第四話
今回のことで私が学んだことは人は高いところから落ちると怪我をするという事です。
初めて見る外の景色に舞い上がっていた私はダンジョンの出口のあった所から飛び降りてしまったのです。
幸い、落下中にぶつかった木の枝のおかげで衝撃が分散されたようで生命活動に支障をきたすような怪我ではありませんが、左腕と肋骨の辺りがズキズキと痛みますし足なんかは両方とも変な方向を向いています。おそらく骨折してしまったのでしょう、ものすごく痛いです。なぜお母さまは私に痛覚なんてものを付けたのでしょう。
「ぐぅ……っ、ふぅっ」
体感では修復に専念すれば三十分もかからず歩ける程度には回復しそうなのですが変な方向を向いた足をそのままに修復してしまうと変な方向を向いたままで修復されてしまう恐れがあります。
なので、痛む左腕も使って足の向きを無理やり直しました。本当に、涙が出てしまうくらい、すごく痛かったです。
……お母さまの用意したポーションを受け取らなかったことを酷く後悔しています。
涙をぬぐい、辺りを見回すと少し離れた所に一緒に落ちてきた木の枝に紛れるようにして私のリュックが落ちていました。
どうやらかぶせが開いてしまったようで荷物がいくつか飛び出てしまっています。
お母さまにいただいた魔導具が壊れていないと良いのですが。
十五分程は経ったでしょうか。ほんの少しずつですが痛みがマシになってきましたが、まだ歩くことはできそうにありません。
できる事もないので青々とした森や青空を眺めているとリュックの向こう側の茂みがガサガサと揺れ、半透明の影が飛び出してきました。
流線形で半透明の身体、そう、スライムです。凶暴性は低く、危険性も低い弱いモンスターです。
お母さまはダンジョンに住む前に飼おうとしたそうですが本能のみで生きている彼らを躾けることができず、結局大切な資料を食べられてしまい処分することになったそうです。
何はともあれ、今の私に差し迫った危機は訪れていない、という事です。
いえ、訂正します。スライムが私の荷物の方へにじり寄っています。どうしましょう、私の荷物が食べられてしまいます。
しかし、いくら嘆いても今の私には何もできないので見守るしかありません。
「あぁっ、お母さまのお弁当が……」
スライムは散らばった荷物の一つ、私のお弁当箱に近づき、その体でお弁当箱をすっぽりと覆ってしまいました。こんなことになるのならダンジョンの中で全部食べてくるのでした。
せめてお弁当の最後を見届けようとスライムを見ていると急にスライムがブルブルと震えだしました。きっとお母さまの料理のあまりの面白さに震えているのでしょう。
「おや?様子がおかしいですね」
私のお弁当を奪ったスライムは緑色や黄色に変色したかと思えば体の内側からブクブクと泡のようなものを発生させると、グネグネと形をくずして何も無かったかのように溶けて消えてしまったのです。
まさかお母さまの料理は面白いだけでなくスライム退治もできてしまうのですか。お母さまは料理は得意ではないと謙遜していましたがやはりお母さまの料理の腕は素晴らしいです。
少しアクシデントはありましたそろそろ歩ける程度には回復してきたのでまずは散らばった荷物を拾い集めることにしました。まだ体のいろんなところが痛みます。動きたくなくなるくらい痛いですが荷物が優先です。
少し離れた所に落ちてしまっていたものもいくつかありましたが、持ってきたものは一応すべて拾う事ができました。しかし、お母さまに持たされた魔導具はかなり傷が入ったり割れたりしてしまっていました。せっかく持たせてくださったのに申し訳ないです。それに、やはりお母さまのお弁当もダメになっていました。本当にもったいぶらずに食べておけばよかったです。
先ほど、辺りを見回した時に気になったものがいくつかあったので探検することにしてみました。
まずは一番近くにあった木を見ることにしました。もちろん木を見たことが無いというわけではないです。私の家にも木でできた家具はいくつかありましたが地面から生えている木を見るのは初めてだと気付いたので見ることにしたのです。
私が両手をめいっぱいに広げても手を回せないほどの大きな木に触れてみました。思いのほかゴツゴツしていた木はなんというか、うまく言えないのですが家具に使われていた木とは感じる活力のようなものが違うような気がします。
ひとしきり木を触ってみた後、先ほどから聞こえていた水の流れる音の方へ歩きました。
五分程歩いたでしょうか。鬱蒼と茂っていた木々がまばらになり小さな川が見えてきました。そこでは何匹かの動物が集まって水を飲んでいたのですが、私の姿に気づいた途端蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまいました。
私は靴を脱ぎ動物たちが消えて少し静かになった小川で先ほど落下したときについた汚れを軽く流しました。
ここはダンジョンの中の湖とは違って魚などもいるようですがそれらも逃げてしまったようで少し残念です。
「せっかくですし、川に沿って歩いてみましょう」
私は下流に向かって川岸を歩いていくことにしました。
川岸を歩き始めた頃には真上にあった太陽も少し傾いてきたころ、小さな白い花を見つけました。
五枚の白い花びらに黄色のおしべとめしべが囲まれた、とてもきれいな花です。なんだかお母さまの瞳に似ています。お土産に持って帰ってもいいかもしれません。
「おや、なにか赤色のものがありますね。これは……果実、でしたか」
果実の中には毒をもつ物もありますが大抵の毒は修復機能で何とかなるはずなので一つ食べてみましょう。たくさん生っていますから一つくらい問題はないでしょう。お母さま曰くおいしいという味らしいですが、面白い味とどう違うのでしょうか。
私は赤い実の中で一番大きなものをヒョイと口に含みました。
なんでしょうかこれは!さっぱりとしてくどさを感じない甘みとさりげなくそれを引き立てる酸味!さらに噛むたびに口の中で果汁が溢れてみずみずしさが弾けています!口の中でたくさんの刺激が暴れまわる味が面白い味だとすればおいしい味というのは色々な味がお互いに高めあっている味の事を言うのでしょう!
「これが美味しい……なるほど確かに面白いとは違いますね……はっ……!」
いつの間にかたくさん生っていた実の半分以上を食べてしまっていました。
人のいる場所に着いたら美味しいを探すというのも当面の目標に加えておきましょう。
少し名残惜しいですが探検は終わりにしてナイズ大森林から出る方へ進むことにします。
私は落下したところまで戻り、リュックからお母さまに渡されたコンパスと簡単な地図を取り出して南の方……ナイズ王国の王都を目指して出発したのでした。
前回に引き続ききりの悪い時間の投稿で申し訳ありません。
何分ストックというものがないので書き終わり次第投稿しているためこのようになってしまうのです。
ちなみに、今回出てきた果実はイチゴです。
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