺りかごの、唯一の「綻び」を知るデバッガー。


「強制フリーズ……! 対象:ID "NATSUMI"。状態ステータスを『READ-ONLY』に固定、ガベージコレクション(メモリ解放)を無効化しろ!」


カイが「特権実行キー」を叩き込むと、ナツミの身体がわずかに青い光を放ち、透過が止まった。しかし、それは一時的な止血に過ぎない。システムのコアは、執拗に彼女を消去しようと、周囲の空間そのものを「Null(無)」に上書きし続けていた。



「走るぞ、ナツミ! 桟橋まで戻るんだ!」


二人は崩れゆく仙酔島の遊歩道を全力で駆け抜けた。

背後では、五色岩がポリゴン状に砕け散り、その破片が重力を無視して空へと吸い込まれていく。海面はもはや水の色をしておらず、1と0が激しく点滅する電子の海へと変貌していた。


「カイくん、あそこ……船が!」


ナツミが指差す先、桟橋に停泊していた「平成いろは丸」が、不自然な挙動を見せていた。

船体の一部がワイヤーフレームの緑色に透過し、エンジンの音が、不快な高周波の電子ノイズに変わっている。


「船のスクリプトが書き換えられているのか……。脱出ルートを封鎖するつもりか!」


カイは走りながら、コンソールにコマンドを叩き込む。

「なら、俺がこの船を直接ダイレクト制御する!」


桟橋に飛び乗った瞬間、カイは船の操舵輪ではなく、船体に直接手を触れた。

彼の指先から、金色のバイナリ・コードが火花のように船体へと流れ込む。


`Overriding Heisei_Irohamaru.sh... DONE.`

`Executing Manual_Control.exe...`


「動けッ!」


轟音と共に、平成いろは丸が急発進した。

海面という名の「データ・グリッド」を強引に切り裂き、船は鞆の浦の港へと突き進む。

背後の仙酔島は、今や巨大なエラーメッセージの塊となり、真っ黒な虚空の中へと沈んでいった。



鞆の浦の港に辿り着いたとき、そこには仙酔島の喧騒とは対照的な、異様な「静寂」が広がっていた。


船を降りた二人の目に映ったのは、時間が停止した福山市の情景だった。

江戸時代から続く常夜燈の周りで、観光客たちが彫刻のように固まっている。

風に舞うレジ袋も、飛び交うカモメも、空中で静止したまま。


「……みんな、どうしちゃったの?」


ナツミがおそるおそる、近くで固まっているおじいさんに触れようとした。

「待て、触るな。……今の彼らは、単なる『静止画像』だ」


カイは周囲を警戒しながら、港町の狭い路地へとナツミを導いた。

システムの負荷を抑えるために、このセグメント(鞆の浦エリア)は「待機状態スリープモード」に移行させられたのだ。


「ナツミ、よく聞いてくれ」


カイはナツミの両肩を掴み、その真っ直ぐな瞳を見つめた。

「今の福山は、俺たちが知っている場所じゃない。誰かが書いた『物語』の舞台裏に、俺たちが迷い込んでしまったんだ」


「物語……? カイくん、さっきから変だよ。どうしてそんな不思議なことができるの? どうして空が変なの?」


「それは……」


カイは言葉を詰まらせた。

自分が天才セゲライダであること。この世界が偽物であること。そして、彼女が死ぬはずだった運命を自分が捻じ曲げたこと。

そのすべてを話せば、彼女の心が壊れてしまうかもしれない。


その時。

静止していたはずの街に、一つの「足音」が響いた。

コツン、コツン、と。

規則正しい、革靴の音。



がんばりたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ