6.バカみたい
「……ふわぁ。おはようございます、カレンさん」
目が覚めた、それと同時に、昨夜隣で一緒に寝たカレンさんに話しかける。
時計を確認すると現在時刻午前六時半、すごくちょうどいい時間に起きたって感じだ。
学校に行くのも──遠くなければ──準備をすれば余裕な感じ、会社に行くのも──遠くなければ──準備して駅に向かっても多少余裕がある感じ。
午前六時半って好きだなーと思いながら、私は布団から出て、身体を伸ばす。
「カレンさん、今日は──」
「ぐー!」
「……わお」
伸ばし終えたと同時に、カレンさんを見て話しかけるが、大きな寝息で応えられた。
まあ確かに、人によっては朝の六時半って早い時間だとは思う。だから寝ていても不思議には思わない。
でも私は起きているのにカレンさんが起きていないのは、なんかほんの少しだけムカつく。と言うより何故だか寂しい。
「ウチの家はみんな早起きだったからかなぁ……」
何故カレンさんが起きてなくて寂しいのか、その答えは恐らく私の家庭環境にある。
ウチの家族はみんな早起きだ。だから、起きたと同時に挨拶すれば全員が返してくれた。
朝起きたらそれぞれ挨拶、それが当然の環境にいたのだ。何年間も。
だから返ってこないと寂しいのだろう。そうだ、そうに違いない。
自分に疑問を出し、自分で疑問に答え、自己完結。ギリギリ聞こえるレベルの声量でボソっと呟きながら、私は寝室を出た。
魔法パワーでクシを手のひらに出し握り、テキトーに髪をとかしながら、私は洗面台へと向かう。
着いたらクシを魔法パワーで消し、蛇口を捻り水を出し、両手でテキトーに顔を洗う。
ある程度スッキリしたらこれまたテキトーにタオルで顔を拭いて、歯ブラシを魔法パワーで出し、口に咥えた。
シャカシャカ音を鳴らしながら、窓から汚らしい風景を見たり、部屋に落ちてるゴミを拾いながらそこら辺をウロウロする。
磨けたかなあ、と思ったら魔法パワーで歯ブラシを消し、今度はコップを出した。
口の中が歯磨き粉でいっぱいのまま。洗面台に向かって蛇口で水をコップに注ぎ、一気に口に含む。
なるべく大きな音が立つよう口の中で水を動かし、二、三分経ったら勢いよく一気に水を吐き出した。
「ふぅ……これで磨いた、って感じがするよねえ」
ティッシュを手に取り、口を拭いて、使い終えたらゴミ箱へ投げ捨てる。
これが私のモーニングルーティン前半。誰に紹介しているも褒められる、とっても素敵なモーニングルーティンだ。
「……朝ごはんでも作ろうかな」
洗面所から出ると、私は真っ直ぐに冷蔵庫へと向かっていった。
「……何か残ってたかな?」
取手を掴み、少しだけ勢いをつけながら冷蔵庫を開ける。
すると、部屋の汚さとは真逆で、とっても綺麗な冷蔵庫の中身が見れてしまった。
即ち、何も入ってないし何も残ってない。
「……カレンさん起きたらお買い物行かなくちゃ」
朝ごはんを食べないとやる気元気ウキウキが出ないけれど、無いのだからしょうがない。我慢しよう。
「なにか暇つぶしになることは……」
何かないかなと部屋を見渡す。しかしこの部屋、何もない。
カレンさんの家は少し小さいアパートの一室で、部屋はリビングと洗面所と寝室だけ。あとはリビングと繋がっている小さな台所とトイレだけだ。
部屋の見取り図とかはよくわからないけれど、とりあえず大きくはない。
住むなら三人がギリギリかな、と私は思う。
「……テレビもないし、ラジオもないなあ」
カレンさんは物欲が無いのか、あまり物が無かった。
あるのは飲み終えたお酒の瓶や缶、変な形のよくわからない物や、避妊具とタバコの空き箱。そしてゴキブリ。
ゴミ屋敷というほどではないけれど、とりあえずそこら辺にゴミが落ちている。
「……片付けるかぁ」
暇すぎるので、私はカレンさんが起きるまで部屋の掃除をすることにした。
*
「ふわぁ……ねむねむ」
目が覚めた、それと同時にあくびをし、背中をボリボリ掻く。
時計を見ると午後一時半、割と早く起きてしまったらしい。
「……あれ? アムルちゃんは?」
なんとなく隣の布団を見ると、ウチの居候アムルが居なくなっていた。
私よりほんの少し早く起きたのだろうか? 早起きなんだなあ、偉いなあと思う。
寝室を出て、あくびをしながらリビングへと向かう。
「おはよー」
「……おはよう、っていうかこんにちは、ですよカレンさん」
「……んぇ?」
不機嫌そうな顔で、こちらをじっと見つめてくるアムル。何故か髪型はポニーテールになっている。
確かに今の時間ならこんにちはかもしれない。けれど、起きたらおはよう、でしょ?
細かいなあ、と思いながら私はあくびをする。
「ふわぁ……朝ごはんはあああああああん!?」
アムルの元へと向かおうとすると、突然足が滑り、転びそうになる。
私は瞬時に右手を地面に向け出し、それで自身の身体を支えて、転ぶの回避。
──何が、一体全体何が起きた?
「……これは!?」
床をよく見ると、なんかテカっていた。
いや、テカっているというよりは、ただ単純に綺麗。今まで汚い床しか見てこなかったから、一瞬テカっているように感じたのだ。
「すごい……!」
「すごいって……これが普通なんですよカレンさん」
呆れた声で私の感想にツッコミを入れるのは一昨日から居候している少女。アムルだ。
そんなお掃除少女アムルちゃんは、初日の尊敬に満ちたきらきらお目目ではなく、ゴミを見るような鋭い目つきで私を見ていた。
「……したくないですけど、ちょっとだけお説教します、カレンさん」
そう言い放つと同時に、アムルは目にも止まらぬスピードで倒れそうになっている私の姿勢を戻し、その場に正座させた。
それとほぼ同時に、私の目の前に新品同然のテーブルが置かれる。そして、私の向かいにアムルが座った。
「カレンさん……率直に言って、マジで酷いです。女の子として自覚を持ってください」
ものすごく真面目な顔で私を叱ろうとするアムル。仕方ない、なんか上手く誤魔化そう。
「えと……なんの話かな?」
私がとぼけたように言うと、彼女は大きなため息をつき、小さな袋から次々に何かを取り出し、テーブルの上に置いていった。
「……ゴミ?」
「そうです。この部屋に落ちていたゴミたちの代表選手です」
テーブルの上に置かれたゴミは空き缶、空き瓶、空き箱、なんかの袋、お弁当の容器、大人のおもちゃ、エトセトラ、etc。
「シンプルに汚くてお下品です」
「……そ、そんな事言われても」
「今度から汚い物、および下品な物が落ちていたら落ちている数に応じてぶん殴りますから」
「ぶん殴る!?」
私の反応は無視して、アムルは机の上に置いてあるゴミをまとめて焼却処分した。手のひらから超高火力かつ余計なものは燃やさない、都合のいい炎を出して。
「よし! それじゃあお買い物に行きましょうカレンさん! 食べる物無くなったんで!」
「……えー」
汚物を消毒して上機嫌なアムル、初日よろしくきらきらお目目で私を見ながら、買い物を提案してきた。
それに対して私は間髪入れずにえー、っと言ってしまった。
だって、めんどくさいんだもん。
「はいはい行きますよカレンさん! 髪整えてー服着替えてーメイクしてーデートに行きましょ!」
「……どうしても行かなきゃダメ?」
「さあ立ってくださいカレンさん! 時は金なりですよ!」
「……マジで行かなきゃダメ?」
「……」
「……うっ」
気だるげに嫌そうに返事をしていたら、だんだんときらきらお目目が曇っていき、不満そうに頬を膨らませながら、アムルは黙ってしまった。
じっと見つめてくる。肯定しなきゃダメだよ、と目で伝えてくる。私はあなたと買い物に行きたいんです、と頬を膨らませながらアピールしてくる。
マズイ、非常にマズイ。私がイエスと答えない限り、恐らくこのまま永遠に睨まれ続ける。
ならば答えねばならない。いや、覚悟を決めなくてはいけない。
「……わかった。行きましょう、アムルさん」
「やったー! オーイェス! オーイェス!」
(この子情緒不安定すぎない……?)
先程までと打って変わって、一瞬でキラキラ女の子に戻るアムル。
思っていたよりも面倒臭い子だな、と思いながら心の中でため息吐きつつ、私は立ち上がる。
「じゃあ着替えてくるから」
なんか面倒くさい一日になるかも。そんな予感がする。何故だか。
(あー……めんどくさっ。子供とかできたらこんな感じなのかな)
私は寝室に行き、服を一瞬で全部脱いで、それと同時にタンスからテキトーなシャツとパンツを取り出し着用。
あくびをしながら、ため息をつきながら、髪を掻きながら、ついでに死んだ目をしながら、私は寝室から出た。
「……え、ダサッ!?」
「うるさいなぁもう……ほら行くんでしょ、ゴーゴー」
「……気合い入れた私が馬鹿みたい」
呆れた声でそう言うアムル。最初の最初の最初しか全肯定してくれないし、この子本当に私のこと慕ってくれているのか怪しくなってきた。
「じゃあ行くよ、アムルちゃん」
「はーい……」
「急に元気無くなった……」