表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

6,澱んだ瞳の奥に


じりじりとした残暑が過ぎ去ると、あっという間に秋を迎えた。10月にはようやく葉が色づき始め、街中の人は半袖から長袖の服を身に纏っている。普段引きこもっている私も外に出やすい気温に誘われて、街に飛び出した。


黒い薄手のカーディガンをトップスとして着用し、グレーのパンツと白いスニーカー。夜は少し冷えるので、チェックのジャケットを羽織るとちょうどいい。秋は思い切り服装を楽しめるから好きだけど、年々温暖化の影響ですぐに冬がくる。冬も好きだったけど、どうしてもあの日を思い出してしまう気がして、まだ気が引けてしまう。


「カンパーイ!」


優香の声を合図に3人でグラスを掲げ、軽くあてるとカキン、と爽やかな音がした。ぐいっとグラスを上にして美味しそうに飲む優香に「おお、」と思いながらハイボールを飲む。ぷはー!っと笑顔の優香が、「それにしても久しぶりだね〜」と話し出す。


「とはいっても先月会ってるけどね」

「だって月1では会わないと〜」

「本当はもっと集まりたいよな」


隣にいる松村くんは、ネクタイを緩めながらビールを飲む。無事に中学校の教員になった彼は、土曜日の今日も仕事だったようで少し疲れた顔をしていた。毎日お疲れ様です……。

大学在学中はこのメンバーで集まったことはなかった。同じ学部だったから関わりはあったけど、他に何人か集まってご飯に行ったり課題をしたりくらい。だけど、卒業後に優香と会ってご飯を食べている時にたまたま遭遇したのが松村くんだった。そこから連絡を取り合い、今も3人のグループメッセージはしっかり稼働している。


今も3人で遠出するための計画を練っているし…本当に交友関係ってどうなるかわからないよなぁとしみじみ思う。


「千紗はこの辺の日空いてる?ていうか来月あたりは大丈夫そう?忙しくない?」

「あ、大丈夫。この辺なら…うん、できれば上旬か中旬あたりだと助かる」

「おっけーじゃあこの日にしよ!日帰りで行けるとこ探そ〜」


最近先輩にいい観光地とか聞いたんだよね、と話す優香は4月から役所で勤めている。安定した職業につきながら、興味のある資格の勉強にハマッているとのことで…相変わらず真面目で探究心が深い。この前は色彩検定をとった!と報告が来た。


「千紗は仕事の方はどうなの?書籍の売れ行きすごいじゃん」

「本当にすごいよな〜。学校でも話題だよ」

「わ、嬉しい。ありがとう。おかげさまで順調かな」


2人はもう私の職業を知っている。何回か会うようになって、この2人なら言っても大丈夫、と感じたから伝えた。最初は驚いていた2人だけど、「なんか納得」「確かに出版社勤めではある(笑)」とケラケラ笑う2人にほっとしたのは秘密である。

あまり今後の詳細は伝えられないので、ある程度濁すと2人もさっと話題を変えてくれるので助かる。会うたびに社会人力が上がっていて少し焦ります…。


会話も盛り上がり、お手洗いのために席を離れる。社会人になり、話す内容もあってか周りを気にすることもできた。そのため、自然と選ぶ場所は個室や限られているボックス席のあるお店になってきていた。


手を洗い、鏡を見て少し髪型を直す。よし、アイラインも崩れてない。買ったばかりのティントもいい感じに残ってる。チェックをしてからお手洗いの扉を開く。個室のお店は、どこに座っていたかわかりづらい…たしかここを曲がるはず。


「わっ…ごめんなさい」


反対側から来る人のこと考えられてなかった、ぶつからなくてよかった。ぱっと顔を上げると、思考が固まった。


ふわふわな髪の毛、同様に色素の薄い瞳。

高い身長、シャープな顎。

知っている香水の香り。


「…千紗」

「…湊翔くん」


あの日から変わらない彼がそこにいた。





「…久しぶりだね。今どこにいるの?電話しても繋がらないし…家に行ってもいないし、いつの間にか一人暮らし始めたっていうし」


心配したよ、と話す姿は変わっていない。変わらず格好いいし、目尻を下げて穏やかに笑っている。ほのかにお酒の香りもしていた。

襖越しにこの時間を楽しんでいる人の声が聞こえる。きっとここの人たちは私たちに気がついていない。


「…そ、卒業したしね。いいきっかけかなって」

「電話は?どうしてでてくれないの?」

「それは…ちょっと仕事が忙しくて」

「仕事?出版社って言ってたよね…どんなことしてるの?職場は?」

「ちょ、ちょっとまって。落ち着いて」


食い気味で質問をする湊翔くんに、無意識で足が後ろに下がる。それを見た瞬間に私の手を掴み、ぎゅと繋がれる。熱が伝わる。細くて長い指がつっ、と私の指をなぞられ、背筋がぞくっとした。


「そっちこそ今日はどうしたの?あっ今ここにいて大丈夫?誰か待たせたりとか…」

「メンバーと一緒だから大丈夫。それより、今はどこに住んでるの?この辺から近い?」

「ちっ、ちょっと…」

「真田さん?」


は、と飲み込まれていた意識が浮上する。声の方向を見ると、湊翔くんの向こう側には呆然とした松村くんが立っていた。状況が飲み込めていない彼は、私と湊翔くんを見比べた後、ニコッと笑ってこちらは歩いてくる。


「すみません、うちの連れが何かありましたか?」


「なかなか戻ってこないから見にきたよ」と朗らかに話し出す。私の繋がれている手を見て、少し目を見開いた後、繋がれていない方の手を取る。そのまま私に「戻ろう」と声をかけ、湊翔くんの横を通り過ぎる。


一瞬、視線が混ざり合う。

いつも光を含んだ優しい茶色の瞳が、今は暗く澱んでいた…気がした。



「…ごめん、大丈夫だった?」

「あ、うん!大丈夫!ごめんね」


来てくれてありがとう、と伝えると松村くんは気が抜けたように笑った。


「結構絡まれてたよね…来るのが遅くなってごめんね」

「ううん、ありがとう。助かったよ」


それならよかった、と笑う松村くんの様子を見るに、恐らく湊翔くんには気づいていない――はず。彼も深くバケットハットを被り、眼鏡をかけていたのと、廊下も薄暗いのでうまく顔が見えていなかったのだろう。安心して深く息を吐くと、松村くんは絡まれていたことへの緊張が解けたと見たのか、「さっ、戻ろう!古住さんが待ってるよ」と明るい声を出した。


「…うん」と頷き、個室に戻る。


2人と話しながらも、頭には湊翔くんの瞳がこびりついていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ