不完全な像
老齢ゆえに作品を創らなくなった師が、最期の作品を創るという
私のところにその知らせが来たとき、私はすべてを放り出して師のところへと向かった
彫像師としての、人間としての、すべてを教えてくれた老師
その技量は間違いなく国で一番、いや大陸で一番と言ってもいい
幼い日の私に「筋がいい」と言ってくれ、技も理も導いてくれた
その最期の作品に立ち会いたいというのは、情としてではない
届かない一歩を、師に届かないあと一歩を、得たいがためだ
師の工房はすでに人だかりであった
独立した他の弟子たち
最期の作品を買い付けんとする商人
貴族や、やんごとなき方々の代理とおぼしき者
それらすべてに目もくれず、師は像を彫っていた
白鳥
至高の神の座と俗世の地上を結ぶとされる神鳥
それは「神へ至る」とまで言われた師の、最期の作品として相応しい題材に思えた
「彫るのではなく見いだすのだ」と師はかつて教えてくれた
あの時わからなかったことも、いまではわかる
師の手は迷わない
どこを彫ればどうなるのか、すべてをわかっている動き
師の動きではなく、見方をなぞる
ここに嘴が眠っている
脚はここに眠っているゆえ、曲げて彫りだす
羽根の一筋一筋
知らず涙が零れた
見える
私にも見える
師の手が、目が、足が、私にも見せてくれている
涙が零れても目は見開く
まだだ、まだ後ろに並ぶことができただけだ
横に、いや、前に
しかしこれならば、この作品はまさに至
「っ」
呻き声がもれた
とっさに自分の口を手でふさぐ
周りの者たちは気にしないか、あるいは私に怪訝な目をちらと向けたのみ
見えないのだ、この者たちには見えないのだ
師がいま、尾の先を割ったことを
「、、、完成だ」
師が小さくつぶやく
師の作品は磨きも塗りも行わないため、彫りの完成が作品の完成を意味する
わきたつ者たちが口々に讃辞を、謝意を、そのほか色々を並べるが、私の意識には割られた尾だけが映っていた
何故だ
何故なのだ
師に目を向けると、師もまた私を見ていた
「何故ですか」震える唇を動かすが声が出たかどうか
「ゆえあるがゆえに」師の唇は本当にそう動いたのか
それからすぐに師は亡くなった
命のすべてを最期の作品にこめたのだろう、と人々は噂した
師の葬儀が大きな神殿で行われた、とか
その神殿が最期の作品を買い取った、とか
色々が過ぎ去ったが、私の心に残ったのは、割られた尾だけだった
何故だ
何故なのだ
私も老境となり、弟子たちもみな独立した
師の技理はすべて継いだつもりだが、それを作品にはこめなかった
こめようとすると、割られた尾がちらついてしまうのだ
そんな私にでも弟子はとれたし、多少の金銭とわずかな名誉は得られた
だがそれだけだった
常に満たされない想いと、何故という疑問だけがつきまとった
このまま埋もれて消えてもよいか
森の奥の小さな工房で
そう思い至れたころに
その素材が持ち込まれた
懇意にしていた商人が持ち込んだ、何の変哲もない素材
「何の変哲もないとは俺も思うのだが、これだけはあんたのところに持ち込まなければいけないと、なぜか思ったんだ」
見える
素材の中に、見える
躍動する獣が、神敵と戦う黒獣が、見える
私に残ったすべての金銭を渡し、その素材を買い取った
多いなどとなおも喋る商人を追い出すと、目を閉じ考える
やることは多い
道具の手入れ、配置、身の禊ぎも必要だ
しかし、弟子たちへの連絡は、しない
すべての用意を済ませ、吉凶の良い日良い時をもって彫り始めた
前肢はここに
毛並みがこう
後肢の爪は6本もあるのか
見える
頭の毛先から尾の端まで、すべてが見えている
神白鳥の尾はもうよぎらない
いま目の前の神黒獣だけを見て彫り続ける
あと一彫りで完成という段になって
わずかに疑念が浮かんだ
完成させて良いのか?
師はあのとき、自ら尾を割ったのではないか?
ゆえあるがゆえに
あれは本当に師の口からでた言葉だったのか?
動けなかった
動くことができなかった
どれだけそうしていたか
不意に神黒獣の尾がかすみはじめた
時が経ったからか、
それとも疑念ゆえか
一瞬だけ瞑目し、覚悟を決めると
最後の一鎚を振るった
森から突然あらわれた黒獣は、
幾十人かの命を奪い、
倍する数の肉を喰らって、
天へ駆け上って行った
彫像師のその後は、伝わっていない




