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9,踏み出せない想い



「受賞、おめでと〜!!」

「おめでとう!」

「ありがとう!」


金曜日。優香と松村くんとカチンとグラスを軽く合わせる。2人は仕事終わりに時間を合わせてくれたため、変わらずオフィスカジュアルとスーツ姿だった。

机にはカルパッチョやチーズの盛り合わせなど並んでいく。優香が予約してくれたお店は個室なイタリアンでおしゃれだけでなく味も美味しくて、お酒も進む。


「じゃあ顔出しは今後もしないんだ?」

「うん。関係者にはしていくけど、メディアはないかな」

「完全に、じゃないんだ?」

「そうだね。元々約束は在学中はって感じだったし、担当さんに間に入ってもらい続けるのも申し訳ないしね」


そっか〜、あっこれ美味しいっ!確かに美味い…

和気藹々と過ごす時間に心身ともに癒される〜…

最近は仕事も慣れないものばかりで忙殺されてるし、湊翔くんにどぎまぎするし…怒涛の展開でちょっとキャパオーバーが続いてたし…。

デザートまでしっかりと食べ、店を出た。駅まで歩きながら次回の予定も組む。


「それじゃあ次回会う時には新年だね!お詣りとかいこ!」

「いいね〜そしたら日程も早目に組もう」

「詳しくはまた連絡するよ。それまでにそれぞれ予定は確認しとこうな」


はーい!じゃあまたね!良いお年を〜と反対側に歩いていく優香。彼女は別の路線の為、ここでお別れになる。手を振り、姿が見えなくなったところで同じ路線の松村くんと改札に向かって歩き出す。


「もう一年が終わるなんて早いね」

「本当にな。去年の今頃なんてまだ俺たち大学生だったよ」

「信じられない!去年の今頃、卒論発表会の最終準備で追われてたよね」

「うわ、懐かしい。皆、顔色が終わってたよな」


笑いが込み上げながら去年を思い出す。

なかなかゼミの先生からOKがもらえる子が少なくて、皆で研究室や図書館に篭りっぱなしだった。私も全然OKが貰えず、松村くんや他の子達と仲良く自習室に引き篭もっていた。

ホームには電車がちょうど電車が出発したばかりだったのか、人は少なかった。待っている時に、ふと松村くんが口を開く。


「…ねぇ。去年のゼミ打ち上げの帰り道、覚えてる?」

「うん。一緒に駅まで帰ったよね?」

「そうそう。その時さ、話した内容ってまだ覚えてる?」

「…たしか、同じゼミになれて嬉しかった、みたいな内容だったはず」

「ふふっちょっとうろ覚えじゃん」

「だって一年前のことだもん」


私の腕の中にある紙袋が、潰れないように慎重に持ち直す。中には花束が入っていて、ホームの風でゆらゆらと少し揺れている。

松村くんはむっとしている私を見て、少し笑った後に懐かしむような瞳になった。


「あの時話したことも本当なんだけど。ちゃんと全部は話せなかったんだ」

「全部」

「そう、全部。…俺ね、真田さんのことがずっと好きだったんだよ」


松村くんはそのまま思い出をなぞるように話し出した。大事な過去をひとつずつ噛み締めるように。


「真田さんに話してみたかったけど、勇気が出なくてさ。ゼミが一緒になった時にはすごく嬉しかったし、本を貸し借りした日には舞い上がってたよ」


へへ、と笑いながらポッケに手を突っ込む。


「あの帰り道のときに言おうって思ってたんだ。だけど勇気が出なくて、結局中途半端にしか伝えられなかった。卒業後に会えて、こうして定期的にご飯行けるようになって嬉しかったな。真田さんも、俺に対して随分打ち解けてくれたし」


「でも、真田さんにはずっと好きな人がいるよね?」


こくんと頷く。言葉は出なかった。

今私が松村くんに伝える言葉が分からなかったし、何をいっても彼には酷な気がした。


「…うん。知ってた。真田さん、いつも違うところを見ていた気がしたし、俺への関わり方も完全に友達だったし…。そうだよね、やっぱり」


電車が来て、遠くで待っていた人たちは乗っていく。違う、私たちが遠くにいたのか。ホームの一番端。私たちの周りには誰もいなかった。電車はすぐに去っていった。発車後、生ぬるい風が頬を撫でた。


「その人とは付き合ってる?」

「…ううん。片思い」

「そっかぁ」


俺と同じだ。と目を伏せて笑うと、もう一度私を見る。


「…本当は、付き合っていないなら俺にチャンスをください、って言おうとしてた。けど、やっぱりやめる。真田さんのことはしっかり諦めるよ」


「どうして?」

尋ねて、失言だったことにハッと気づく。

私が尋ねられる立場ではないのに。松村くんは気分を害した様子はなく、教えてくれた。この人は、どこまでも優しい。優しい人なのだ。



「だって真田さん、」



電車が線路を通る。

大きく風が生まれ、胸に抱えている花束が紙袋の中で

大きく揺れた。





ーーーーーーー




「なにかありました?」


榊さんの言葉に胸がぎくりとした。隣を見ると、眼鏡越しにじっと私を凝視している。


「…顔に出てます?」

「それはもう」


なんて嘘ですよ〜って笑うが、確かにここ最近私の目の下にはクマができている。今はコンシーラーで隠せているけど。こちとら連日の業務や緊張もあり、あんまり眠れていないんだぞ。

今日は翌週に控えた授賞式の最終準備だった。司会との打ち合わせを行い、会場の下見をした。いよいよだな、と気が引き締まる思いと、これからへの不安も少し混ざり込む。


「…これはあくまで小説のネタなんですが」

「先生、そういう時って大体自分のことを話す時ですよ」

「一言余計です。今後のネタになるかもしれないんで、嘘は言ってません」


ホテルのロビーにあるソファに腰をかける。平日ということもあってか、周りにはあまり人気はなかった。


「過去に自分への告白を振った人のこと、やっぱり好きになる可能性ってあります?」

「え、あるでしょ」


えっ。迷いない回答に目を見開く。


「人なんて気持ちが移ろいやすい生き物ですもん。それに他人の気持ちも正確に把握できない生き物なのに、自分の気持ちなんてしっかりと分かりませんよ」

「で、でも。今まで恋愛対象外な存在だったんですよ?」

「うーん。そもそも恋愛対象ってなんですかね?そりゃ年齢とか血縁とか対象外は中にはありますけど。でも、対象なんてその時の環境や心境の変化があればころりと変わるものだと思います」


あくまで俺は、ですけどね。とニシシと笑う。そ、そういうものなのか…


「でも、一回振られた側としてはやっぱり好きと言われても信じられなくないですか」

「まぁそうですよねぇ〜俺なら調子いいなって思います」

「ですよね…」

「でも自分がまだ好きだったら、いったん付き合いますかね」

「えっ」

「だって時間がもったいないですもん。まだ自分がその人のことが好きなら、一分でも一秒でも長く一緒にいれる立場になりたいですねぇ」


ま、まじか…

自分とは違った考えに衝撃を受けた。


「信じられない気持ちがあることは当たり前ですし、素直に言っていいと思いますよ?気にかかることがあるなら条件を伝えちゃってもいいと思います。そこで我慢するのは良くないですし。それすらも言えない関係なら、そこまでです」


あと、と付け足される。


「信じられない気持ちなんて、お付き合いしててもどこかしら皆抱えてると思います。関係を持ちながらも言葉や行動で信用を作りながら、信用を気づいていって、いつのまにか気持ちを信じているんじゃないでしょうか」


「もし、やっぱり好きな気持ちは勘違いだったと言われたら?」


「その時は間違いなくその人が最低なんでこっちから振りましょう。それで、その人の記憶に残るくらいの自分になって、一生その人の頭の片隅にでも居座ってやりましょう!」


そん時には小説のネタにしちゃいましょう。とんでもないクソ野郎設定にして!ま、あくまで俺の考えなんですけどね〜と笑った。

それにつられて、私も思わず笑う。そうか、信じられないことはいけないことだと思ってた。信じてからスタートさせなきゃいけないものだとも思ってた。深く考えすぎてたのかもしれない。


「いつか小説のネタにするなら、この会話も入れてくださいね」

「それはちょっと」


あくまでこの人の考え方だし、実際にやっぱり違った、と言われたらOKしてしまった時の自分を恨むと思う。早まった、浅はかだったって。でも。


でもこの人の考えや言葉が、今の私に響いたのは事実だった。今はそれだけでいいと思った。



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