第一話
どうも皆様初めまして、微 微多と申します。
気が向いたときに更新、という形になると思うので月に一回未満の更新頻度になるかもしれません。
初めての執筆ですので至らない点も…という言い訳は致しませんが、温かく見守ってください。
なお、エタりそうになった場合は物語を畳ませていただくのでご安心ください。
本来は12時に合わせて投稿する予定でしたが、誤って二話目の下書きを予約投稿してしまいましたので上書きして一話を投稿しております。
締まらない始まりですがこれからどうぞよろしくお願いします。
「わぁ……」
切り立った崖の中腹、そこにぽっかりと開いた横穴、私はそこから顔を覗かせると思わず嘆息してしまいました。
陽光を跳ね返しキラキラと輝く小川、そこ集まる何匹かの生物、見渡す限りの大地を埋め尽くす生命に満ち溢れた森、生まれて初めて見る絶景は私の語彙では言い表せないほどのもので、いつか私の機能が停止してしまうその時まで忘れることはないと断言することすらできます。
放っておいたら私の部屋が実験の成果で埋まってしまうのではないか、そんな心配事はそれらの美しい景色の前では霞むようでした。
「行ってまいります」
私は今しがた出てきた横穴のほうを振り返り、眼下に広がった美しい世界へと飛び込みました。
────文字通りに。
────────
「おはよう、私の可愛いリンド」
瞼を開くと青色の髪を一つに纏めた白衣の女性───私、個体名クレイ・リンドを生み出した創造主であるクレイ・アルシャが両腕を広げ、満面の笑みを浮かべていました。
「……リンド、ほら、ほら!」
「ご期待に沿えず申し訳ありません創造主、何をすればよいのでしょうか」
創造主は広げたまま上下に振っていた腕を残念そうな様子でだらりと降ろすと
「そうだった、高度なボディーランゲージのデータは無いんだったね」
「はい、ですので創造主の行った動作が何を意味しているか理解しかねます」
「これから学んでいけば良いさ、リンド、学習機能に不備はなさそうかい?」
「はい、創造主。認識機能、記憶保存及び予測機能に異常は見当たりません」
「それは良かった」
私に近づき、背に手を回し──ハグ、あるいは抱擁と呼ばれる行為を行った。
「創造主、この行為は親愛や友愛などを示す行為であり被造物には適さないのではないでしょうか?」
「いいや適しているとも……最初のテストをしてみようか、私が君を造った理由を予測してみたまえ!手がかりは私と君のファーストネームが同じ、というところだね」
創造主が私から離れ、人差し指を立てる。
「……創造主が私に求めている役割は……妹でしょうか?」
「うーん、惜しい!娘、だね。私があと十歳くらい若ければ姉妹でもよかったかもしれないけれど二十歳も離れた姉妹はなかなかいないだろうからね。それと役割なんて言わないでくれたまえよ、私は君の事を本当の娘のように思っているんだよ?なんせ君を造ると決めてから一年以上、今日この日、君と言葉を交わすのを楽しみにしていたのだからね!」
創造主はそう言って私の黄金色の髪を愛おしそうに手のひらで撫で
「お誕生日会でもしようか、ごちそうを用意しているからね。ついでに味覚のチェックもしてしまおう。ついておいで、可愛い娘」
「──はい、お母さま」
私を連れて部屋を出た。
それが私の創造主──お母さまとの初めての記録でした。
今思い返せばこの時のお母さまのテンションは少しおかしかったような気がします。
────────
私が目覚めてから約一年が過ぎました。
よれよれの白衣にぼさぼさの髪、お母さまはそんな恰好でソファーに寝転がっていました。
「お母さま、私に『リンちゃん、身なりは大切だよ』とおっしゃっていたのは嘘だったのですか?」
「私はいいんだよ、研究者って生き物の性ってものさ。それにこんな所に来る物好きなんて私以外に居ないだろうからね」
「確かに誰も来ないというのは正しいでしょうが、私が目覚めてすぐの頃はきちんとしていたではないですか……」
確かにお母さまの言うようにここに人が来ることなんて滅多に、いえ、正確には全く無いと言っていいでしょう。私たちの住むこの家はお母さまが制圧したダンジョンの最深部に作られたもので、しかもそのダンジョンはナイズ大森林と呼ばれる人類が開拓できていない土地にあるのですから。
……とは言っても私はこの家から一歩も出たことがないのでそれがどの程度の事かというのはお母さまの説明でしか知らないのですが。
お母さま曰く、言い寄ってくる男が多すぎて色々面倒になってここに住む事にした、とのことですが未踏の地のダンジョンに住むほうが面倒なのではないでしょうか。
お母さまは私を見る眼を細めるといつになく真剣な面持ちで
「よく聞くんだリンド、人間、無理と背伸びは長続きしない。これはこの世界の数少ない絶対って奴でこればっかりは私にすらどうにもならない」
「なんだか真面目な顔をしていますが誤魔化してますよね?目が泳いでいますよ」
……言い訳を始めました。こんなやり取りももはや慣れたものです。
冷ややかな目をする私にお母さまは咳払いを一つして
「んんっ、まぁその話はいったん置いておこうか、うん。それにしても最初のころと比べて思ってることが分かりやすくなったね、いやー、感情の方も一応ひと安心ってところかな。さすがの私もゼロから知性を作るのなんて初めてだったからね。材料の事もあってぶっつけ本番だったし」
話をそらしてしまいました。
「自分で言うのも品が無いとは思うけれど私は歴史上稀に見る大天才だからね。ふむ、でも……うん、そうだリンちゃん、おでかけしてみない?」
「おでかけ、ですか?」
お母さまは満足げに頷き髪をかき上げ妙なポーズを取ったかと思えばいいことを思いついた、というような顔をしました。
こんな顔をしたときは大抵碌なことが起きないのです。私はこの1年間で学びました。例えば氷菓子を作るために作った魔導具を停止するのを忘れて自分の部屋を氷でいっぱいにして凍えたり、暖房用の魔導具の前眠って髪の毛を焦がしたりといった具合です。そうです、お母さまにとって、です。
「そう、おでかけ。ちょっと前から考えていてね、細かい説明は省くんだけど理論上リンちゃんの性格はある程度私に似るはずなんだよ。だけどリンちゃんは私に比べたらまだまだ感情が希薄じゃない?それでその原因は刺激の少なさだと推測したわけ。つまり、私と二人っきりで殺風景なこのお家が原因ってこと。それでしばらく私と離れて外を回っていろんな人と会うっていうはどうかなって」
お母さまは空中に何かを描くような動きをしながら上機嫌に言いました。
お母さまの言う事に反対はありません。それにこの提案は私にとってとても良い提案であるというのは理解できます。しかし、一つだけ懸念があるのです。
「わかりました。私、クレイ・リンドは刺激を得るためにおでかけを行います。ですがお母さま、きちんとお片付けはできますか?最近のお片付けはほとんど私が行っていますよ?」
そう、お母さまに掃除を任せると逆に散らかしてしまうので掃除は私の仕事だったのです。ですが私が居なくなるとなればどうなってしまうかわかりません。
「それは大丈夫だよ、ここに住み始めてからリンちゃんが起動するまでの一年間は一人暮らしだったからね」
「一年であの有様だったのですか!?……おでかけは致しますが必ず一年以内には帰ってきます」
「えっ、何か心配されてる気がするんだけど……っていうかリンちゃんそんな顔できたの!?」
あの惨状がたったの一年で形成されたのであればお母さまを一年以上放置してしまえば命に危険があるかもしれません。私はお母さまを守るため、一年以内には帰宅する事を固く決意しました。
それから数日後。
「お母さま、気を付けてくださいね」
「あぁ、気を付けるよ……それ私のセリフだよね?そうだ、ちょっと待って……こっちの袋は虫よけでその袋がポーション類、そっちは換金用の魔導具ね?多分10年くらいは遊んで暮らせるくらいの額がつくはずだから街を見つけたら売ってお金にするんだよ?」
お母さまは倉庫にしている部屋からいくつかの袋を持ってくると私に手渡しました。ですが
「……お母さま、そもそも私の身体はその辺の虫に刺されるほど弱くはありませんしポーションがなくても自動的に修復されます、お母さまが造った身体ですよ?お金……は心配なので魔導具はいただきます」
私の身体はかなり頑丈なのです。
私はお母さまが用意してくださっていたリュックにお弁当を詰めて背負い
「リンちゃん……いつの間にか私よりもしっかりして……!」
「では、行ってまいります。本当に、お気をつけて」
別れの挨拶をして生まれて初めて我が家、ダンジョンの最深部を出たのでした。