第三話
「かなり歩きましたがお外はまだでしょうか」
そろそろ家を出て五時間ほどでしょうか。時折遠くの方からオォォォォ……というような音が聞こえるようになってきました。ダンジョンの出口から風の吹きこむ音でしょう。
「外に出たら何をしましょう?手始めに街というものを観にいきましょうか」
まだ見ぬ外の世界に思いを馳せつつ歩いていると私の行く先からバサッバサッと何かがはためくような音が聞こえてきました。
私はリュックから先ほどいただいた牙を取り出して先端の方を音のする方に向けて構えました。
しばらくそうしていると暗がりの向こうから鳥が一羽飛んできました。
触れたものを切り裂いてしまいそうな羽根と鋭い視線を持ったその鳥はどこかお兄さまを感じさせます。おそらくお母さまはお兄さまを作るときにこの鳥を参考にしたのでしょう。
私のところまで飛んできた鳥は私の頭上を旋回しキーッと鳴くのと同時にその鋭い羽根を私めがけて射出してきました。
勢いよく飛んできた羽根を大きく身をひるがえして避けると先ほどまで私がいた場所にカカカッと羽根が突き刺さっていました。岩に突き刺さるほどの威力のものを食らってしまえばいくら身体が頑丈でも傷付いてしまいます。
「さて、どうしましょう」
羽根は……なくなりそうにありませんね。先ほど羽根が急速に生えるのが見えました。おそらく回復魔法でしょう。ジャンプして直接叩こうにも飛べる相手には分が悪いでしょう。
あの鳥をどうにかする方法を考えている間にも羽根が次々と飛来してきます。せめてこちらも遠くから攻撃できればよいのですが、残念なことに飛び道具の類は持っていませんしどうしましょう。
……蟻の牙でも投げてみましょうか?天井にめり込んでしまったら武器を失うことになりますが当たればよいのです。お母さまもおっしゃっていました、女は度胸です。
「いち、にの、さん!」
羽根の雨が途切れたタイミングを見計らい右腕を思いっきり振りかぶり、ぶんっと音を立てて放たれた蟻の牙はダンジョンの天井に勢いよくぶち当たり土煙をまき散らしました。
「むぅ、やはり全力で投げたのはまずかったかもしれませんね。それに、土煙が邪魔で当たったかどうかわかりません」
天井からパラパラと落ちていた小さな岩が降りやむと土煙も晴れ、元気そうな鳥と目が合ってしまいました。地面に落ちてこなかったので分かりきっていた事でしたがやはり倒せていなかったようです。
私はいつ羽根が飛んできても回避ができるようにじっと鳥を見つめ足に力を込めました。
しかし、先ほどまで戦意をたぎらせていた鳥は私の姿を見るやいなやピィーッと情けない鳴き声を上げて飛び去ってしまいました。
「どうやら追い払えたようです、しかし武器を失くしてしまいました」
そういえば、私は魔導人形ですが魔法を使えるのでしょうか。お母さまは魔法の話をほとんどしてくださりませんでしたし毎回のように話の最後に『私は魔法は苦手なんだよ』とおっしゃっていました。そうですね、外に出たら魔法の使い方を調べるのが良いかもしれません。
決めました、当面は魔法の習得を目的にして行動しましょう。我ながら良いプランです。
私は軽い足取りで風音の聴こえる方へと歩き始めました。
どうやらダンジョンの出口が近いようで先ほどからたまに風が頬を撫でて通り過ぎていきます。昔お母さま作っていた風を発生させる魔導具から出る風よりも柔らかで、今まで感じたことのない優しい風です。
もう少し歩くと地面が岩だけでなく土交じりになってきました。この視界にあるだけでも、お母さまが実験用に持っている鉢植えに入っている土すべてを合わせたよりも多くの土が見えます。
更に歩くと外らしきものが見え、私は駆け出してダンジョンの出口から顔を覗かせました。
「わぁ……」
まず眼に飛び込んできたのはどこまでも続く青空に燦然と輝く太陽でした。
ダンジョンの出口は切り立った崖の中腹あたりにあったようで何物にも遮られていないその光は生まれて初めて外に出た私を温かく祝福しているようです。
それから少し視線を下げると、足元にはまさに命溢れるといった様子のナイズ大森林が見渡す限りに広がっていました。ときおり遠くに見える生き物すべてが初めて見るもので、絶景とはこの景色を表す言葉なのではと感じるほど美しい景色でした。
私は機能を停止してしまうその時までこの景色を忘れることはありません、そう断言してしまえるほどの美しい景色でした。
私はたった今出てきたばかりのダンジョンの方に振り返り
「それではお母さま、行ってまいります」
眼下に広がる美しい世界へと飛び込みました。
────文字通りに。
ようやく一話冒頭の部分に追いつきました。
キリがいいので今回は少し短めにさせていただきます
文章が少し違うので一話の方を差し替えるかもしれません。