3,湊翔side
「ーーー湊翔くん?」
「明子さん」
実家に用があり寄ったマンションのエントランスで、たまたま千紗の母親の明子さんに会った。明子さんと会うのは去年の冬以来だろうか。あの時はまだ千紗の隣にいれたな…千紗の顔を思い出し胸がじりじりと焼けるような感覚になる。
「久しぶり〜!元気だった?いまやってるドラマ、見てるよ〜!」
「お久しぶりです。ドラマ見てくださってるんですね!ありがとうございます」
幸いエントランスには人気がなく、軽く話し込む。明子さんは最近仕事がより忙しいとのことで、今日はたまたま早く帰れたとのことだった。そういえば、と明子さんが話す。
「最近、千紗とは連絡とってる?」
「…いや、とれてなくて。千紗元気ですか?」
「元気みたいよ〜。私も今月は会えてないんだけど、電話してる感じ元気そう」
そっか、そりゃ明子さんとは連絡取ってるよな…俺の連絡は無視されてるのに。黒い気持ちが広がるが、自分のしたことの手前、言える立場ではないと思い直す。明子さんは見る?とスマホを出す。
「千紗の卒業式の写真」
「見たいです」
即答だね〜と笑いながらスマホを差し出され、有り難く受け取る。そこには若草色の袴を見に纏って笑う千紗が居た。髪の毛をハーフアップにしており、微笑んで写っている姿に胸が跳ねる。か、かわいい…。ちょうどエレベーターが到着し、2人で乗り込んだ。スマホを返し、いちかばちか聞いてみる。
「千紗っていま家出たん出てるんですよね」
「そうね〜。渚ちゃんから聞いたの?」
「はい。あの、千紗っていまどの辺にとかって…」
「あら、それは本人に聞かないと〜。私からは言えないわぁ個人情報だしね〜」
「そ、そうですよね…」
明子さんはこういうところがすごくしっかりとしている。千紗もその血を継いでいて、学生時代に俺の連絡先を聞こうとする人にしっかりとNOと言ってくれていた。分かってはいたが、やはり掴めない手がかりに落ち込む…。
「ま、諦めなければきっと会えるわよ!応援してるわ」
それじゃあね〜と言ってエレベーターから降りていく明子さん。千紗の性格上、明子さんにはきっと何も言っていないだろう。けどきっと、明子さんは何かしらを感じとっているはず。あの人はすごく空気を感じとる人だから。
ふぅー、と息を吐く。
現在は9月…もう会えなくなって半年以上経つのか。連絡も取らず会えない日が続くのは初めてのことで、こんなにも毎日が色褪せるとは思わなかった。ふとした時に、千紗は今何してるんだろうと考える。暑いの苦手だから変わらず部屋に引きこもってるのかな、とか体調崩してないか、とか。毎年夏バテで何も食べなくなるから…。
エレベーターから降りて、自宅のドアに鍵をさす。
いつしかあまり家にも来なくなっていたな。千紗の家で集まるのがメインになっていた。そう考えると、実は少しずつ距離を取られていたのかもしれない。早く気がつかなかった自分に腹が立つ。
渚は留守のようで、部屋は暗かった。両親は変わらず海外出張のため不在である。自分の部屋に入り、目的のものを探す。番組の収録で幼少期の写真を提出するため、アルバムを引っ張り出した。
そのままリビングに戻り、お茶とアルバムを机に置いて写真を選抜していく。これは…渚がいるからダメだな。1人でうつる写真を探すが、途中からは渚や千紗の写真が多くなる。その度に手が止まった。
この写真の千紗かわいいな…。このワンピース、お気に入りだったのかいつも着ていたなぁ。あ、この写真の千紗べそかいてる。思わず笑ってしまいながら、どんどんページを巡っていく。
満面の笑みで写っている、中学生の千紗。
無意識に自分のスマホで写真を撮ってしまうくらいには、千紗が足りなかったんだと思う。本当はあの卒業式の写真も欲しかった。
ーーーーーー
あの日会えたのは本当に偶然だった。
ラジオ収録後、カグアキと玲音と飲みに行っていた店で千紗にたまたま会えた。最後に見た時より伸びた髪の毛。少し混じるアルコールの香りとともに、知らない香りがした。俺の知らない香りにどうしても腹が立った。
久しぶりに会えた嬉しさと、このチャンスを逃してはいけないという気持ちが入り混じった。逃げられたくないため、手を握る。もっともっと触れたい。
でもそのためには、まずは千紗の今の場所を知らないといけない。
思わず捲し立てるように質問をする俺に、やはり戸惑っている千紗。…不思議そうで、不安そうにこちらを見る姿に庇護欲が掻き立てられながらも、逃すわけにはいかない。せめて連絡だけでも返してもらえるようにしなくては。
そう思っていたら突然現れた男に邪魔をされてしまった。スーツ姿の男は千紗の手を引っ張って連れて行ってしまう。千紗は特に抵抗せずに、どこか安心したような表情だったことに苛立ちを感じる。その子に触るな。連れていくな。
後ろ姿に追いかけようとするが、ここが店だったことを思い出して我に帰る。さすがにここでバレるわけにはいかない。ぐっと抑えて、2人が待つ個室に戻った。
「えっ。チサちゃんいたの?ここに?」
「すごい偶然だな」
「い、いた。変わらず可愛かった…けど、男と一緒だった」
玲音とカグアキに先ほどの話をすると、頭を抱える。この光景、見たことある気がする。
「湊翔、幼馴染をこれから見かけたら絶対に一旦落ち着かせてから行動してくれ。頼むからすっぱ抜かれてくれるなよ」
「はい…気をつけます…」
「ただでさえ前取り上げられてたしね〜」
「本当に申し訳ない…」
「まぁあれは相手方が仕組んだらしいからな…。証言してくれた他の参加者がいたことが幸いだった。今後の教訓にしていこう」
ちなみにあれ以来、撮られたAKARIとは会っていない。事務所から注意されているのもあるし、個人的にも苦手であるのでさりげなく避けていた。あのスキャンダルに関しては飲み会に参加していた他の人の声もあり、幸いすぐに沈静化していた。
「今回思ったんだけど。湊翔くんって本命の子にはかなり執着するんだね〜」
さっきも顔やばかったよ、と言いながら枝豆を食べる玲音。ほら、食べてと言ってこちらの皿に枝豆を置く。ありがとう、いただきます…。
「自分でも余裕がないなって思ってるよ。でも本当になりふり構っていられなくて…」
「普段はあんな爽やかに誘いを断るのにな」
「爽やかすぎて有無を言わさないよね…あ、燈真くんそろそろつくってさ」
ダンスレッスン終わりの燈真にも声をかけたようで、スマホを見ながら話す玲音。煌は雑誌撮影とのことで今日はいない。枝豆を食べ、手元にある酒を飲む。
2人と話しながらも、頭はさっきの光景がこびりついていた。あの男は一体どういう関係なのか。…もしかして彼氏かな。考えたくもないけど。
「おつかれさまでーす」
「あ、燈真くん!お疲れさま〜」
「おつかれ」
「お疲れ様」
個室のドアがノックされて開いて燈真が入ってきた。俺の隣に座り、飲み物を頼む。すると燈真が「そういえば」と顔を上げた。
「…湊翔くん、幼馴染の子の写真持ってる?」
「持ってるけど」
「いったん見せてもらえる?」
言われてスマホを出す。写真は去年の冬に明子さんから送られてきた、千紗と俺の2人で話している時の写真だった。
「わ、めっちゃプライベートじゃん」
「やっぱ可愛い子だな」
「知ってる。燈真、どうしたの?」
「…この子、今さっきレジのとこ会計待ちしてたよ」
瞬間、体が思わず動いた。コートを取り、スマホをポッケに入れて席に立つ。
「え、まって湊翔くん、まさか」
「大丈夫、バレないように気をつける。千紗にも声かけないから!ごめん、あとでお金教えて!」
それじゃあ、と個室を出て急いで出口に向かう。もう姿が見えなかったので、店員に会釈をして店を出た。
「いた…」
幸いすぐに後ろ姿を見つける。
先ほどの男ともう1人女の子がいた。親しげに千紗と腕を組む女の子の横顔には見覚えがあった。確か、千紗と同じ大学の子だ。
周囲にバレるような行動をとるわけにもいかず、そのまま後ろをついていく。何をやってるんだ俺……と思いながらも、足は止まらない。せめてバレないように、とできるだけ周りに溶け込むようにする。
駅に向かい、追って改札を通る。
バレないように距離を取っているため、2人と別れた千紗は気づいていない。イヤホンをつけて目を閉じている警戒心のなさに不安になった。
結局この日は何もアクションはできず、千紗の後を最後まで追ってしまった。我ながらこれは完全にストーカーだと思う。




