第六話
「しかし、思ったよりも遠いですね」
山を越えて三日程経ち、それでもなお見えてこない街に私の足取りも少し重くなってきた頃。
「……───う………」
「───ま………な」
小鳥や小さな生き物達の鳴き声とは違った、人の喋り声のようなものが風に乗って耳を打ちました。私は再び足取り軽くその声の方へ向かいました。
十分程歩くと再び先ほどの声が聞こえてきました。
「ねえリウ、なんでこの依頼受けたの?いつもなら『雑魚どもがやってりゃいいんだ』とか言って飲んだくれてるでしょう?」
「なんでって、そりゃ暇だったからに決まってんだろ。……なんだよその顔」
「別に。もうちょっと頑張ってくれたらもっと恰好いいのにとか思ってないから気にしなくていいよ」
「しょうがねえだろ。俺らがやるような依頼はあんまりねえんだし、そもそも一回達成すりゃ二月は暮らせるからいいだろ」
今度ははっきりと二つの声を聞き取れました。片方はゆったりとした高い声、おそらく女性でしょう。そしてもう片方は低く力強そうな声、おそらく男性のものです。
お母さまを除くと初めて出会う人です、失礼のないようにしなければなりません。お母さまによると身だしなみはとても大切なものだそうです、私はスカートを払い埃を落とし、少し乱れた髪の毛を整えました。
……どのように声をかければ良いのでしょうか。先ほどの声の二人組は木々に遮られてはいるものの目視が可能な距離に居ます。ですが適切な声のかけ方が分かりません。私は再び身だしなみを整えました。
私は再度身だしなみを整え、もう一度身だしなみを整え、最後に身だしなみを整えました。
「どうしましょう、どうすればいいかまるで見当が付きません」
ぽつりと呟き、またも身だしなみを整えていると彼らの足音が向きを変えてこちらの方に近づいてきました。
これは好機でしょう。あちらから来てくれるのであれば私はここで待っていれば良いのです。
私はその場に待機することにしました。
数分もしないうちにガサリと草むらが揺れ、先ほどの男女二人組と目が合いました。
彼らは目を大きく見開きお互いに顔を見合わせると
「おい、そこのガキんちょ、なんでこんな所に居やがるんだ?冒険者……じゃねえよな?」
「そこのお嬢ちゃーん、迷子ですかー?森は危ないですよー」
「迷子な訳ねえだろ、一番近い街まで大人の足で三日だぞ。変なところで抜けてるよなお前」
と、私に呼びかけました。
私の事をガキんちょと呼んだのはとても鍛えられた筋肉を持つ赤髪の男性で、私をお嬢ちゃんと呼んだのは肩にかかるくらいの長さで揃えられた緑髪の優し気な女性で、二人とも少しダボッとしたローブとシャツを混ぜたような服を着ていました。
「初めまして、私はクレイ・リンドと申します。お母さまの娘です、どうぞよろしくお願いいたします」
私は少し離れた所に居る彼らに礼をしました。
すると、男性の方は変なものを見たような顔を、女性の方はまぁ!と言いたげに口を抑える動作をしました。
「お、おう。なんつうか……よくできたガキだな。フェイ、このガキは警戒しなくても大丈夫だ」
「えー、またいつもの勘?まあいいけど」
「ありがとうございます、私はお母さまの最高傑作ですので確かによくできていると思います」
どうやら私の事を警戒していたようですが彼らは警戒を解いて私の方へ近づいてきました。森の中に見た目だけなら小さな子供が居るというのは確かに警戒されても仕方のないことです。
それにしてもこの男性は見る眼があるようです。そうです、私はお母さまの最高傑作なのです。
「ほんと凄いしっかりしてるね。お嬢ちゃん……リンドちゃんはどうしてこんな所に居るんですか?迷子ならお家に連れて行ってあげますよ?」
「いえ、迷子ではありません。私はお母さまに言われておでかけの際中なのです」
「まぁ、そうなんですか。おでかけ、楽しんでくださいね」
「……なるほど修行か。わかったぜ、お前の親は偏屈な武術家か何かだろ?俺もクソジジイに似たようなことやらされたぜ。にしたって軽装だな、期間は一週間、いや、三日ってところだろ?どうだ、合ってるか?」
女性が相槌を打つと男性が少し楽し気に言いました。
「確かに修行のようなものですが、お母さまは魔導具を作っています。それに期限は一年ほどで、今街を目指している所です」
「はぁ!?一年って自分のガキ殺す気か!?」
「いえ、私はお母さまの最高傑作なので大丈夫です」
「ならいいけどよ……」
……やはりこの男性は見る眼がないのかもしれません。お母さまが造った私がそう簡単に死んだりするわけがありません。
「うーん、街を目指してるなら一緒に行きませんか?私達はそろそろ引き上げる予定なんです。どうかなリウ?」
「そりゃガキんちょ一人森に置いてくってのは夢見が悪くなりそうだな。おい、ついてくるか?」
「それは願ってもないことですね。よろしくお願いいたします」
私は街に戻るという二人について行くことにしました。
「あぁ、そうだ。俺はリウシ、リウって呼んでくれていい。んでこいつがパーティーメンバーの……」
「はい、私はフェイツイといいます。皆さんフェイって呼ぶのでフェイって呼んでください」
「よろしくお願いします、リウ様、フェイ様。ふむ、でしたら私の事はリンちゃんと呼んでいただいた方が良いでしょうか?」
これが私の、初めての人との出会いでした。
「様なんてつけるなむず痒い、俺はそんな大層な人間じゃねえ」
「えっと、私も様っていうのはちょっと大仰すぎて恥ずかしいです」
「そうですか、ではリウさん、フェイさんと」
お久しぶりです。
今回、またも短めです。
表現として「期待を胸に」などと書きたいタイミングででもリンド視点で書くのにそんなこと書けないよな。と何度も書き直しています。
ちなみに、二人の名前はそれぞれガーネットと翡翠から取っています。
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